第2話 皇帝の昼

「皇帝陛下、今日はツノウミヤ領主であるダスティン皇兄殿下との会談の予定が入ってますが、ご祝儀は――」


「あー……そういやそうだった。また甥っ子が産まれたんだっけ。ご祝儀渡さないと。甥が増えるのは嬉しいけど、ご祝儀貧乏になっちゃうな」


 朝食を終えて、邸宅の侍従長に声をかけられた。アレックスのお小遣いの管理を頼んでいるのだ。


 相場よりも高めのご祝儀を懐に入れておく。忙しくて甥っ子にも会えていない。産まれたての赤ちゃんを見てみたいのだが。


 クラウディアと剣の稽古を終え、執務室へと急ぐ。向かう道でクラウディアに話を振った。


「クラウディア、先日甥っ子が無事に産まれました。今日は兄がその報告にやってくるんですよ」


「あぁ……それはおめでたいですわ。陛下にとってもお二人目の甥御様です。可愛い子でしょうね」


 クラウディアは幸せそうに微笑む。心底無事な出産を喜んでくれているようだ。


 クラウディアは兄の元婚約者。兄を愛していたクラウディアにとっては複雑な気持ちだろうが、アレックス同様に甥の誕生を喜んでくれているようだ。


「兄上の領地はちょっとそこまで……というには遠すぎます。私は長男とも小さい頃に会えていない。産まれたての赤ちゃんを見てみたいのに」


「産まれたての子とお会いになるのは、甥御様ご本人にとっても負担が大きいですわ。まだ目も見えず、首も座っていないのに、得体の知れない人に抱っこされても怖いだけでは」


「得体の知れない……私は血の繋がった叔父なのに」


「甥御様にとっては得体の知れない人ですわ。この世に来たばかりですし、本当に信頼できるのはずっとお腹で守ってくれたお母様だけでは。父親ですら、得体の知れないと思われてるでしょうし」


「ふむぅ……男は損ですね。私もお腹で子供を守りたいのですが。ハッ!」


 アレックスは執務室の前でくるりと振り返る。


「私達はTS状態で子を作りましょう! あなたが男性で私が女性。そうすれば、妊娠をするのは私です!」


 アレックスは、ぱぁぁ~と光が差したように笑顔になる。


「そうします。そうしましょう!」


「……馬鹿なことを言ってないで早く入ってくれないか」


 秘書官であるロデリックは、はしゃぐ皇帝の頭を軽く叩いた。



◇◆◇



「アレックス~! 相変わらずお前さんは可愛いなぁ。愛いヤツめ!」


 昼ごろに現れたアレックスの兄、ダスティンは登場するなりアレックスを抱きしめる。


 既に二児の父となった今でも、弟愛は衰えていない。


(兄上……相変わらずデカいな)


 対するアレックスは、ダスティンの腕の中で悔しさを噛みしめる。接近されると嫌でも感じる身長差。兄は183㎝。超えるのはややハードルが高い。


(牧場への視察を増やさねばっ! またあざと笑顔で牧場主に迫ってやる。『牛乳が飲みたいなぁ~』と)


 アレックスは負けず嫌いだ。身長という些細なことすら兄に負けたくはない。


「あ、クラウディアにロデリックも久しぶりだなぁ~。うちの可愛い弟の面倒を見てくれてありがとな!」


 アレックスは皇帝である。この国のトップなのだが、兄は保護者である意識から抜け出せない。


「ほんと、お前の弟には毎回困っているよ。十八禁の小説は読んじゃうし、ワインもどきを呑んでヒヤヒヤさせられるし」


 ロデリックもまた、友人の弟という意識から抜け出せていない。


「ロデリック様のお困り事なんて、大したことじゃありませんわ。わたくしの方が迷惑をかけられまくっています。先日なんてわたくしに内緒で妖艶な未亡人と密会したりして――」


 クラウディアもここぞとばかりに苦情を言う。ダスティンはアレックスの苦情窓口のようなものだ。


「駄目じゃないか、アレックス。好きな女の子には一途でいろよ。年上好きは大概にしないと」


「私は常に一途ですよっ! 妖艶な未亡人とはビジネスとして会っただけです」


 きっぱりとそう言いきるも、先日の未亡人との密会では思わぬ収穫もあった。


(クラウディアがあんなに心配してくれるなんて。もしかして私のこと――なんて、自惚れてもいいかな)


 長生きさせてみせると言ってくれて嬉しかった。お尻への独占欲を見せてくれて嬉しかった。


 本当は一方通行の形だけの夫婦なんて嫌だ。心から自分を愛してほしいと願っている。


(絶対に振り向かせてみせるから)



 クラウディアを愛さなかったことで、兄に怒りを覚えると同時に世界で一番感謝もしている。


(兄上の見る目がないことに大感謝だ。もちろん義姉上も素晴らしい方だが、クラウディアに運命を感じないなんて、やっぱり兄上はおバカさんなんだなぁ)


「兄上、これ少ないですがご祝儀です。次男は可愛いですか?」


 アレックスはご祝儀を渡す。


「えぇ~こんなにいいの? さっすが皇帝太っ腹! 次男は産まれたばかりだし、あり得ないくらい可愛いよ。まだふにゃふにゃしてて」


「いいなぁ~、ふにゃふにゃ。でも目もロクに見えていない次男からすれば、父親なんて得体の知れないオッサンとしか認知されていませんからね。長男にもパパ見知りされていたじゃないですか」


(私は兄を超えてみせる。お腹にクラウディアとの赤ちゃんを抱くのだ。この性転換魔術でね)


 アレックスは通常男子には許されない、出産という一大イベントに夢を膨らますのだった。

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