第4話 勇者カオリ①

 ……どうしてなの?


 雲一つない、快晴な空の下。

 エクスト付近の草原。

 そこに傷だらけのボロいインナー姿の少女が、コロッスジャガーに襲われていた。


 コロッスジャガー。

 それはこの世界の強さランクD部類に含まれし、初心者にとっては難敵と呼ばれしモンスターである。

 素早い動きが特徴で、鋭い爪で獲物を抑え、剥き出しの牙で獲物を喰らう四足歩行のモンスター。

 多くの初級冒険者が不意打ちに遭い命を落としていることから、『冒険者ハンター』とも呼ばれている。


「なんで……なんでこんな目に……」


 綺麗な川が再現された様な、長くサラサラな水色の髪の少女。

 彼女は息を切らしながらそう呟く。


 この少女こそがヴィナスが送り込んだ勇者の一人、「なぎさ香織カオリ」である。


 勇者である彼女が、なぜ一人でコロッスジャガーと戦っているのか。

 それは、彼女が召喚された数日後にまで遡る。



 〜〜


 女神ヴィナスの導きにより、彼女含め五人が勇者としてとある国に召喚された。


 その国の名は『プロローグ』

 主に人中心とし、それ以外の人種を差別する国政を行う、人間重視の国。

 だがそれは一年前の話。

 今は亜人獣人差別せず、共に寄り添い支え合う国として成り立っている。


 最初国は、彼女も含めた全ての勇者達を歓迎し、豪華な食事を振る舞いもてなしてくれた。旅に出る為に必要な資金や仲間達を与えてくれた。


 だが、旅に出た次の日の朝、彼女は城の兵士達に捕らわれて連行されたのだ。

 彼女は困惑したまま、玉座の間まで連行されると、


「み、みんな! えっ? どうして??」


 彼女のパーティーメンバー含め、三人の勇者達とそのパーティメンバーが集まっていた。

 勇者である金髪色の青年の背後には、彼の仲間らしき紫色のツインテールヘアの少女が泣いている。

 そして青年の前には、手錠かけられ正座してる、カオリの仲間である戦士二人の姿。

 カオリは何が何だか分からなかった。


「王様! これは一体どう言う事なのですか!? 訳を聞かせてーー」

「黙れ! この主犯者がっ!?」


 王の激昂に彼女は驚く。


 主犯者? なんの事??


 目を丸くし呆然とするカオリの脳内は、この二言で満ち溢れる。


 ツインテール少女を守る様に立ってカオリを睨む勇者、キョウスケが口を開く。


「最初目にした時、水の精霊かと思える様な綺麗な人だと見惚れてたけど、まさかこんなクズ野郎だと思ってなかったぜ!」

「まっ、待ってよ!? クズ野郎って何の話なのか私にはーーあっ!」


 カオリはキョウスケの腰元にぶら下げてる小さな巾着袋を見て声を上げる。

 それはカオリが所持していた袋であり、中には王様から貰った旅の資金が入っているのだ。


「それ、私の袋じゃない! どうしてアナタがそれを持ってるの!?」

「何言ってるんだ!? これはここに正座して反省してるお前の仲間の袋だろ! 事情は全部コイツらから聞いてるんだぞ!」

「だから何の話なのよ!?」


 裁判の様な空気にカオリはさらに困惑する。

 何が何だか分からずのまま、連行して来た兵士達に力尽くで座らされた。


「大丈夫だ。何かあったら俺が守る。だから話してくれ。コイツがお前らに命じた外道的な行為を」

「は……はい。実はそこの罪人勇者は、我々に勇者キョウスケ様の仲間を強姦し、トラウマを植え付けろと命じられて……」

「……え?」

「我々は抗議しました。そしたら我々を解雇すると……お前達の代わりなどいくらでもいるし、国は勇者に絶対的な信頼を得ているから、お前達に無実の罪を着せて処刑することもできるんだぞって脅されて……」


