ヴァルキリア・ブレイズ: 限界突破の疾走
なとな
第1章ヴィンテール市編
1走目 私、デビュー!
アストラル・レース。それはスキルや魔法の使用が認められた障害物競争のことだ。単なる足の速さだけじゃなく、頭脳と身体、そして心の強さが試される過酷なレース。会場に響き渡る実況の声、観客の歓声、そして走者たちの息づかいが混ざり合って、私の胸を高鳴らせる。
私がそのレースを初めて見たのは、十年前のあの日だった。まだ幼かった私は、村の小さな広場に設置された魔導スクリーンで、遠くの大陸レースの様子を見ていた。その時、画面に映し出されたある選手の走る姿に、私は完全に心を奪われた。
『先頭はヴィクトリア! ヴィクトリア!! すごい勢いで揺れるつり橋を渡っていくが、重心が一切ぶれない! それを追いかけるのはクリス。クリスはスキルを発動し、翼を召喚してつり橋を飛び越えていく。ヴィクトリア! ペースは落とさない! 圧倒的だ! ここから誰が追い付けるのか。おっと、クリスの翼の召喚時間がつり橋を超えきれなかった! そのまま水中に落下! つり橋前まで泳いで戻る! 大幅なロスだ!!! その隙に二番手に繰り上がったのはアテナ。つり橋を!!! 強引に揺らしながら渡っていく!! 後続のランナーがどんどん振り落とされていくぞ!!!』
実況の声が会場中に響き渡る中、私は息を呑んでその光景に見惚れていた。でも、私が見ていた選手はヴィクトリア選手でも、クリス選手でも、アテナ選手でもなかった。私が目を離せなかったのは……。
『ここで来た!!!! やはり彼女がやってきた!!! 圧倒的に最下位を守り、レース終盤ですべてを蹂躙する。アテナの豪快な妨害を無視して前に出てきたのはこの選手!!!!! アウリスだ!!! アウリスが来た!!!! やはりこのレースも彼女がすべてを覆すのか! つり橋でヴィクトリアとアウリスの一騎打ちが始まった!!!』
そう、私が一番好きな選手、アウリス・アウレリアだった。彼女はどんな逆境にも負けない。どんな困難にも立ち向かう勇気を持っている。そんな彼女の姿に、私は心の底から憧れを抱いた。
『アウリス!!! 先頭でゴーーーール!!!! 圧倒的な加速を見せつけてすべてを追い抜く彼女の姿は…………またもレース界をにぎわせる!!! 記録更新!!! これで大陸にあるレース場の記録はすべてアウリスが最速記録を残した!!!!』
十年前の記憶。あの日は彼女の最後のレースだった。突然の引退宣言に、私はショックを受けた。でも、仕方なかったのかもしれない。彼女が走る姿は、もはやレースという枠を超えていた。あまりにも強すぎる彼女は、「幼児の中に大人を混ぜているようだ」と揶揄されるほどだった。向上心の強かった選手たちでさえ、彼女と戦うことに嫌気がさしていたという。
そのレースで二位だったヴィクトリア選手は、アウリスさえいなければ記録を更新できるタイムだったらしい。悔しそうな彼女の表情が、スクリーン越しにも伝わってきた。あの瞬間、私は思ったんだ。「いつか、私もあそこに立ってみたい」と。
そして、今日。私はその夢の第一歩を踏み出す。私の初舞台だ。
舞台は村で行われる障害物競争。公式なレース場ではなく、野外コースだ。自然の道をそのまま使ったコースで、整備された障害物なんてほとんどない。しいて言えば、自然そのものが障害物だ。凸凹の地面、絡みつく草木、突然現れる川や崖。それがこのレースの魅力であり、過酷さでもある。
「それでは次は…………フィリア・ドミナ選手! こちらに来て選手登録をしてください」
「はい!」
レース管理委員会から招かれた事務員さんに呼ばれ、私は選手登録のテントに駆け寄った。少し緊張していたけど、声に出したら気持ちが引き締まった気がする。
「ふむ、黒い長髪に紫色の瞳…………それから褐色の肌の人族か…………間違いないな! 多分君だろ!」
「あ、はい。間違いないです」
この村には身分証がないから、直接見て判断されるのが普通だ。私は少し照れながら頷いた。事務員さんは笑顔で登録用紙に何かを書き込んで、私にスタート地点へ向かうよう促した。私は暗紫色のボディスーツタイプのレース衣装に身を包み、金色のアクセントが光るブーツを履いて、準備を整えた。この衣装は動きやすくて引っかかりがないように作られていて、私の身体にぴったりフィットしている。レース用のヘッドギアも装着済み。視界と耳元を守ってくれる頼もしい相棒だ。
出場選手は近隣の村や街から集まった人たち、それに飛び入り参加の数名を合わせて、全部で九人。小さなレースだから、これくらいの規模でも仕方ないよね。でも、私にとってはこれがすべてのはじまりだ。
「位置について! よーい……」
