013 世界

 この小さな星には、様々な世界が存在する。

 人畜無害な一般人が住む『表の世界』や暴力と金だけが物を言う『裏の世界』が有名だが、他にも沢山の世界がある。

 その中の一つに、『神妖シンヨウの世界』というものがある。

 かつては占いや祈祷を以って神と交信する人々が成したコミュニティだった。しかし時代が進むにつれて人に害成す妖怪退治を生業とする連中の社会に変化し、妖怪がめっきり居なくなった現代では、名門一族同士が『妖術』を使って縄張り争いをするみみっちい世界になってしまっている。

 いい機会なので妖術についても触れておこうと思う――通称『神術』と呼ばれるそれは、始まりこそ神に祈りを捧げ、神に助力を乞い、神の力を身に降ろす文字通り『神業』であった。だが現在では、人や物に神や妖怪の能力を植え付けるテクノロジーに成り下がっている。

 人魚の妖術を使えば海を縦横無尽に泳げるようになるし、妖狐の妖術を使えばあらゆる物に変身できるようになる。他にも死神の妖術を使えばいとも容易く人の命を奪える。

 そう、ご想像の通り、今や妖術は悪用しかされていない。かつては人知を超えた存在である神や妖怪を斃す人類の英知だったのに――所詮、人の敵は人である。

 話が大きくそれたので戻そう。

 この小さな世界には、様々な世界が存在する。

 『表の世界』もあるし、『裏の世界』もあるし、『神妖シンヨウの世界』もある。もしかしたら『魔法の世界』や『悪魔の世界』や『鳥人間の世界』もあるかもしれない。あるかもしれないが、俺は知らない。何故知らないのか――それは、それら世界は基本的に交わらないからだ。

 その世界の住人は別の世界の住人を受け入れず排除するし、その世界の住人が別の世界に移り住もうとすることを嫌うから――神妖シンヨウの世界が好例だ。神妖シンヨウの世界に裏の世界の人間が入る事を極端に嫌がる。裏の世界の人間が足を踏み入れようとするのを察知した瞬間に、普段はいがみ合っている名門一族同士が一時休戦をし、手を取り合ってソイツを殺しに行こうとする光景は珍しくない。また、神妖シンヨウの世界の人間が足を洗って表の世界に行こうものなら、やはり普段はいがみ合っている名門一族が手を取り合ってソイツを消しに行く。これはどの世界でもよく見る光景だ。

 理由は定かではないが、そうやって閉鎖性を保っているのだろうと俺は考える。

 普通の人はその禁忌を破らないし、破れないし、破ろうと思わない。

 だが、那由他さんは平然とその禁忌を破る。

 裏の世界の住人なのに平然と神妖シンヨウの世界に這入りこんで、俺や凌子ちゃんを拾う――これがどれだけ命知らずな行動なのか、聡明な読者諸君ならわかるだろう。『絶対に殺されない』という自負と『完璧な偽装技術』が成せる技だ。

 しかし、その完璧な偽装も、今回ばかりは失敗したかもしれない。

 キョンシーハトの存在が俺にそんな疑念を抱かせる。

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