幕間 泡沫の恋心

 どうしたら、彼女に振り向いてもらえるだろうか。

 俺は会場の外で夜風に当たりながら、悩むように唸り声を出した。


 俺は過去に、女神様に助けられたことがある。

 一年半前、山賊退治の命を受けてとある山を訪れた時。俺は部下を庇って攻撃を受けた際に崖から転落した。高い場所だったし、当然死を覚悟した。

 けれど、白い閃光が視界いっぱいに広がって、気が付けば俺は崖の下の藪の上で寝ころんでいたのだ。無傷で。


 あのとき俺の顔を覗き込んでいた女性は、絶対に女神様だった。熱心に仕事をしていた人間が死ぬのを哀れに思い、助けに来て下さったのだろう。



 だから、広場でジョアンナを見かけた時、頭の中に稲妻が走った気がした。

 女神様を模した踊り子の衣装を着た美しい彼女は、俺が見た本物の女神様に似ている気がしたのだ。


 彼女に振り向いてもらおうと躍起になって、あの日は慣れないキザなセリフを言った。ドレスも何が似合うか考えて用意したし、ほとんど参加したことのない舞踏会についての知識も叩き込んだ。

 けれど、それらは彼女を振り向かせる点において全く効果を発していないようだった。この舞踏会に部下を連れてきている時点で、火を見るより明らかだったのである。



 結果、慣れない舞踏会は居心地が悪く、要人たちへの挨拶も早々に逃げるように会場を出てきてしまった。


 これからどうしたら、彼女に振り向いてもらえるだろう。





 ふと、会場の外の噴水の脇で、女性がうずくまっているのが見えた。


 遠目なので詳しいことは分からないが、もしかすると急病かもしれない。急いで駆け寄って、女性に声をかける。



「君、大丈夫か? ……!」


 息をのむ。


 顔をあげた女性は、間違いなくジョアンナが連れいたマリーという少女だった。

 彼女は泣いていた。


 が、俺と目を合わせると一瞬で涙を引っ込める。


「えっと、ノア様? なぜ、このような場所に?」

「君が蹲っているのが見えて来たんだ。泣いていたようだけど……」


 心配して顔を覗けば、彼女は慌てたように口を開く。


「あ、ちょっと、慣れない場所だったから疲れてしまって! 心配して駆けつけて下さるなんて、やっぱりお優しいんですね」


 マリーは立ち上がり、ドレスの裾を整える。


「でもその素敵なところ、ジョアンナ様には伝わってないみたいですよ」

「うっ、そう言われると痛いな。生憎経験がないから、彼女をどうやって振り向かせたら良いか分からないんだ。君は何か覚えがないか? 彼女の好みとか……」


 切実な質問をすると、少女は黙り考え込む仕草をする。やがて納得したように、


「頑張ってる人、ですかね。努力していると褒めてくれますし」

「なるほど。じゃあ、彼女に努力の成果を見せてみるか。今日のためにちゃんとダンスを練習したんだ、結局あまり上達できなくて小細工してごまかそうと思ってたんだけど……」

「そのままで、行きましょう」


 彼女は強く頷いた。



「じゃあ、俺は会場に戻ることにするよ。君は?」

「私はもう少し外に居ようと思いますよ」

「そうか。じゃあ、また」


 マリーに軽く手を振って、その場を後にする。



 時折、マリーの姿に赤いモヤがかかって見える気がしたが、きっと疲れのせいだろう。

 今はただ、燃え上がる恋心にのぼせていた。

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