第2話 非常食クマ吉

 天界から目的の異世界の通路を通り数分後。気づけばゴウはとある街中にいた。

 煉瓦の家々が立ち並ぶ、中世ヨーロッパ風の街道。

 自動車及び自転車の代わりに馬車が走り、電波塔は愚か、近未来的なタワーの姿も何処にもない。


「おや、見かけない顔だね。観光客かい?」


 一人の老人がゴウに声を掛けてきた。


「ご老人。この街はなんという名でどういう場所なのだ?」

「やはり観光客じゃったか。ここは冒険者の街『エクスト』だ。多くの冒険者の始まりの場所と呼ばれる街だよ。いい所だからゆっくりしてーー」


 親切な老人が、ゴウにこの街の事を教え初めてくれたのだが、


「通すわけないだろ貴様! 死にたくなければさっさと自然界へと帰れ!」


 ふと聞こえて来た街の門からの騒めき声により、老人の声が掻き消された。

 二人が視線を声の方へと向け直すと、


「ザッケンナよテメー! こんなファンシーな見た目の俺の何処がモンスターだってんだ!?」

「頭の先から足の底までモンスター以外の何者でもないだろ!」


 武器を構え臨戦体制状態の門兵二人と、ゴウと共にこの世界にやって来た例の熊のぬいぐるみがいた。

 どうやら見た目が見た目だけに魔物と勘違いされ、街の中に入れずにいる様である。


「ヒッドイッ! アンタ達本気で言ってるのっ!? だとしたら差別よ! 人種差別よ! 誰か弁護士呼んでちょうだい!」


 彼らを指差しハンカチを噛んでヒステリックに叫ぶぬいぐるみ。

 いや、どう見ても人じゃないし。と言わんばかりの野次馬の冷たい視線が彼? に向けられる。

 だがぬいぐるみはそのことに気づいてない。


 まぁ、確かに誰から見ても人ではないと思う上、事実上人ではないことは間違いない。


「分かった! 通行料! 通行料払えばいいんだろっ! 異世界だろうが本っっっっと世の中腐ってんな! おら!」


 遂にぬいぐるみが逆ギレし、門兵に日本円(十三円)を差し出すが、


「要らん」パシ

「あっ! テメェ!」


 一瞥もくれずに槍で弾き飛ばした。


「こ、この野郎っ! こっちが下手に出れば調子乗りやがって! こうなったら……」


 怒り狂ったぬいぐるみが、気合い込めて「ウォォォ!」っと叫び出し始める。

 その直後、ぬいぐるみの背中が破れ、綿が溢れ出してきたのだ。

 その綿が形を整え、色が変化して……、


「も、もう一匹増えやがった!」

「まっ、まずいぞ! 応援を呼べ!!」


 門兵も野次馬達も、驚き戸惑ったが時既に遅し。

 門の前には、数えきれないほどの同じ姿のしたぬいぐるみ達がいた。


 全員が鬼の様な形相を浮かべ、街中に視線を向けている。

 側から見れば、今まさに襲撃せんとしている魔物の大群そのものであった。


 だが、


「オラァァァ! 数でゴリ押して強行突破してやるぞ! 全軍! 突げkーー」

「廃棄処分!」


 ゴウが地面に思いっきり手を叩いた瞬間、


 DOGOOOOON!!


「「「ギャァァァァァァ!!!」」」

「「「全て奈落の穴に飲み込まれたァァァァァ!」」」


 ぬいぐるみ大群全てを飲み込む大穴が出現し、全員一網打尽にしたのでした。


 穴の底は地獄に繋がってるのだろうか。

 落っこちたぬいぐるみ達の阿鼻叫喚の様な悲鳴声が鳴り響く。


 全員が唖然とする最中、ゴウが門兵の一人に近づいて口を開いた。


「申し訳ない門兵さん。うちの非常食が迷惑おかけして」

「……え、えっ? 非常食? どゆこと? 普通に喋っていたんだが……」

「それはそれは、とても珍しい非常食なのでザマス」


 そう言ったマダム衣装に着替えてたゴウが、とある本を取り出し兵士に見せる。


「ほら、この図鑑に載ってるザマス。『クマ吉』って食材なのザマス」

「えっ!? マジ!? アレって本当に非常食だったのか!?」


 凶悪な熊型モンスター的体型で非常食向きの食材、無限残機特性を持つ為永久的に食べれるから生け捕り必須、バカ、暴れたら世界が崩壊する為怒らせたらダメなど、細かいところまで作り込まれてる図鑑だった。

