2走目 伝説の選手

 私は今、生まれ育ったアルバローザ村から飛び出して、ヴェロナルド男爵領にあるヴィンテール市に向かってる。目的は公式レースに参加することだよ。そのため、辻馬車の待合所に向かって歩いてる最中なんだ。アルバローザ村の初レースで優勝できたから、次はもっと大きな舞台で走りたいって気持ちが抑えられない。胸がドキドキしてるよ。


「もう馬車は来てるかな?」


 私は大通りの待合所に着くと、そこにはすでに一台の辻馬車が停まってた。木製の車体に少し埃がかかってて、馬がのんびり草を食べてる姿がなんだかほっとする。私はその馬車の御者台に座るお爺さんに声をかけた。


「あの~、もしかしてヴェロナルド男爵領行きの馬車ですか?」

「おぉ、そうだよ? 乗ってくかい?」


 お爺さんはニコッと笑って、快く私を馬車に乗せてくれた。少ししわがれた声だったけど、優しさが伝わってきて安心したよ。私は荷台に飛び乗って、空いてる木のベンチに腰かけた。馬車がガタガタ揺れながら動き出すと、私は窓の外を見ながら、アルバローザ村で走ったレースのことを考え始めた。

 あのレースは私の初めての勝利だった。小さな村の野外コースだったけど、土魔法の壁を戦乙女の突撃ヴァルキリウム・アタックでぶち抜いて勝った瞬間は、今でも鮮明に覚えてる。でも、これから向かうヴィンテール市には、大きなレース場があって、毎年公式レースが開催されてるんだ。そこに立つのが私の夢。だけど……問題もある。お金がないから、移動した後は何か仕事もしないとだよね。

 スキルを使えるから、冒険者の真似事でお金を稼ぐこともできるんだけど……私はあくまでランナーだからなぁ。モンスターと戦うより、コースを走り抜ける方が私らしいよね。そうやって考え込んでると、ふと御者のお爺さんが声をかけてきた。


「嬢ちゃん、ちょっといいかい?」


 お爺さんは私が考え込む様子を見て、気にかけてくれたみたい。私は慌てて顔を上げた。


「はい! なんでしょう!」

「嬢ちゃんはレースの参加者かい?」

「はい! そうですけど」

「なら、一つ忠告しておくよ。ヴィンテール市では、レースに参加するには登録が必要じゃ。そしてレースは五種類あってな。少年部門、少女部門、成人男性部門、成人女性部門、それから混合レースがある。嬢ちゃんは少女部門と混合レースの二種類に応募できるから、間違えちまうと大人の男やそれと張り合える相手と走らされるから気を付けるんじゃぞ」

「あ、ありがとうございます!」


 そうか、レースには混合レースっていうのもあるんだ。私はアウリス選手のレースしかちゃんと追ってなかったけど、彼女が混合レースを走った記憶はないなぁ。彼女ならどんな強い相手がいても走り抜けられそうなのに、どうして出場しなかったんだろう。怪我で引退する前なら、きっと圧倒的な記録を残してたよね。うーん、謎だ。

 まあいいか。私はアウリス選手のような……伝説になるんだ。彼女のようになりたいから、まずは少女部門で勝ち抜かないとだよね。そう考えながら、お爺さんにお金を渡して馬車の荷台に落ち着くと、そこにはすでに二人組の女性が座ってた。

 一人は明るい金髪のショートボブの大人の女性で、深い緑色の瞳がとってもきれい。見つめたら一瞬で惹かれそうになるくらい、輝いてるんだ。服装は軽装だけど、生地が上質で、動きやすさと品の良さが両立してる感じ。もう一人は銀髪のストレートヘアの女性で、深い紫色の瞳はまるで吸い込まれるような魅力を放ってる。彼女は黒と白のシックなドレスに身を包んでて、どことなく上品な雰囲気を漂わせてた。二人とも、私みたいな田舎娘とは全然違う空気感だよ。


「あ、どうも!」


 私は二人に向けて元気に挨拶した。少し緊張してたけど、笑顔で返してくれるかなって期待してたんだ。すると、二人は柔らかく微笑んで挨拶を返してくれた。


「よろしくね」

「よろしく頼むわ」


 金髪の女性はお淑やかで優しい口調、銀髪の女性はクールでちょっと男勝りな感じ。二人の声が対照的で面白いなって思った。馬車の中でずっと会話を続けてるんだけど、言葉遣いは荒々しい時もあるのに、なんだか楽しそう。十年来の友人みたいな雰囲気だよ。仲が良いのか悪いのか分からないけど、見ててほっこりする。

 そういえば……十年前にもこの二人を見たことがあるような気がする。ちょうどアウリス選手とそのライバルのヴィクトリア選手がそのまま大人になったような……え? まさか、ご本人様たち!?

