会場を抜け出して

 約束のダンスタイムが始まった。会場に響く優雅な音楽に合わせ人々が踊り出し、パーティー会場に華が咲く。


 ノアはあまり、社交界の踊りに慣れていないようだった。動きは固くて落ち着かず、私の腰に回す手はぎこちない。

 しかし、それは恵まれた体幹とバランス能力で見られるものにまで補われていた。忙しい日々の中で練習をしてきたのだろう、努力の成果を感じられた。


「あまりダンスには慣れていないとお見受けしますが、よく踊れていますね」

「そりゃあ、踊りを職とする君をエスコートするんだからね。頑張って練習したよ」


 ノアは私を見下げて力強く微笑んだ。



 私は、彼との出会いに運命を確信した。


「ノア様。二人で、この会場を抜け出しませんか?」


***


「まさか、会場を抜け出そうなんて誘われるとは思わなかったよ」



 夜の市街地には明りが灯り、住宅からくぐもった人々の笑い声や楽しげな声が聞こえてくる。


「ふふ。私もあなたのこと、先の踊りで分かりましたから」


 私は彼の手を引き、住宅街を抜けて薄暗い路地裏に入った。


 彼に抱きつく。

 彼の顔が一瞬にして、熱を帯びていくのが分かった。


 私は彼の首裏に手を回し、ネックレスの金具を合わせる。ネックレスは、黄金の装飾に赤い宝石があしらわれたものだ。


 彼から離れて見てみれば、白髪に青い目、寒色系の彼には笑ってしまうほど似合っていなかった。


「ネックレス?」


 不思議そうにネックレスを眺める彼に告げる。


「”ひざまずけ”」


 瞬間、ノアは片膝を地面につく。跪いたのだ。彼の意思なんてお構いなしに。

 顔を歪ませる彼に、私は語りかける。


「ごめんなさいね。でも、これも正義のためなの。あなたには、これから新世界を生み出す協力をしてもらいたくて」

「……新世界?」

「そう。差別も迫害もない、誰も不幸にならない世界」


 私は彼に微笑みかける。


「あなた、マリーと会ったでしょう。この作戦の要はあの子なの。魔術的な舞いを彼女に踊ってもらうことで、国中の人々は新人類になる」

「……」

「つまり、マリーが踊れなくなったらこの作戦は終わり。だからお願い、”マリーを守って”」


 私の命令に彼は立ち上がり、人々が暮らす街へと歩き出した。






 ほっと一息。笑みが零れる。

 今宵、夢が叶うのだ。こんなにも喜ばしい日はない。


 マリーには責任の重い役目をさせて申し訳ない。全てを達成したら沢山褒めてプレゼントもあげよう。

 阻止される危険性で実行を踏みとどまっていたところ、ノアと出会えたのも幸運だった。強くて真っ直ぐな努力家、これほど支配の魔術をかけるのに適した人間はいない。


 私が涎を垂らすほど求めた楽園は、もうすぐそこで待っている。

 喉から、笑い声が漏れた。







 突然、前を歩むノアの足が止まる。


「どうしたの? マリーは今市街地に——」


 それは、一瞬の出来事だった。



 彼の剣の切っ先は、ネックレスの宝石を捉える。寸分違わぬ攻撃で、私の生み出した魔法石はあっけなく破壊された。



「嘘、支配を破るなんて、そんな」


 衝撃のままに呟く隙だらけの私を、彼は見逃さなかった。



 銀色の一閃は、私の首を切り裂いた。痛みを感じないほどに素早い一太刀で、傷口から真っ赤な鮮血が噴き出している。私は頽れた。




 薄れゆく意識の中で、私は彼を見上げる。


 ノアの瞳には、もう若者らしい恋心は感じられない。ただ、一国を守る兵士としての覚悟を感じさせる冷たい眼光で、死に逝く私を睨みつけていた。


「お前の思い通りには、絶対にさせない」

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