 二人の戦士達は顔を俯け、申し訳なさそうに言葉を紡ぎ続ける。


 カオリはなんの事か全く理解出来なかった。

 その日彼女は、食事終えた後部屋に戻り、ぐっすり寝ていただけだった。

 罪悪感を感じてる二人を見て、戸惑うことしか出来ないカオリ。


「まっ、待ってよ! 私そんな事言ってない! 第一貴方達も覚えてるでしょ? その日私はーー」

「外道が口を開くな!」


 王様は彼女の弁解を怒号で遮った。


「仲間を使って我が民に手を出させるなどと何たる愚行! 勇者でなければ死罪に値する!」


 王も、周りの人々も、彼女が黒だとして扱い話を進めていく。


 身に覚えのない事で罵倒され、悪人扱いにされ、何故こうなったのかカオリには分からなかった。


 そんな時、偶然キョウスケの背後で泣いていたツインテールの少女に視界が入った時、


 彼女は舌を出して悪魔的な冷たい笑みを浮かべ出した。


 彼女は全てを悟った。


「アンタ! どうやったかは知らないけど、私の仲間達を誑かして、資金を奪う為にこんな事したんでしょ!?」

「兵士達よ! 殴り倒して黙らせよ!」


 か弱い少女にも関わらずだった。

 左右隣にいた兵士達が、連行用の木の棒を用いて、彼女を容赦なく何度も殴りつけた。

 本気でやったのだろう。

 殴り倒された彼女は「うぅ……」と呻き声を上げて言葉を止めた。


「全く。異世界でクズ行為を働く男の転生者は本とかで読んだことあるけど、お前はそれと同等だな」

「私達をこの世界に転生させてくれた女神様の思いを裏切る行いですわね」


 この場にいる彼女と同じ、勇者として召喚された少年と少女、タクマとユキコ。

 この二人も彼女を断罪するのに躊躇がない様子であった。


 彼女は思った。


 この場にいないもう一人の勇者はどうだか分からない。

 だが少なくとも、ここにいる三人は手を組んでいたと。

 自分が他の誰よりもチヤホヤされたいが為だけに、自分を足蹴にして有利に事を運びたいと。


「……もういいわよ」


 全て悟ったと感じたカオリは、絶望した。


「そんなに私を犯罪者にしたけりゃそうすりゃいいでしょ!? 勝手にしなさいよ!」


 カオリ自身、今まで発したことがないほどの大声を上げた瞬間、再び兵士達にタコ殴りにされたのだった。


 〜〜


 その後、城から追い出された彼女は、冤罪により信頼と金、全てを失い、ただ一人戦いながら鍛えていたのだ。

 全ては国王と場にいた勇者達諸々、自分を嵌めた連中に対し、強くなって見返してやる為に。

 だが、どれだけ戦っても、レベルを上げても、何故か伸びの悪いステータス。

 それに苦悩してる最中、こんな平原に現れるはずがないコロッスジャガーの出現。

 ダメージを与えられず瀕死寸前の状況。


 彼女は思った。どうして異世界に来てこんな思いをしなきゃいけないのか?

 どうしてこんな形で殺されなきゃいけないんだと。


 彼女が膝をついた瞬間、コロッスジャガーが雄叫びを上げ走り出した時、


「恨むよ……恨むよ! 女神ヴィナスッ!」

 ブロロロ……


 遠方から、車が走ってる様な音が聞こえてきたのだ。

 コロッスジャガーは足を止め、音の方に首を向ける。

 最後の一言感覚で恨み言を叫び、目を瞑ったカオリも、ジャガーの様子に気づき音の方に顔を向けた。


 ブロロロロロロロ、

 ブロロロロロ

 ブロロロ


 近づいてくる車のエンジン音に似た様な音。

 一つではなく複数だ。


 警戒するジャガーはもちろん、カオリも「なんだ?」と言わんばかりの顔して、呆然と眺めていると……、





「「「マリオカート! Kェェェェェェェェェェェェェェェ!!」」」

「何よアレェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!???」


 レーシングカーに乗ったゴウと十匹のクマ吉達が、場の空気をぶち壊すかの如く珍乱入。

 こっちに来ながら近場のモンスター達を弾き飛ばしながらレースする彼らを見て、カオリは絶叫したのでありました。

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