3章 論文調・第3の殺人

<作成中の推理小説パート>


本項では、神木家洋館内で生じた連続殺人事件の第三の事例について検証を行う。


まず、確認すべきは第1の殺人(長男・亮の死)および第2の殺人(長女・麻里江の死)において見られた共通点と相違点である。


書斎ならびに寝室が密室状態であった点は共通しており、それぞれの犯行時刻に直接的な目撃者が存在しなかったことも共通している。


一方、異なる点としては被害者が殺害される直前の行動(亮は書斎へ入り音声記録をつけていた可能性、麻里江は大広間にて探偵と会話していた直後など)があげられる。


上記状況を踏まえ、第三の殺人が発生した時系列を整理する。


次男・翔太が被害に遭ったのは、父・昭三の容体を見守るため医師が頻繁に出入りしていた頃と推定される。


当該時刻に限って、屋敷内の人間はそれぞれ以下の行動をとっていた。


探偵・御堂 剛は地下室にて電源設備と警備装置のログを再確認しており、看護師・遠藤は昭三の病室に常駐していた。


執事・三谷は玄関付近で宿泊客の対応をしていたと証言しており、医師は当主の診察記録に集中していたという。


現場状況は、以下の通りである。


翔太が発見されたのは、自室のベッド横で倒れていた状態である。


ドアは完全に施錠されていたが、鍵は内部のテーブル上に放置されていたことが確認されている。


一方、窓には開放や破損などの形跡はなく、廊下の監視システムの映像には外部への出入りが見られなかった。


以上の事実から、翔太の死もやはり密室状態で発生したと推測できる。


遺体の状況は以下の通りである。


頭部には鈍器の一撃らしき外傷があり、周囲に争った痕跡はない。


付着していた血痕は一点に集中しており、大きな移動は認められない。


よって、室内で短時間かつ制限された動きの中で殺害に至った可能性が高い。


動機に関しては、第1および第2の殺人と同様に遺産相続や家族内の確執が浮上する。

しかしながら、当主・昭三が危篤状態であることや、兄妹間の遺産分配をめぐる争いは想像にとどまるため、現時点で真相を特定することは難しい。

また、一部の現代的なテクノロジー(外部からの鍵開閉システムなど)も導入されているが、翔太の部屋のドアに関しては特殊な電子ロックは使用されていない。

したがって、犯人が外部から遠隔的にドアを解錠した可能性は低いと考えられる。


総合的に判断すると、三兄妹が同様の「密室」で殺害されている事案から、屋敷内部での犯行である蓋然性が高い。

ただし、犯人の行動可能性は限定的な要素が多く、洋館内に滞在している人物のうち誰が、どのタイミングで、どのように翔太の部屋に侵入したかについては追加の検証が必要である。

以上の観点から、第3の殺人における最大の問題は「ドアが内側から施錠されていたにもかかわらず、被害者以外の介在が疑われる点」である。

これが人為的トリックであるか、あるいは何らかの錯誤や偶然が重なったのかは断定できない。


結論として、長男・亮、長女・麻里江に続き、次男・翔太までが密室状態で殺害されたことは、連続殺人であるとほぼ確定視される。

屋敷外からの犯行に関しては監視システムの記録に矛盾が見当たらず、内部の人物が関与していると推測できるが、犯人特定には至らない。

いずれにせよ、当主・昭三が意識を取り戻さない限り、真実を聞き出すことは困難と考えられる。

今後も追加調査を継続する必要がある。


<文芸グループパート>


「西園寺さん、すごい…」

オンライン会議でファイルを開いた駒形 宗次が、ゆっくりと息を吐いた。

「いや、これ小説っていうより完全にレポートじゃないですか」


北園 七海は目を丸くしながら、画面に表示されたテキストを眺めている。

「文章が固いっていうか、実験データみたいな書きぶりなんですけど。

これ、物語の盛り上がりとか感じませんよ」


「感情を挟まずに事実を整理するなら、この形式が最適なんです」

西園寺 凌介がむしろ誇らしげにうなずいてみせる。

「殺害時刻や室内の状況を論理的に分析するのが、犯人像を絞り込むための近道ですから」


御子柴 隆士は苦い顔でそのファイルをスクロールしながら、「それはわかりますけど、読者が寝ちゃいますよ」と思わず言葉をこぼす。

「しかも第三の殺人があっさり報告されただけって、いくらなんでもインパクト薄すぎませんか」


加賀 美里は少し考え込むように眉を寄せた。

「確かに、翔太が殺されるシーンも簡単に述べられていて、まるで検死報告書みたいですね。

でもいずれにせよ、これが西園寺さんの書き方なんでしょう」


橘 貴子が苦笑してから、優しい口調で言う。

「私は雰囲気のある描写が好きだけど、こういう淡々とした書き方も逆に衝撃的というか。

ただ、お話として面白いかは別かもしれないわね」


駒形は額に手を当てて、なんとかまとめようと努めている。

「西園寺さんの論文調、情報量は多いから参考にはなるんだけど、読者が置いてけぼりになる恐れがあるなあ。」


北園 七海が口をはさむ。

「第三の殺人まで起きちゃったし、推理が進展してるんだかどうなんだか…

西園寺さんとしては犯行可能性を分析してるつもりでしょうけど、読者には殺人が淡々と列挙されてるだけに見えるかも」


すると西園寺は小さくうなずいてから資料を閉じる。

「想定通りです。

僕はあくまで論理で事件を解明しようとしただけで、娯楽性は追求していません。

次の章で他のメンバーが補足表現を加えれば、作品としては成立するでしょう」


駒形は若干疲れた顔で、画面越しに微笑みかける。

「わかりました。

じゃあ第四章は加賀さんが書くんですよね。

密室殺人の謎が少しでも解きほぐされるといいんだけど」


こうして論文調であまりにも事務的に報告されてしまった第三の殺人も、次の章へ持ち越しとなる。

西園寺による緻密すぎるデータ整理は、果たして推理小説として役に立つのかどうか。

第四章において、時代小説好きの加賀はどんな描写をするのか。

他のメンバーはなんとも言い難い表情を浮かべながら、それぞれの担当作業へと戻っていった。

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