3.白が嫌味なくらい似合うな
そこから五ヶ月を過ぎて、更に二ヶ月過ぎて、あいつは死んだ。最後はキツイ薬を使ったおかげで、痛みもなく、眠るようだったらしい。
俺は制服を着て、硬いパイプ椅子に座っていた。嗅ぎなれない線香、耳を突く木魚、坊主の地を這うような読経。どれも分厚いフィルター越しのように感じられて、でかでかと飾られたあいつの写真ばかり見ていた。
焼香は母親の見様見真似でやった。どこに、誰に礼をしたのかよく分からない。
棺に花を入れる時、彼女の顔を見たが、まるで眠っているようだった。なんて、ありきたりなことしか思い浮かばない。
周りにはあいつと同じ制服のやつが何人もいた。高校が違った俺は知らないが、きっと俺と違って友人も多かったんだろう。
自然と人が集まるようなやつだった。その誰もが声を震わせ、泣いていた。俺の目からは一滴も涙は落ちなかった。なんて薄情なやつだと、詰ってほしかった。
幼馴染一人、いなくなったくらいじゃ俺の世界は変わらない。学校は適当に流して、バイトをして、必死になって曲を作った。
「これ、良かったら持っててくれないかしら」
あいつの母親から渡されたのは、シンプルなフォトフレームだった。入れられていたのは、あいつと俺のツーショット。背景は俺の部屋。こんなの、いつ撮ったっけ。
渡されたそれを、機材を置いた棚の隅に置く。そうだ、こんな風に笑うやつだったな。いつも機嫌が良くて、人の悪口とか言わなくて、たまに憎めないドジをするような、
急に目の奥が熱くなった。膝から力が抜けて座り込む。嚙み締めた奥歯が震えて、耳障りな音が鳴る。
ああ、本当にいないんだな。
唐突に理解してしまった。今更、何泣いてんだ。葬式でも一人で冷めきった目をしてただろ。それが、何で、止まらないんだよ。
リビングにいる親にバレないように、息を殺す。浅くなった呼吸を整えようと、大きく空気を吸った。すると、覚えのある甘い香りを感じた。
「え、」
これは、あいつの香水だ。高校入って周りに影響されて付け始めたやつ。しつこさのない甘い香りが似合っていた。ここに、いるのか。
それはすぐに掻き消えた。俺の勘違いかもしれない。写真を見て、今更あいつがいないことを思い知って、膝を折ることしかできなくなった俺の幻想なんだろう。
でも、もうそれでいい。何でもいいから、縋り付きたかった。あいつはここにいる。俺の傍に。
「おはよう」
「何か、すごい人にリポスト? されたっぽい。再生数とフォロー数がエグいことになった」
「模試の判定、結構良かったよ。担任にも多分大丈夫だろうって言われた。安心して」
「だたいま」
「うちからデビューしませんかって声かけてもらった。ちょっと調べたけど、いいところそう」
「大学受かった。これで四月からは一人暮らしだよ」
部屋の片隅の写真に話しかける毎日。狂っていると言われてもよかった。自分でも、どこか歯車がかみ合っていないのが分かっていた。
一人暮らしの部屋にも当然、写真を飾った。今までは機材に埋もれるように置いていたけど、この機会にちゃんとしたスペースを確保した。
一人暮らしのために家具を買いに行った店で見つけた、カラフルな花が刺繍された小さなマットの上だ。
家族の目を気にしなくなった分、あいつとの会話は増えた。良いことも悪いことも、少し気になったこと、テレビを見ながらの雑談まで。特に大学の話をしたときは、あいつの大げさな相槌が聞こえるようだった。
「ただいま」
玄関のカギを開け、中に声をかける。
「大学行った後のレコーディングは流石にしんどいな」
「スタジオのスタッフさんとラーメン食いに行ったんだけど、そこの豚骨醤油ラーメン、旨かったよ」
靴を脱ぎ、手を洗いながらラーメンがいかに旨かったか熱弁する。あいつはか弱い見た目をしてこってりしたものが好きだったから、羨ましがっているだろう。背脂が浮いててさ、味玉もいい具合の半熟加減で、
一緒に食べたらきっと、落ちそうな程に目を丸くしてくれただろうな。
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