第3話 『異世界帰り』

「うぅ……」


 俺はうめきながら、なんとか目を開けた。空はどんよりと曇り、生暖かい空気を吸い込む。体中が痛むが、なんとか半身を起こした。


 確か俺は裂け目に墜ちて……そうだ! リサは⁉ それにペルとセシリアも! 俺は辺りを見渡すも十年間、苦楽を共にした『仲間』の姿はなかった……。


「なっ……⁉」


 俺は仲間がいない以上に、周りの景色に驚いた。あちこちで倒壊したビル、火の手も上がり黒煙が立ち込めていた。空気がよどんでいたのは、この為か……。


 さらに形容し難い『異臭』が、鼻を突いた。なんだこれは……強いて例えるのなら、腐った卵よりも酷い。俺はなんとか身を起こし、状況を探ることにした。


 陥没した道路、傾いた信号機、電柱は根元から直角に曲がり、断線した電線がスパークしていた。何がどーなっている? いずれも異世界むこうにはなかった。


 俺の脳裏にある『可能性』がよぎった。


 まさか……俺は還ってきたのか? 『元の世界』に。


 急にどーして? 『前触れ』など何もなかった。強いて言うなら、あの『地割れ』だ。


 奈落のさらに底……『深淵』が、元の世界に繋がっていた? なら、この『状況』はなんだ?


 確かに街並みなどは、俺が『よく知った』光景だ。ここは俺の地元……なのに、この変わりようは一体?


「ん? アレは……」


 しばらく歩いた俺は、見知った顔に出会った。あれは中村か……? 十年前の職場の同僚だ。随分、懐かしい。だが、なにやら様子がおかしい。


「……おい、中村」


 俺は意を決して、声を掛けてみるも返事はない。中村はフラフラと足元が覚束ない。転倒しそうになったので、俺は咄嗟に中村を支えた。


「おい、大丈夫か? なっ……」


 俺は思わず絶句した。中村の顔は完全に血の気が失せており、白目に肌は麻黒く変色していた。およそ『生きている』人間の表情ではなかった。


 俺は呆然となり、故に『反応』が遅れた。直後、右腕に鋭い痛みが……! なんと中村が、俺の腕に噛みついているではないか!

 あまりの非現実ファンタジックぶりに俺は呆気に取られたが、生々しい痛みが走り腕がげる勢いだった。


「中村っ、やめろ! 俺が急に来なくなって、恨んでるのかっ⁉」


 中村は答えず、ニィと歯茎を剥き出しにしてわらった。俺に本能的な恐怖が走る。中村は『常識』を逸脱した存在になってしまった。このままでは、確実に殺られる……!


 俺は中村に手の平をかざした。かつての同僚を手に掛けることになるとは……中村、悪く思わないでくれ!


「――炎閃ファイアボルトっ!」


 イメージし術式を構成、使い慣れた魔術を放った……つもりだった。だが、何も起こらない。中村は突進し、俺を押し倒した! クソッ、魔術が使えないだと⁉


 中村が口が裂ける勢いで大口を開け、俺の喉元に迫る! これを喰らったらヤバい……! 俺は必死に中村の頭を抑えるも、人間とは思えない怪力だ!


 俺が半ば観念すると、突如中村の体が吹き飛び壁に激突した。なんだ……?


「ヒロシ様っ、ご無事ですか⁉」

「……っ⁉ リサっ⁉ 何故、現実ここに?」


 俺は驚きのあまり、そう言うのがやっとだった。異世界の『異変』に巻き込まれた俺……リサは異世界むこうにいたハズだが?


「話は後ですっ、乗ってください!」

「お……おう」


 混乱ぎみの俺だがリサに促されるまま、バイクの後部にまたがった! リサは器用にバイクを運転し、群がるゾンビを避けながら荒廃した街を爆走した!


 そーいや『向こう』でも、騎乗スキルをマスターしてたな。ここから『長い戦い』が始まることになった……。

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