 いや、でも、アウリス選手が引退して十年も経つし、どこにいるか全く情報が流れてなかった。ヴィクトリア選手だって、その後もレース界に残ってたけど、引退したはずだよね。うーん、でも、この特徴的な髪と瞳、雰囲気……やっぱりそうとしか思えないよ。


「あの~、もしかしてヴィクトリア選手とアウリス選手ですか?」


 私は恐る恐る二人に話しかけた。心臓がバクバクしてたよ。すると、二人は一瞬驚いた表情を浮かべた後、お互いに顔を見合わせて笑い出した。


「ははは! まさか私たちの正体がばれるなんてね」

「えぇ、本当ですわね。有名だから名前は出さないようにしていたのに」


 やっぱり本人なんだ!! これで他人のフリをしてるつもりなら、変装が下手すぎるよ! 伝説の選手たちが私の目の前にいるなんて、信じられない気持ちでいっぱいだ。頭の中がぐるぐるしてる。


「君は昨日の野外レースで優勝していたフィリア君だね?」

「拝見させていただきました……かつてのアウリスを思わせるような追い抜き方でしたわ」


 二人は私のレースを見ててくれたみたい。金髪の女性――アウリスさんが私の名前を知ってて、銀髪の女性――ヴィクトリアさんがそんな風に褒めてくれるなんて、なんだか恥ずかしいな。それに、思ったより高評価だよ。村の非公式なレースだったのに、偶然見に来てくれてたなんて……嬉しい。嬉しすぎて、胸が熱くなってきた。あれ? でも、なんでこの人たち辻馬車に乗ってるんだろう? 確か二人とも貴族出身のはずだよね。ってことは、私、こんな気軽に話しかけて大丈夫なのかな……あれ? あれ? 頭が混乱してきたよ。


「あの? えと? おふたがたさま?」


 私がたどたどしくなると、二人はまた笑い始めた。


「急にどうした、フィリア君?」

「ええ、気になさらないで頂戴な。私たちは別にフィリアさんを不敬と咎めるつもりはございませんから」

「でも……私は平民で……」

「関係ないさ。私たちは辻馬車に乗り合わせてる通り、貴族としてここにいるつもりはない。次代のランナーを探してここに来ていたんだ」


 そうだったんだ。二人は優秀なランナーの卵を探して、各地を回ってるらしい。優秀なランナーの卵……それってもしかして、私のこと!? そう思うとドキドキが止まらなくて、ヴィンテール市に着くまで二人の会話に耳を傾けてた。アウリスさんの優しい声と、ヴィクトリアさんの冷静な口調が混ざり合って、なんだか不思議な安心感があったよ。

 でも、その後、二人が私に話しかけてくることはなかった。あ、あれ? あれだけ褒められて……有望な卵って私じゃないの? ちょっとがっかりしながら馬車に揺られてると、あっという間にヴィンテール市に到着した。馬車が停まって、私は荷物を手に持って降りようとしたその時、アウリスさんが声をかけてくれた。


「それではフィリア君……いつか君が活躍することを期待してるよ」


 そう言って、アウリスさんはさっさとどこかへ歩いて行っちゃった。少し寂しい気持ちになったけど、隣を見ると、なぜかヴィクトリアさんがまだ私のそばにいたんだ。


「あの? 私に何か?」

「いえいえ……フィリア・ドミナさん。貴女、私の指導を受けてみません?」


 え!? 何!? 突然の言葉に、私の頭が真っ白になった。ヴィクトリア選手が私の指導者!?  伝説のランナーが私にそんな提案をしてくるなんて、夢みたいだよ。心臓が跳ね上がって、どう答えればいいか分からないまま、彼女の紫色の瞳を見つめてた。私のレース人生、これからどうなるんだろう?

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