窓鷲荘のお坊ちゃま

花宮守

窓鷲荘のお坊ちゃま

 また怒られるだろうなあ。


「ただいま」

「お帰りなさいませ……坊ちゃま! まあ何ですかまた、そんなガラクタばかり!」

 ほら、怒られた。

「何となく気になったもんだからね」

「何となく、で木の枝やら石ころやら、やたらに拾ってこないでくださいまし。ご自分の年をお考えください!」

「うーん、二十五になるね」

「もちろん存じておりますとも!」

 あー、いつもの流れだなあ。

「そんなものばかり集めていらっしゃるから、お嫁さんが見つからないんですよ。まったく……」

「はは、確かにね。僕の部屋に置くのは構わないだろう?」

 それがいけないと言っているんですっと咎める声を背中に聞きながら、二階へ上がった。古い石造りの洋館。いつの頃からか、窓鷲荘まどわしそうと呼ばれている。住人は、僕と使用人たちだけ。……と、いうことにしておこうか。


「ほら、ここが僕の部屋だよ」

 部屋に入って扉を閉め、連れてきた子たちに声をかける。木の枝をテーブルに置くと、しがみついていた生き物が、そろりそろりと動き始めた。僕の小指にも足りないようなサイズの体。図鑑で見た狸と、猫の中間のような姿。だけど、虹色の狸や猫なんてどの文献にも載っていないだろうな。

「お腹は減っていないかい? そうか。この部屋の中は安全だよ。さて……君はどうだい? ここを気に入ってくれるかな?」

 拳よりも大きな石の上に腰かけているのは、子供の頃に英国の映画で見たのとそっくりなフェアリーだ。金色の髪の女の子。キラキラ光る体に羽が生えていて、先がくるんと丸まった小さな靴を履いた足を、ぶらぶらさせている。あそこ、と指すから、一人掛けのソファーのそばに石を下ろした。嬉しそうに、ソファーの下の方を見ている。そこでは、僕が最初にここへ連れてきた、茶色い髪の小さな男の子が居眠りをしているんだ。彼の背中にも羽がある。

「それと、君だ。ポケットの中は窮屈だったろう? ごめんよ」

 潰さないように細心の注意を払い、手で掬い上げる。花びらの舟に揺られて川を下っていくのを見送るつもりだったけど、何とも心細げな風情で心を惹かれた。流れの途中で引っ掛かったのを、ハンカチに乗せて連れてきた。

「うん? ハンカチを濡らして済まなかったって? 構わないよ。君は紳士なんだなあ。花びらに乗って、どこへいくつもりだったのか、よかったら聞かせてくれないか」

 腕組みをし、しかつめらしい顔で考えた末、彼は頷いた。褐色の体は、僕の手の、親指の爪くらいの大きさだ。母が大切にしていた、引出しが三段ついている宝石箱の、一番上の蓋を開けて、真っ赤なビロードの上に彼を下ろした。王子様みたいな風格の彼は、手触りを確かめ、ぴょんっとひとつジャンプをして、くるりと宙返りをしてから、かっこよく降り立った。

「お見事!」

 ニヤッと不敵に笑ったところといい、いい友達になれそうだ。襟を立てたベストがお洒落だな。

 僕は彼の前のソファーに腰かけて、足を組んだ。

「じゃあ、おしゃべりを始めようか。……うん、うん。なるほど……」


 パタパタと、小さな羽音。本棚に寝そべっていた、二番目に連れてきた妖精の女の子が、新入りのところへ飛んでいく。赤毛の彼女は気が強いが、面倒見もいいから大丈夫だろう。暖炉の中や、鏡の向こうで眠っていた子たちも、目を覚ましてもぞもぞ動き始めた。

 僕の肩にはドラゴンが懐いてきて、膝の上にはペガサスが舞い降りた。彼らは昼間はこうして小さいけれど、月明かりの中では元の大きさに戻れるんだ。


 みんな、木や石や葉っぱ、花びらなどに身を寄せていたのを、僕が見つけた。時には、しぼんだ風船にくっついて途方に暮れていたり、瓶の中から困った顔で訴えてきたり。

 ばあやにも、ほかの人間にも見えない。どうやらこれは重大な秘密らしいぞ、と気付いたのは五歳の時だった。母は見えていたかもしれないが、僕が十歳の時に亡くなった。母の友達だったのかもしれない青い女神は、満月の晩になるとこの家を訪れる。今夜が楽しみだ。

 僕が子供の頃に組み立てた模型飛行機は、いかめしい顔の小人たちの隠れ家になっている。彼らは、知恵があって心優しい。時々こっそりこの部屋を抜け出して、ばあやの仕事を、彼女が眠っている間に手伝っている。

 天井には、衣を大きく広げた天女様。彼女はいつも眠そうだ。


 なかなかの大所帯だろう?

 内緒だよ。


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