3.自動人形

 両手に骨壺を抱え、深々と一礼したファノさんがタクシーに乗りこんだのを見送り、僕も自分のために呼んだタクシーに乗り込む。

「自宅の……いや、一番近い大通りまで良いですか。飲食店が集まっている場所とかあれば良いのですが。この辺りはあまり詳しくなくて」

「商店通りがございますので、そちらまでのお送りでよろしいですか?」

「お願いします」


 運転手は火葬場の駐車場からするりと車を出すと、慣れた様子で道を進む。

 火葬場は民家の多い場所からやや離れた、農地に囲まれた一角にある。歩いていくにはやや距離がある。場合によってはマイクロバスなども手配できるらしいが、今回は自分とファノだけだったのでそれぞれにタクシーを使う事にしたのだ。

 十分ほどで住宅街に入り、少しずつ商店が見える市街地へと進んでいく。


「御愁傷様です」

「ありがとうございます。……古い友人ですが、火葬に付き合うことになるとは思いませんでした」

「そうでしたか……」

 世間話として出すには暗い話だったかと思ったけれど、運転手は担当エリア的にここに迎えに来るのは日常のことだと言う。


「近くにいるご家族だと、何か落ち着いている人が多いですね。ご病気だと心の準備が出来ているようですし、何かとバタバタしていて気持ちが落ち着いていないようで」

「そういうものですか」

「ご年配ですと、特に。人の死に慣れてしまうってのも変ですが、ある程度は気持ちの整理ができやすいんでしょうかね」


 むしろ友人関係にある人の方が、強いショックを受けているのを見るらしい。

「若い人なんかだと、やっぱり同世代が亡くなるって経験は少ないでしょうからね。日常に突然、悲劇が起きたように感じるのでしょう」

 不運、不幸。自業自得の死も中にはあるかも知れないが、納得ができるかと言えば難しい。すでに三十を過ぎた僕ですら、そして病の床にあり余命いくばくもないことを知らされていた僕ですが、今は強い喪失感の中にいる。


「お客さん、行き先は本当にご自宅でなくてよろしいですか?」

「……大丈夫です。すみません」

「いえ、こちらこそ。余計なことを申しました」

 気づけば再び泣いていた僕に運転手は気を遣ってくれたのだけれど、行き先を変更する気にはなれなかった。


 明日にはファノさんと共に友人の散骨へ旅立ち、彼女の最後の仕事を手伝う大役がある。

 このまま帰って家で眠ってしまっては、明日の体力が不安だった。それに、このまま骨になった友人の姿を頭に焼き付けたまま帰るのは落ち着かない。

 どこかで食事をして、旅行の用意にいくつかの買い物をする。その予定を変えない方が良いと思う。


「この辺りでよろしいですか。ここから西に向かって商店通りになっていますから」

「ありがとうございます」

「良ければ、お帰りの際もお声掛けください」

 運転手が差し出したアプリ読み込み用のビジネスカードを受け取り、電子マネーでの支払いを済ませた。


 車を降りると、冬が深まりつつある寒い中、平日でまだ昼過ぎだというのにそれなりの人通りで賑わっている。

 ほとんどが一人か二人連れくらいで、冬本番に備えた真新しい暖かな服を着た人々がこちら側と向こう側に向かって、明るい通りを歩いていた。

 そんな焦点通りの端で、ポツンと一人で立つ。


「温かいものが食べたいな」

 ほとんど経験がない火葬の立ち合いで妙に緊張して、朝から何も食べていない。その割に妙に空腹感はあまりないのだけれど、妙に身体の中が冷たく感じていた。

 腹を満たすというより、ぬくもりが欲しくて食事を選ぶのは不思議な感覚がある。

 看板を見ながらいくつかの店を通り過ぎて、ふと目に入った洋食店に入ってみた。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

 と、あっさりとした案内に会釈して、暖房の効いた店の中で二人掛けのテーブルに腰を下ろした。

 上着をおいて前を見ると、いくつかの張り紙の間に外の人通りが見える。

 少し落ち着かない気もするけれど、こうして見ると普通に町を歩いている人の中に自動人形は驚くほど少ない。


 ニュース映像などでは、介護の現場や接客業以外でも、家庭の重要な働き手としての活用が進んでいるとされている。

 つまり仕事をさせるという本来のロボットとしての役割を求められているわけで、家族としての、人としての存在としてはまだまだ認められていないのだ。

 時折、自動人形を恋人にしている人のことが話題になるが、基本的には変人扱いだ。


「失礼します。ご注文お決まりでしたら、ボタンでお知らせください」

 抑揚の乏しい言葉遣いは、一種あえてのものだと聞いたことがある。ファノもそうだが、メニューを置いていった自動人形のウェイトレスも、特徴のある印以外は人間と区別がつかない。

