2章 ラブコメ的・第2の殺人

<作成中の推理小説パート>


神木家の洋館は、暗い雲が垂れこめる空気を忘れさせるほど、やけに華やかな気配に包まれていた。

長男・亮が密室殺人の被害者として発見されてまだ数日しか経っていないというのに、妹の麻里江は二階の大広間で優雅にお茶を楽しんでいる。

その隣では探偵・御堂 剛が微妙に照れくさそうな顔をしていた。


「探偵さんは本当に甘いものは苦手ですか。

こんなにおいしいスコーンを前にして、手をつけないなんてもったいない」

麻里江はくすくすと笑いながら、クリームを塗ったスコーンを彼の口もとへ差し出した。

御堂は視線をそらしつつ、かすかにため息をつく。

「事件の捜査をしている最中なんですが。

その、甘いものはあまり得意じゃないんですよ」


窓の向こうでは、神木家の執事・三谷が静かに庭を掃いていたが、二人のやり取りを気にする様子はない。

次男の翔太は、そんな様子に苦笑いしながら「姉さん、ちょっと浮かれすぎじゃないか」と呟いている。

しかし麻里江は気にも留めず、探偵の表情をじっと見つめた。

「ねえ、探偵さん。

あの書斎の密室トリックって、もうわかったのかしら」

「正直、手がかりが少なくて難航しています。

それより、あなたがたご家族の事情をもう少し聞かせていただきたい」


「うちの事情ならつまんないわよ。

みんな財産に興味があるとか言われてるけど、実際のところはそんな単純じゃないの。

ただ…」

言いかけた麻里江の言葉が濁った瞬間、探偵のスマートフォンが振動した。

彼はちらりと画面を確認して眉をひそめる。

「看護師の遠藤さんが呼んでいます。

何か急ぎの連絡があるようです」

そう告げると、御堂は立ち上がり、そそくさと部屋を出て行った。


麻里江はしばらく視線を追いかけたあと、そっと唇を尖らせてスコーンをかじる。

「探偵さんって、真面目そうに見えて意外と不器用ね。

少し構ってあげたら、すぐ困った顔になるんだから」

彼女の言葉を耳にした翔太が肩をすくめた。

「姉さんも大概だけどな。

兄貴が殺されて、まだ安心できない状況だよ」


ところが麻里江は軽やかに髪を払っただけで、あまり深刻そうな様子を見せなかった。

「こんなときだからこそ、笑うのが大事なんじゃない。

それに父の財産がどうとか、もう聞き飽きてるもの」


探偵が戻ってきたのは、それから数時間後だった。

麻里江は長い廊下を歩きながら、薄暗いランプの灯りに顔を照らされる御堂と目が合う。

「どう?

早く解決してくれないと、私だって不安になるわ」

「安心してください。

必ず真相を突き止めます」

御堂は投げやりではないが、どこか麻里江を意識しているようにも見える。

その微妙な距離感は、すれ違うたびに際立っていた。


不穏な空気が一挙に高まったのは夜半過ぎだった。

廊下を見回りしていた三谷の声が響き渡ったのである。

「お、お嬢様!

神木 麻里江様が…」

駆けつけた御堂と翔太、そして看護師の遠藤が見たものは、施錠された寝室の中で倒れている麻里江の姿だった。

鍵は内側から閉められており、窓も固くロックされた状態。

どこからどう見ても、完全なる密室にしか思えない。


麻里江は血の気を失い、冷たい床の上で動かない。

扉をこじ開けた翔太が「そんな…」と言葉をつまらせる横で、御堂は激しく動揺しながらも室内を見回した。

「なぜだ。

ほんのさっきまで、彼女は僕と会話をしていたのに」

探偵としての冷静さが一瞬失われるほど、麻里江の死は衝撃的だった。


ベッドのそばに落ちていたスカーフに、血がにじんでいる。

遠藤が脈を確認しようとするが、すでに手遅れのようだ。

「施錠された部屋、手を出す余地のない窓。

一体どうやって…」

御堂は必死に扉の内側を調べ始めたが、妙な痕跡は見当たらない。

電子錠の類いはなく、古い金属製の鍵で施錠するタイプのようだ。

廊下には悲鳴を聞いて駆けつけた執事の三谷と看護師の遠藤、呆然と立ち尽くす翔太。

そこへ一拍遅れて、大財閥の当主である神木 昭三の容体を見舞うはずだった医師も現れる。

しかし、その医師ができることは、もう何もなかった。


「兄さんの後は、姉さんまで…」

翔太はあふれそうな涙をこらえつつ、壁に手をついてうなだれる。

まるで恋の駆け引きに浮かれていた時間が嘘のように、洋館を深い闇が覆いはじめていた。


<文芸グループパート>


「ちょっと、七海さん!」

駒形 宗次がオンラインミーティングの画面越しに声を上げる。

「これ、推理より恋愛感情の描写がずっと長いし、事件の緊迫感がやたら少ないんじゃないか」

「うーん、そうですかね」

北園 七海が首をかしげる。

「せっかく密室殺人なのに、探偵と被害者(麻里江)との軽妙な恋のフラグを立てるのが楽しくて。

でも最後にちゃんと殺されちゃったじゃないですか」


御子柴 隆士が横から口を挟んだ。

「いや、殺されちゃったって…密室トリックの詳細がぼんやりしすぎるでしょう。

どうしてドアが閉まってるのに、誰も出入りできないとか、もっとその辺のプロセスを書かないと」


西園寺 凌介が淡々とPC画面の資料を見ながら言葉を続けた。

「第二の殺人を扱う章としては、殺人現場の描写が弱いと思います。

しかも恋愛パートにほとんどのページを割いているので、事件の要点が不明瞭になっている」

「えー、でも張り切ってラブコメ風に書いてみたんですよ」

七海は悪びれずに笑みを浮かべる。


加賀 美里がそっと口を開く。

「麻里江と探偵が微妙な距離感だったのは面白かったですが、殺人をあまりにさらっと進めると読者が混乱するかもしれませんね」

「まあ、次の章で西園寺さんが補足してくれればいいかもしれない。

でも、もう少し事件を重視してほしいな」

駒形は急ぎメモを取りながら、なんとかフォローを試みている。


「お兄さんが亡くなった後に姉が殺されるって、衝撃の展開でしょう。

それならもうちょっと真面目に追いかけてくださいよ」

御子柴が真顔で訴えるものの、七海は肩をすくめるだけだ。

「恋愛の空気も大事じゃないですか。

謎ばっかりだと重苦しいから、探偵と被害者の恋の芽生えを描きたかったんです」


駒形は口元を押さえて、次にどんな対応をするか頭を回転させる。

「まあ、仕方ない。

これで第二章が完成したんだね。

じゃあ、第三章は西園寺さんにまとめてもらおうか」

「了解です。

僕は情報を整理しながら、この殺人事件の可能性を検証してみます」

西園寺は書類を見直しつつ、妙にやる気を感じさせる口調だった。

実際、このラブコメ色の濃いテキストを、どう次に繋げるのかは謎だが、彼には彼の流儀があるのだろう。


北園 七海は終始満足そうにうなずいている。

「ちょっとくらい恋があったほうが、読者のハートを掴めると思います。

ほら、殺人事件ってだけだと暗いじゃないですか」

御子柴と駒形は同時に顔を見合わせたが、どちらも言葉が出てこなかった。

そうしてハッチポッチの原稿は、予想以上に恋愛色を帯びながら、次の章へバトンタッチされることになった。

論理的な文章が得意な西園寺は第三章をどのように仕上げるのだろうか。

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