運命の出会い
華やかな衣装を身に纏った私は、観衆の輪の中心で舞い踊る。熟練の踊り子のつま先は固く、軽やかな舞いは道行く人々を魅了していく。
私と共に演目を進める弟子たちも、練習の成果を出せているようだった。
演目を終え頭を下げれば、沢山の拍手と歓声が送られてくるのだった。
***
「ジョアンナ様、今日の公演もさすがでした。あの舞いはいつ見ても凄いですね、私が踊ったらつま先を怪我しそうです」
「マリーなら踊れるわよ。あなたには間違いなく才能があるし、最近の成長は目を見張るものだわ」
公演を終え、私は後片付けをしながら弟子の一人と話していた。
私はジョアンナ。踊り子の少女たちを団長として引き連れ、各地を飛び回っている。年は24、まだまだ踊り子として芸を磨き続ける日々だ。
私が作った踊り子たちの団は、孤児や迫害をされていた少女たちで構成されている。
演目は私が中央で高度な舞いを披露し、その回りを囲んで団員の少女たちが息の合った踊りをするというものだ。そんな団員たちの中で、とりわけ才能を感じさせるのがマリーだった。
マリーは小さな村の出身で、魔法を使えるという特異性から迫害されていたところを救出して以来、私の元で暮らしている。
マリーを褒めると、彼女は照れた様子で顔を赤くする。そんな純朴な少女に私はとある物を差し出す。
「いつも頑張ってる優秀な弟子へのプレゼントよ。本当はあなたの名前に合った青色のものを用意したかったんだけど、上手くいかなくて。それでも頑張ったから貰ってくれないかしら?」
「!」
マリーは目を丸くする。
私の手には、豪奢な黄金の装飾があしらわれた赤い宝石のネックレスが。私は彼女の首に手を回してそれをつけた。
「ふふ、ちょっと派手すぎたかしら。でも、とても似合ってるわ」
「こ、こんな豪華なもの、私には……」
「良いのよ。納得できないなら、満足するまで自分を磨きなさい」
私の言葉に、マリーは顔に力を入れて頷いたのだった。
そんな、弟子との温かな時間を過ごしていた時。
「君、少し良いかな」
背中から声をかけられた。
私と向かい合うように立っていたマリーはその人物を見て、驚愕したように目を見開く。一体何者なのだろうか、私は警戒しながら後ろを向いた。
そこには、王国騎士団の制服を着た男がいた。端正な顔立ちに白い髪。王国騎士団は国内最強の武力組織であり、そんな国家の警察ではマリーが驚くのも無理はない。
「ここで踊る事については許可を取っていますが。何か御用で?」
マリーの前に立ち、男を睨みつける。
彼は誤解だと言うように首を横に振り、決意が籠った口調で話し始めた。
「俺はノア、王国騎士団の団長だ。君に話があって来た」
ノアと名乗った男は片膝をつき、右手を差し出してくる。
「君の姿を一目見て、運命の人だと確信した。今週末の舞踏会に、俺のパートナーとして参加してくれないか?」
「……え?」
彼の美しい青色の眼光が、私を捕らえて離さなかった。
***
「まさか、王子様が主催する舞踏会に参加することになるとはね」
シャンデリアが吊るされた豪華な会場の壁際で、私は苦笑いした。
舞踏会への急な誘いを、私は一度断った。あまりにも急な話だったからだ。しかしノアも強情で、舞踏会だけでもと懇願されて私は渋々ながら頷いてしまったのだ。
今着ているドレスや靴は、彼が準備してくれた物だ。どれも高価なものであり、いつも着ている踊り子の衣装と随分違うのでなかなか落ち着かない。
まあ踊り子の衣装もこの国で信仰される女神様を模したものなので、どちらにせよ落ち着かないが。
私は心を落ち着けるため、傍らに佇む少女に話しかける。
「マリー、今日は一緒に来てくれてありがとう。一人だったら心細かったわ」
「そんな、ありがとうだなんて言わないでください。来たのは私のわがままですから」
マリーは手をぶんぶんと振って否定した後、物珍しいものばかりの会場を見渡していた。
マリーがこの場に来ているのは、私も舞踏会に行きたいとお願いされたからである。優しい子だから、きっと私が一人で参加するのを心配してくれたのだろう。内心心細かったのでありがたかった。
彼女の衣装は私が準備した。自分の準備が要らなかった分随分と気合を入れ、最高に似合う青色のドレスを手に入れることができたのだ。
そんなこともあって、今日の彼女は一段と輝いていた。
「マリー。素敵な男性にダンスに誘われたら、私から離れて踊りに行って良いからね。折角参加したのだから、このパーティーを楽しむのよ」
「分かりました。……でも、誰と踊るかは私が決めます」
マリーの素朴な可愛らしい顔に、決意めいたものが見えた気がした。
***
「ジョアンナ、来てくれてありがとう。今日の君は一段と綺麗だね」
数分後。会って早々キザなセリフを言うノアに、私は上っ面の微笑みを返す。
「いえいえ。折角の機会でしたので、こちらも楽しませて頂いてますよ」
「なら良かった。ところで、そちらの女性は?」
彼はマリーに視線を送る。まさか自分に話が振られるとは思っていなかったのか、彼女は動揺した様子で口をパクパクと動かす。
「あ、えっと、私は、その……」
「この子はマリーです。私が束ねる踊り子の団の一員で、私を心配して一緒に来てくれたんですよ。あなたと初めて会った日も居ましたが」
「おっと、それは失礼。あの日は君に夢中で、他は何も見えなかったんだ」
自分の不注意を私のせいにしないでくださいと伝えると、彼は笑いながら謝罪の言葉を口にする。
「じゃ。ジョアンナ、ダンスタイムでまた会おう」
「ええ、また」
ノアは優雅に一礼し、要人の元へ挨拶をしに向かっていった。
彼の背中を見送って、私はマリーに向き直る。彼女は苦しさと緊張とが混ざったような表情で、数滴の汗を垂らしながら俯いていた。
「すみません、ジョアンナ様。私の方が迷惑をかけてしまいました」
「大丈夫よ。やっぱり、強面の騎士なんて怖いものね。私は一人でも大丈夫だから、外の空気を吸ってきたらどう?」
「そうですね。外の空気、吸ってきます」
マリーは今にも消えそうな声でそう言うと、半ば飛び出すようにして会場を出て行ってしまった。
「大丈夫かしら。夜風に当たって、少しは落ち着くと良いけど……」
ステンドガラスの向こうに見える満月は、とても美しかった。
***
「……舞踏会の会場は、街の真ん中。すべてを始める場所として申し分ない、来て正解だったわね」
夜風に髪が揺れる。
「全ては、この世界に生きる人々が平等に幸せになるため。差別もない、迫害もない、身分の差もない、素敵な世界を作らなきゃ」
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