011 夢

「お前も六天摩大学の社会福祉学部に行くんだな」

 俺は自転車を漕ぎながら言った。

 少し前を行く宵乃は「まぁな」と小さく微笑んだ。

「貴君もそっちの方向に進むだろうと踏んで、先回りしてやった」

「なんでわかったんだよ。未来予知でも出来るのか?」

「その能力は持ってないし、貴君の行動パターンくらい少し頭を捻れば読める」

「俺がお前の予測を超えた動きをして六天摩大学以外に進学したらどうしてたんだよ」

「社会にも福祉にも大学にも興味はない。だから、私は微塵も興味のない環境で微塵も興味のない事を四年間も学ぶ事になってた。おお、危ない危ない」

「………」

 相変わらず阿呆の極みだ。

「なぁ宵乃――お前の将来の夢は何だ?」

「貴君のお嫁さんかな」

「茶化すなよ。これ以上茶化すなら後ろから轢くぞ」

「世界平和の成就かな」

「はい轢く」

 俺は勢いよくペダルを踏みこみ、宵乃の自転車の後輪の破壊を目論んだ。だが、そのタイミングで宵乃も加速したので回避された。

 構わず再度ペダルを踏みこむが、これも同じであり――結果、加速しまくる二人が道を行く構図となった。

「貴君。夢はでっかくって言うだろう? 世界平和を嘘だと断ずるのは、それはちょっと偏見が過ぎるんじゃないのか?」

「しょっちゅう俺を怒らせるし、しょっちゅう那由他さんとケンカするし、しょっちゅうミャー子に暴言吐かれてる奴が世界平和なんざ――笑わせる。手に届く範囲を平和にしてから言いやがれ」

「いやはや、痛い所を突く。貴君はどんな仕事をしたいとかあるのか?」

「自分は答えないくせに、人には訊くんだな」

「まぁまぁ、そう言わず」

 俺は「ちっ」と舌打ちをしてから答えた。「児童福祉施設とかで働きたいかな」

「親と一緒に居られない子供を育てるあの施設か? 那由多さんの真似か?」

「ああ、そうだよ。悪いかよ」

「いや、素晴らしいと思うよ。誰かに与えられた物を誰かに与えられる奴が一番偉いって宮沢賢治も言ってただろ?」

「言ってねェよ」

「那由他さんには言ったのか? いや、言ってないな。これを聞いて那由他さんが狂喜乱舞しないわけがない」

「言えるわけねェだろ」

 恥ずかしくて言えるわけがない。それに、これから四年間という長い長い大学生活が待っているのだ――途中で夢が変わらないという確証はない。というわけで、ギリギリまで言うつもりはない。

「あ、貴君」

 宵乃は急ブレーキをして止まる。俺もすぐに急ブレーキをかけた――が、スピードを殺しきれずに宵乃に少しだけコツンと追突してしまった。

「痛いな、貴君」

「お前が急に止まるから悪いんだろ」

「あんな所にハトがいる」

 宵乃がゆび指したのは我が家の二階のベランダだ。確かに、欄干にハトが止まっている。しかし、それがどうしたというのか。

「いやいや、貴君。この地域の冬は厳しいから、ハト皆消え失せるんだ。何年もここ住んでいて、ハトを見たことは後にも先にもない」

「でも現に居るじゃねェか」

「おかしい――捕まえてみよう」

「待て!」

 遅かった。

 俺が止めるよりも先に動き出した宵乃は家の前に自転車を停めると、音もなく壁を攀じ登り、そしてジャンプをしながらベランダの欄干にとまっていたハトを鷲掴みにした。

「見たまえ、貴君!」

 堂々とタッチダウンをきめるスター選手のように力強く着地をする宵乃はハトを小脇に抱えて手招きをする。色々と言いたい事はあったし、正直近寄りたくなかったが、それらは全て隅に置いておき――俺は家の前に自転車を停めて言った。

「今すぐハトを開放しろ!」

 日本には鳥獣保護法というものがある。カラスやスズメやハトがその対象であり、捕獲したり傷つけた場合、百万円以下の罰金または一年以下の懲役が課される。宵乃の行動はこの鳥獣保護法に違反する行動だ。

 こんな馬鹿な奴だが、俺の姉弟である――警察にしょっぴかれるという事だけは何としても避けなければならない。

「ほら、何してる! さっさと放せ!」

「えー。折角捕まえたのに?」

「いいから!」

「はいはい」

 宵乃はハトを空に向かって放つ。

 けれどもハトはそのまま飛び立つことなく、地面に墜落した。

「嘘だろ、おい」

 俺は恐る恐るハトを拾い上げる。そこに生気は感じられなかった。

「お前、ハトを殺したのか?」

「冤罪だ。確かに少し乱暴にキャッチはしたが、殺してはいない。たぶん、元々死んでたんじゃないか?」

「死んだハトが欄干にとまるか!」

 言ってから、俺は「いや」とすぐに否定した。

 宵乃の予測があながち的外れではないような気がしたから――というのも、ハトには腐敗した臭いが漂っている上に、左足にはめられた足環に妙な文字が書かれていたからだ。

 俺はこの文字に見覚えがあった。

「これは……中華妖術か?」

「なんだ、それは?」

「読んで字のごとく、中国に由来する妖術の類だ。低級な妖怪や神の力を物に宿す類の妖術が多いのが特徴だな。このハトの足環の文字には、対象を『魄』や『コンシー』のようなものに変化させる能力がある」

「専門用語が多すぎてわからん。もっと嚙み砕いてくれ」

「このハトの死体は妖術によって操られたキョンシーだったんだよ」

「なるほど。ということは、このハトを『死骸』に戻したのは私の『握力』ではなく貴君の『能力』というわけか」

「そうなるな……」

 最早ハトを誰が殺したなぞどうでもよくなった俺は、その辺にあった枝を拾い上げて、それでハトの足環をつついた。

 文章の書き方に個人の癖があるように、妖術の組み方にも癖がある。この足環の妖術は、独学で身に着けたような泥臭さはなく、寧ろ教科書に則ったような丁寧さがある。このような組み方をするのは名門以外に居ない。

 妖術遣いの名門と言えば、針姫家と針姫五角門の月輪家、蓬莱家、枕野家、朽屋家、藻樽家だが――俺は二階を見た。

「嫌な予感がする……」

「貴君、どうする? 取り敢えず埋めとく?」

「ああ。そうだな――宵乃、シャベル貸してやるから埋めてこい」

「いや、一緒に来いよ」

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