012 死骸
本日の我が家の夕食はステーキである。品種はオージービーフで、付け合わせはインゲンとポテトだ。それにコーンポタージュにサラダを付けた洋風仕様である。
或る人は言うだろう。「ハレの日でもないのにステーキとは上流貴族か」と。確かにステーキは高価であり、家計を思うと滅多に食べるべきではない。だが、仕方ないのだ――我が家の主である那由他さんは月に一度、オージービーフのステーキを出さないと調子が出ないと言うのだ。
と言うことで、好物のステーキを食べた那由他さんは食後、超ご機嫌であった。
俺はそこを狙った。
「那由他さん、少し聞きたい事があるんですが――」
洗い物を終えた俺は、コタツの中に入りながら訊いた。
同じくコタツに入ってテレビを観ている那由他さんは、視線はそのままで「何ですか」と言う。
ちなみに宵乃はコタツの中で眠っており、凌子ちゃんは風呂に入っている。
「夕方に妖術を施されたハトを発見しました――死骸を妖術によって無理矢理動かしているキョンシーのようなハトです。心当たりはありませんか?」
「うーん」那由他さんは首を傾げた。「覚えはありませんね」
「本当ですか? 針姫家や針姫五角門に目を付けられることはしてませんか?」
「うーん」
また那由他さんは唸った。
考えているのではない、言葉を選んでいるのだ。ずっと一緒にいるからわかる。
「キョンシーハトは殺しましたか?」
「無力化しました。再び術が施されない限り、復活しません」
「それは良かったです――小唄くんはそのキョンシーハトをどう考えていますか?」
「あの妖術の組み方は無法者の組み方じゃありません。針姫家や針姫五角門のような高貴を気取ってる連中の組み方です――今更針姫が俺を追って寄越したとは思えません。可能性があるとすれば、凌子ちゃんを付け狙っているか探しているかだと思います。若しくは、那由他さんが針姫やその取り巻きに目を付けられるような事をしたか」
いずれにせよ、針姫や針姫五角門の連中は自分のメンツに関わる事は徹底的に処理したがる。
煙に巻ける相手ではない。
「ヘマはしてないと思いますよ」那由多さんは言った。「凌子ちゃんを拾う際も、徹底的に死を偽装しましたので、枕野家は彼女が死んだものだと思い込んでいるはずです」
「那由他さんの足が付いたという線は?」
「ありえません。この私ですよ?」
自信満々な発言――しかし、根拠薄弱というわけでもなく、否定できる訳でもないので、俺は真っ当から受け止めた。
「だったら誰がどうしてキョンシーハトを使って嗅ぎ回ってたんでしょうか……」
「凌子ちゃんが誰かと通じてたのかもよ」いつの間にか起きていた宵乃は言った。「あのキョンシーハトは凌子ちゃんと誰かとを繋ぐ伝書鳩だったのかも」
「まるで凌子ちゃんがスパイをしてるかのような言い方だな。あんまりじゃないのか?」
「出生不明だと、そう勘繰りたくもなる」
宵乃がジロリと見たのは俺――ではなく、那由他さんだった。
つまり宵乃はこう言いたいのだ――そろそろどういう経緯で凌子ちゃんを拾ってきたのか説明してくれ、と。
確かに俺もそこは気になっていた。那由多さんは誰かを拾ってきた際、どのような経緯で拾ってきたのか包み隠さず話してくれる。ミャー子の時もそうだったし、つい先日殺された猫崎紅九朗兄さんの時もそうだった。だが、凌子ちゃんについてはそうではなく、寧ろ包み隠そうとしている風である。
「……仕方ありませんね」
那由他さんは観念したように溜息をつくと、テレビの音量を上げた。
「教えてあげますけど、他言無用ですよ」
「わかってるよ。な、貴君?」
「勿論」
「凌子ちゃん本人にも言ってはいけませんよ――そういう約束ですから」
「約束って……誰と?」
宵乃の問いに、那由他さんは「枕野凌星様です」と答えた。
「誰それ?」
宵乃の問いに、俺は答える。
「枕野家の前当主だ。今は家督を譲って隠居中だ」
「いえ、小唄くん。それは古い情報です。凌星様は一か月前に亡くなりました」
「一か月前か……丁度凌子ちゃんが来たタイミングと合致するな。まさか遺言か?」宵乃は言った。
「はい、そのまさかです。まずは凌子ちゃんの立ち位置についてお話しましょうか――凌子ちゃんはお父様であり現在の枕野家の当主である枕野冬馬様と血が繋がっていません。お母様の凌華様が他の男の人と作った子なのです」
他の男の人――針姫家の当主である針姫長唄。
「その複雑な出生から、冬馬様は幾度となく凌子ちゃんを亡き者にしようと企んでいました。しかし、孫を愛する凌星様がそれを阻止してきました。ですが、その凌星様が亡くなれば、止める者がいなくなり、凌子ちゃんは殺されるでしょう。それをわかっていた凌星様は私に遺言として『自分が死んだら凌子ちゃんを保護して欲しい』と依頼されたのです」
「良い話じゃないか。なんでそれを本人にも知られちゃいけないんだ?」
「それも凌星様の願いだからです」
なるほど。だから那由他さんは凌星様が亡くなったタイミングで凌子ちゃんを拾ってきたのか。しかも、もしそれが枕野家に知れたら凌子ちゃんを奪い返した上で殺される事がわかっていたから、凌子ちゃんの死を偽装して――
「死を偽装って、具体的にはどうやったんですか?」
「任務に出ている凌子ちゃんを攫う際に、凌子ちゃんと似た骨格の女の子の焼死体を置いてきました。枕野家は凌子ちゃんが任務に失敗して焼かれたと思ってるはずです」
「攫う? 攫ってきたんですか?」
「はい。勿論、道中偽のシナリオを話して『拾う事』に納得していただきましたけど」
「うーん」今度は俺が唸る番であった。「その方法だと、ネクロマンサーには通用しないかもしれませんね」
「ネクロマンサーって何ですか」
「キョンシー遣いの通称です。ハトをキョンシーにしたように、死体をキョンシーにすれば、それが凌子ちゃんかどうかくらいはわかります」
「マジですか。それは盲点でした。やはり『あっちの世界』の人に『こっちの世界』の手はなかなか通用しませんね」
「ええ。それが厄介な所です」
同時に、弱点でもある。
「那由他さん、どうする?」宵乃は尋ねた。
「どうしましょうか……。とりあえず、キョンシーハトは凌子ちゃんの存在に気付いた枕野家の偵察だと仮定して動きます」
「私たちは何をすればいい?」
「何もしないで大丈夫ですよ。私が全部なんとかしますので。敢えて指示するのであれば、そうですね、妙な物を見かけたら逐一私に報告してください」
「キョンシーを見つけたら俺の所に持ってきてください。俺が妖術を解除しますんで」
「貴君はそんな事ができるのかぁ!」
宵乃はお道化たように言った。
俺の『能力』の事を知っているくせに。
「それは心強いですね。私も、キョンシーを見つけたら小唄くんのところに持っていきます」
対して何も知らない那由他は無垢に言った。
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