私は深呼吸して、スタートの体勢に入った。地面をしっかり感じながら、全身に力を込める。そして……。
「スタート!」
「……ッ!?」
その声と同時に、私は一気に飛び出した。これまで練習で培った力を思いっきり地面にぶつけるように加速する。風が頬を撫でて、髪がポニーテールにまとめたまま後ろに流れていく。でも、誰も私についてこれない。すぐに最初のコーナーに差し掛かり、カーブを曲がってまた直線へ。村の障害物はコース上に綱渡りや棒が設置されているものが中心だけど、私にとっては大したことない。これなら、アウリス選手みたいに終盤で一気に抜き去るスタイルもできるかもしれない。
今回のレースは長距離だから、一気に全員を抜くのは難しい。でも、私には憧れのアウリス選手のような戦略がある。終盤加速によるごぼう抜きだ。まずはペースを保ちながら、チャンスを待つ。それが私の作戦。
最初の平原を超えて、森の中に入った。視界が急に悪くなって、先頭の選手を見失う。でも、これがレースだよね。私は焦らずに深呼吸した。経験が浅い分、こういう状況は慣れてない。でも、だったら経験で補えばいい。私は目を凝らして、木々の間を縫うように進んだ。
アストラル・レースではスキルが使える。本来、スキルって冒険者がモンスターと戦うときに使うものだけど、そのすべてが戦闘特化じゃない。私が今使えるスキルは四つ。短時間での加速を可能にする
。周囲の足場を短時間で崩す力を持つ
今回の長距離レースのコースは、平原、森、洞窟、橋、岩山、川、そしてゴールだ。森の中でスキルを使うのはリスクが高い。木々にぶつかったり、方向を見失ったりするかもしれない。なら、今必要なのは……ペースの維持だ。私は冷静に息を整えながら、木々の間を進んだ。
『おっと、ヴェラが加速し始めたぞ! 木々を避けながら加速して追い込んでいく。先頭を走っているのはルミナか。しかし少し様子が変だ、なんか左右に大きく振られてバランスが保てていない! これは……風魔法? しかしこんなに吹き荒れるものか?』
『おーっと、ここで森を抜けて次は洞窟に入るぞ!!!』
実況の声が私の耳にも届いた。走ってる私たちにも聞こえるなんて、すごいよね。きっと千里眼スキルとか、遠くを見通す魔法で観戦してるんだろうな。野外レースだと、そういう技術が頼りになる。私は心の中で呟いた。
「大丈夫。このまま突き進む!」
そのまま順調に洞窟を抜けて、岩山にたどり着いた。ここでの障害物は特にない。ただ、足元の岩が不安定で、少し気を抜くと転びそうになる。先頭を走るルミナ選手と、少し遅れてイリス選手が走っているけど、そろそろ疲れが見え始めたのか、ペースが落ちてきた。
『おっと、ここでトップ集団に動きがあったぞ! 三位から一気に一位に躍り出た!! カミナ! これはすごい勢いだ!!』
実況の声に合わせて、私も動き出すタイミングを見計らった。岩山の道を走っているあたりで、私はスキルを使う準備を始めた。ここで使うのはこれだ。
『おぉっと、ここでフィリアが勝負を仕掛けたぞ!! 風魔法を駆使しながら一気に二位に躍り出た!! 先頭はカミナ!!! それを追うのはフィリアだ!!!!!!』
私の心臓がドキドキしてる。でも、まだ終わりじゃない。ゴール手前の川までたどり着いた時……。
「ッ!?」
突然、目の前に巨大な壁が現れた。これは……土魔法!? でも、こんな大きさは見たことがない。通常、冒険者はこれを防御スキルとして使うけど、アストラル・レースでは妨害系のスキルだ。誰かが仕掛けたんだ。こんな卑怯な手を使うなんて……でも、やるしかないよね。
「スキル発動…………
私がそう叫ぶと、私の身体が光に包まれた。そのまま私は壁に向かって突っ込んでいった! 土壁が私の突進に耐えきれず、ボロボロと崩れ落ちる。私はその勢いのまま突き抜けて、壁の向こう側へ飛び出した。私の身体を包む熱気が川の水を沸騰させ、周囲に蒸気が立ち上る。でも、私はその熱さを全然感じなかった。逆に、先頭のカミナ選手はその高温で川をまともに走れず、飛び跳ねるしかできなくなってるみたい。
『レース終了です、一着はフィリア・ドミナ選手。タイムは34分27秒22!!!!!』
……記録は更新できなかったけど……初勝利だ! しかも、記念すべき初レースで!!!! 田舎の小さなレースにすぎないかもしれないけど、私には大きな一歩だ。胸が熱くなって、思わず笑顔がこぼれた。観客の拍手が遠くから聞こえてきて、私は手を振って応えた。
でも、私はまだ知らなかった。このレースを観戦していた人の中に、伝説の人物がいたことを。あの人たちが、私の走りを見ていたなんて……。
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