 ちなみにこの図鑑を作った製作者名は、『ゴウまじぶっとびちんこすけ(言ってしまえばゴウ自身)』である。



「えぇ……、と、とりあえず今回のは事故ということにしておくけど、次からはちゃんと保存してもらわないと困るよ」

「いやぁ、すんませんね。こんな可能性もあるから気をつけてたんですがね。ちなみに冒険者ギルドが何処にあるか教えてくれないっすか? 何せこの街に初めて来た身の者でして何処にあるのか分からねえんっすよ」

「えっ、冒険者ギルド? そ、それならこの道を真っ直ぐに進みなさい。真っ直ぐ行くと左右に行く道が見えてくるから、その右を歩み、デカい建物が見えたらそこが冒険者ギルドですよ」

「いやぁ、ありがとうございます。お詫びと言ってはなんですが、戦う兵士さんにこれを受け取って頂きたいのですが」


 ゴウは口止め的賄賂を渡すかの様に、門兵の手にある物を握らせた。

 兵士は握らされた手に目を向け、何を渡されたのか確認するとそれは……、



 フリーザ様イラスト使用のTカード(現在のポイント数『五十三万』)だった。



「?」


 兵士は思った。これ、何に使えるんだ? と。当然だ。


「じゃ、お仕事頑張ってください」


 兵士達にお辞儀した後ゴウは歩みだし、まだ断末魔が聞こえる奈落の穴の前に移動した。

 すると、突如悲鳴が聞こえなくなった。


 その直後だった。


 ゴゴゴゴゴ……と、大地震、噴火前の火山の様な音が、穴の中から響いた瞬間、


『儂の住居に非常食を捨てた愚か者はだぁれぇじゅぁぁぁぁ……』


 神話の神々と思わしき阿修羅大王の様な紫の巨人が、穴の中から現れたのだった。


 いや、なんで??


「「「なんかスゲェのが出てきたァァァァァァァァァ!!!??」」」


 上半身だけでも街の三分の一程の体格がある巨人の出現。

 規格外な存在の登場に、住民達は驚愕し悲鳴をあげたのも無理はない。


『答えるがいい。誰が勝手に儂の住処に非常食を送り込んだのだ?』

「はいっ! 僕ですっ!」

「ちょっ!?」


 驚き怯える人達をを差し置き、素直な子の様に挙手して正直に答えるゴウ。


『ほう、お主か。何故汝は儂の世界にこの様な物を送り込んだのだ?』


 そう言った紫の巨人事『ムテキさん』は、ゴウに無理矢理穴の中へとぶち込まれたクマ吉を摘み持ち上げる。

 この時のクマ吉の顔全体がボコボコにされた状態で、バイオハザードに出てきそうなグロテスクな物へ豹変していました。


「「「ーーーーーーーーーっ!!??」」」


 兵士達も野次馬もムテキさんに驚いたが、クマ吉の面を見た途端に一変。

 それをも上回る絶叫を上げた様な顔して固まり、声が出なくなってしまいます。

 そんな彼らを気にせず、ゴウは今も余裕ベラベラと口を開き続けるのだった。


「いやぁ、僕この世界に来たばかりの者でしてぇ。ですので最初、しばらくお世話になりますと、あらゆる神々に挨拶回りしておりまして。あ、その非常食はつまらない物ですが宜しければと思いまして」

『なるほど。言うなれば供物か。では有り難く頂くとしよう』


 そしてムテキさんはそのままクマ吉を頭からガブリーー、


『不味いワァァァァ!!』


 ーーっといったが口に合わなかったらしく、空に目がけ思いっきりぶん投げた。


 投げ飛ばされたクマ吉は空を越え、大気圏を貫き、惑星から飛び出て、銀河系を抜け、別の銀河系に入り込み、とある生物無き惑星にぶつかって、天変地異級の大爆発を引き起こした。

 これこそが命無き惑星に生命を宿す第一の爆発『ファースト・インパクト』である。



『次回 生命の誕生

 星の黒歴史 地球編 続く』


 …………まっ、それはそれとして。


『此処は良き世界だ。楽しむと良い』

「あざーっす。またどこかあったらご飯奢ってくださーい」

『フッハッハ。次会えたらな』


 っと、軽い感じに会話が終わる。

 ムテキさんは再び奈落の穴の中へと戻っていき、姿が見えなくなると穴が自然と塞がった。

 そしてゴウは、何事もなかったかの様な顔をし、再度門を潜って街の中へと戻る。


「……なんだったんだあのデカい人?」


 小首を傾げそう呟いてはいたが。


 一連の流れにより、場の全員の驚愕染みた視線の的になっているゴウ。

 そんな視線も気にせず野次馬の中に入り、一人一人に「お通りいたしまぁす」と一言掛けながら潜り抜ける。


「な、なんなんだ……アイツは……」

「ま、間違いなく……只者じゃ……ない」


 街人達の驚愕した視線を背に受けながら、ゴウは冒険者ギルドへと足を進めるのだった。

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