010 福祉

 それから一か月が経った。

 怒涛の一か月であった――凌子ちゃんが我が家に来てから三日後に彼女の新しい戸籍が手に入り、その翌日に天信濃学園中等部に編入が決まり、その翌日に中学校に編入し、その翌日に終業式を迎えた。そしてその翌日にクリスマスパーティーを行い、その三日後に宵乃の誕生日パーティーを行い、その四日後に正月を迎えた。そしてその数日後に三学期の始業式を行い、日常に戻った。

 何度も言うが、怒涛の一か月であった。

 同時に、楽しい一か月であった。

 クリスマスや宵乃の誕生日や正月というイベントを差し引いても楽しかった。理由は、やはり、家族が増えたからだろう――賑やかなのは楽しい。

 しかし、人生楽しい事ばかりではない。時として面倒な行事に直面する。

 例えば、進路面談とか。

「この短期間に何回進路面談するんですか」

 俺の疑問に、机を隔てた向こう側で脚を組む髭面のおっさんは言った。

「これが二年生最後の進路面談だ。それじゃ、聞かせてもらおうか――お前の心境の変化を」

「六天摩大学の社会福祉学部に進学しようと思います」

「ほう」

 嬉野先生は目を細める。

「どうして六天摩大学なんだ? いや、その前に、どうして社会福祉学部なんだ?」

「俺も那由他さんのように恵まれない子に手を差し伸べられる存在になりたいんで。六天摩大学は、首席で入学した奴は学費が無料になるって聞いたんで」

「お前、わかって言ってんのか? 主席入学なんて、並みの努力じゃ入れないぞ?」

「頑張ります」

「そうか」

 言って、嬉野先生は厳つい表情から一転して柔らかくなった。

「お前なら出来る。先生らも全力でサポートするから、死ぬ気で頑張れ」

「ありがとうございます――じゃあ帰っていいですか?」

「何か用事があるのか?」

「晩飯の用意があるんで」

「随分家庭的なこった。先生が言っちゃダメなんだろうが、もっと男子高校生らしい事をしたらどうだ? パーっと馬鹿な事とかさ」

「馬鹿には事足りてるんで」

「爪の垢を煎じて猫崎宵乃に飲せてやってくれ」

「そう言えば、宵乃の進路ってどうなってるんですか?」

 俺は立ち上がりリュックサックを背負いながら問うと、嬉野先生は「なんだぁ? 知らないのか」と眉間に皺を寄せた。

「奴も六天摩大学の社会福祉学科だって言ってたぜ。それも随分前から」

「初耳です」

「そうなのか。俺はてっきり知ってて言ったのかと思ったよ」

「知ってたら言いません」

「もう撤回は出来ないぜ。他の先生方にもお前の希望を伝えておく」

「さいですか」

 宵乃のせいで折角決めた進路を曲げるのも癪だったので撤回はせずに教室の出入口を開けた。すると、超至近距離に宵乃が立っていた。

「なんで居るんだよ」

「貴君を待ってたんだよ。それよりも――」

「なんだよ」

「私と同じ大学に進みたいだなんて、どうしようもないくらい私の事が好きなんだな。安心しろ。私も貴君の事が大好きだ」

「ブチ殺すぞ」

「照れるな照れるな」

 宵乃は俺の顔に頬擦りしてきた。

 俺は思わず頭突きをしてしまった。

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