山を選んだばっかりに

花宮守

山を選んだばっかりに

 海と山、どっちがいい?って聞かれた。

 山!と答えた。

 海って言うかと思った、とあなたは笑った。

 そして今この状況。

 ……海って言えばよかったかなあ。


「どうした?」

「うぅん。静かだなあと思って」

「うん」

 さっきからこの調子。夕食のカレーは二人ともとっくに食べ終わって、インスタントのコーヒーをゆっくり飲んでいる。

 バンガローに泊まれるタイプのキャンプ場。一番高い所に位置するここは、一軒だけぽつんと建っていて、夏から秋へ移っていくのをしみじみと感じさせる虫の音ぐらいしか聞こえない。もっと耳を澄ませたら、あなたの呼吸だって全部聞こえるかもしれない。その前に、私の胸の音が響き渡りそうなんだけど!

「ほんとに静かだ」

「だよね」

「お前が」

「え?」

 木のテーブルを挟んで向かい合っていたのに、何でいきなり立ち上がって隣に来るの? いや嬉しいけど! 片想い中の身としては。

「悩み……ってわけでもなさそうなんだよな」

 私の顔をちょっと覗き込んで、あとは空を見てる。満天の星。食事が済んだらあとは寝るだけなのに、バンガローに入らず外で過ごしていられるのは、この星空のおかげだと思う。

 あなたのことで、めちゃめちゃ悩んでるんですけどね!?


 海って答えかけて、やめた。水着姿を見られるのは子供の頃以来だから恥ずかしいし、あなたの海パン姿を直視できる気がしなかった。青い海を一緒に見たかったけど、ロマンチックすぎて頭も心臓もパンクするのを恐れた。その点、山の方が無難じゃないかなって。

 それで「山!」と答えた結果、私は今、息も止まりそうなほどのロマンチック全開の状況に置かれている。

 二人で笑いながら作ったカレー。お皿も、二人で並んで洗って。コーヒーのカップはこれな、と荷物から出して見せてくれたのは、動物のイラスト付きのかわいいやつ。私のは赤くて、キリンがにっこり笑ってる。あなたのは青で、ゾウが首を傾げてるみたいな絵。二十八歳の大人で、どこの少女漫画って言いたくなるハンサムな顔で、かわいいゾウさんって。

「悩みぐらい、私だってあるよ」

 唇を尖らせて、子供の頃のような口調になってしまう。私が赤ちゃんの時を知ってる従兄の前では、自然とこうなる。大きくなったらもっと近付けると信じていたのに、十歳の年の差が変わるわけもなく。

「俺が聞いていいなら、聞くけど?」

 テーブルに置かれた、青いプラスチックのコップ。コーヒーはあと一センチ。

「聞いていいっていうか……ほかの人には言えないし」

「俺は?」

「……何で距離詰めて来てるの」

「この方がよく聞こえるかと思って」

 キャンプ場の、一番高い場所に二人っきり。逃げ場がない。好きな人とこんなところに来て、心安らかでいられるわけがなかった。

 空には星。星座にまつわるたくさんの物語が頭の中を駆け巡る。ギリシャ神話の神様たちって強引だけど、今は私が積極的にならないと駄目なんだろうか。

 無理無理無理っ。

 っていうか思考がおかしい。木々に囲まれた閉鎖的な空間で、空へ逃げるわけにもいかなくて、頭も心も言えない言葉でいっぱいになる。

 あなたが好き。

 その、たった六文字を声に乗せればいいだけなのに。それ以外の言葉ばっかり、飛び出して来そうで。

 あー、頭に血がのぼってきた……。

「……え?」

 次の瞬間、私は彼の腕の中に閉じ込められていた。

「顔、真っ赤」

「え、あ」

 腕の中でもぞもぞと動いて、自分のほっぺたを触ってみた。熱い。誰のせいだと思って……っていうか何なのこれはっ。ふーって長く息を吐いて、よしよしするみたいに髪を撫でてくれて、意味わかんない……。

「ひとつ聞いていいか」

「……なに?」

 腕の力が強くなった。

「俺……自惚れてもいいか」

 ん? それって。

 私が顔を真っ赤にしたことと結びついてるんだよね? で、私は今抱きしめられている。

 脈ありって思いたいけど、決定的なことを言うのは怖い。

「自惚れじゃない、かも」

 やっと絞り出した言葉は、これ。舌がもつれてうまく言えない。それに対する彼の反応は、ますます強く抱きしめてくるだけ。こんなの、それこそ……

「私、勘違いしちゃうよ……」

 かわいい従妹だと思ってくれてるのは分かってる。優しくて頼れて、永遠に追いつけないくらい大人で。

 腕の力が緩くなった。やだ、離れたくない。

「そんな、泣きそうな顔するなって。勘違いなんかじゃないって、ちゃんと教えてやるから」

 誰も聞いてないのに、内緒話のような小さい声。

 彼の顔が近付いてきて、幸せと切なさの中間のような笑みを見せた。唇が触れて、私は目を閉じた。


 自惚れでもなく、勘違いでもない。時間が止まったような山の中で動き出した、私たちの恋。

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