 無機質に聞こえる話し方をさせることで、クレームを押さえることにもつながるらしい。


 ホワイトソースのオムライスにソーセージの盛り合わせにサラダを注文して、再び窓の外へと視線を向ける。

 ちょうど、珍しい旧式の自動人形が通りかかるところだった。

 金属の鈍い輝きが目立つパーツが表面の大半を越えていて、人間に寄せるというより形とサイズ感だけ人間に近くしただけのロボットだ。


 窓を隔てていて音は聞こえないが、ギシギシと音を立てているようなぎこちない動きで、オズの魔法使いに出ていたブリキの木こりを思い出させる。

 そんな木こり人形が、背中に自分と同じくらいの量の荷物を背負って、ゆらりゆらりと前を歩く中年男性を追いかけている。

 男性も木こりに合わせるようにゆっくりと歩いていた。


 時折、ちらりと後ろを見遣る男性の視線は、非難や苛立ちの表情ではなく、どこか諦めの混じった笑顔だった。

 店の前をゆったりと通り過ぎる二人の間には、人形と持ち主としての関係しかないのかも知れないが、長い時間が育てたものを感じる。

 自動人形は世間に受け入れられていないわけではないのだ。


「お待たせいたしました」

「ああ、どうも」

 ぼんやりと外を眺めている間に時間が過ぎていたのか、声を掛けられて料理が並ぶと、僕の意識はそちらへと引き寄せられた。

「ごゆっくりどうぞ」


 一礼して去っていく自動人形の後ろ姿は、人のそれと何ら変わることは無い。

 世間の「当たり前」の中に自動人形が溶け込んでまだ日は浅いが、日本人には自立行動する無機物を受け入れる素地があると思う。

 形は違えど、飲食店に給仕ロボットが登場したときも、販売店で清掃ロボットが動き回るようになったときも、世間は違和感なく受け入れた。


「うまいけど、こういうのって手作りって言えないんだよな」

「自動人形が作ってるからか? そんならコンビニ弁当とかも一緒じゃね?」

 熱いオムライスを少しずつ口に運んでいると、近くのテーブルからそんな会話が聞こえてくる。

 知らなかったけれど、この店の料理は自動人形が作っているらしい。


「弁当より良いけどさ。何と言うか、毎回まったく同じ盛り付け、完璧に同じ見た目なのが違和感あるっつうか……」

「ロボットだから、そうなるだろ。それで言うなら、駅前のラーメン屋なんて毎回味違うから、そっちの方がどうかと思うぞ」

「それは極端な例だろ……」


 恐らくそれは、以前からも今でも、そして将来も続くであろう会話ではないだろうか。

 ただ、その先の会話を作ったのは友人だと確信できる。


「ただまあ、コンビニとか自販機と違って、言葉でアレ抜いてほしいとか、盛りの量を指定したりとかできるのは、楽じゃね?」

「タッチパネルの方が気楽な気もするけど」

「何お前、自動人形相手に話すのも緊張すんの?」

「コミュ障ってそういうもんなんだよ」


 思わず笑ってしまいそうになった。

 どうやら、自動人形の受け答えが自然過ぎて、普通に人間と話しているような気分になってしまうらしい。

 友人の作った疑似人格の完成度については、ファノとの会話でも充分に理解しているつもりだったが、他者の感想を聞くとなんだか嬉しくなる。


 ふと、スプーンを止めた。

 友人は人付き合いが苦手だった。というより嫌いだった。

 人間とのやり取りが鬱陶しいと言っていたし、会社に入ってからも特に同僚との付き合いを避けていた様子だったし、両親とも早くに死別している。

 なのにどうして、人と自動人形の繋がりを深めるような研究をしていたのだろうか。


 サラダを食べて、残りの料理も平らげてしまう間に、僕は友人のことを思い出しては、やはり彼の研究との繋がりにたどり着けずにいた。

 こういう店で食事をしたことも何度かあったけれど、そういう話にはならなかった。

 学校での失敗とかの他愛ない話をしたり、互いに沈黙したままで、ただのんびりとした空気を味わったりしたこともあった。


「コーヒーをお持ちしました。……可愛らしいですね」

「ん? ああ、これ。手癖で作ってしまうことがあるんです」

 食事をセット扱いにしてくれたようで、食後にコーヒーを持ってきてくれたウェイトレスが、僕の目の前を指した。

 そこには、箸袋で作った不格好な白鳥の姿がある。


「こうやって指で突っつくと、ゆらゆら動くんです」

 僕の指先で押されて、白鳥はロッキングチェアのように揺れる。

 ウェイトレスの視線と、僕の視線の先で。

「すみません。なんだかゆったりしてしまって」

「いえ、どうぞごゆっくりお過ごしください」


 プログラム、と言ってしまえばそれまでだが、僕にとっては店員さんとのこういう会話が嫌いじゃない。

 おじさんくさいと言われたこともあるけれど、僕にとってはこういうふうに自分の主導で居心地の良い空間にしてしまうのが気楽なのだ。

 そこまで考えて、ふと思い出した。


「いいね。居場所を自分で作るのって、もっと面倒だと思っていたけれど、そういう方法もあるのか」


 あいつはそう言っていた。

 でも自分は不器用だし、周りの様子を見てどうこうする才能なんて無いんだと愚痴ってもいた。

「ひょっとして、あいつ……」

 世の中に自分の分身が広まったら、少し居心地が良くなると思ったのか。

「迂遠にもほどがあるだろう」


 本当のところはわからないけれど、割と僕は当たっていると思った。

 明日、ファノさんからあいつの話が聞ける。そうしたら答えも出るかも知れない。

 思わずにやけてしまう顔をどうにか落ち着かせながら飲むコーヒーで、身体の中がしっかりと温まってきた。

 そろそろ、買い物をして帰ろう。


「ご馳走さまでした」

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 見送られて再び人の流れに合流した僕は、葬送の支度に向けてのんびりと歩き始めた。

 焦る必要はない。あいつを見送るのもファノの終わりを見届けるのも、急いでやることじゃないはずだ。


 重たかった気持ちが、少しだけ楽になった気がする。

 まずはスーツケースを買おう。そして新しいシャツも用意するのだ。立派な葬儀はもう終わってしまったけれど、友人を送る儀式は重々しくやるべきじゃない。

 新しい世界へ旅立つ友人と奥さんの門出なのだから、爽やかに、きちんとして送り出さなくては。


 そう、結婚式のように。

 だからさ、うっかり泣いたって許してくれよ。

 僕は笑顔を浮かべたまま、鼻の奥を寒さが刺激するのを懸命に堪えた。

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