延命
まず、何から話しましょうか。
あの日から数ヶ月かたった頃のことです。父の顔を見るたびに恨みの念を持ち、裏切り者としかみなくなっていて、それでもなお自分の父を信じたくなっている自分がいました。
本当に辛くなってきた時、狙ったようなタイミングで苗字が変わった子がいたんです。同じクラスの女の子です。
私の世界に最初に差し込んだ光は、彼女かもしれません。
彼女はもともと両親が離婚していたそうです。それが小四になって再婚したとか。
離婚したのが幼稚園の年長ぐらいのことだったそうで元の父は顔ぐらいしか覚えていないそうですが、やはり複雑な気持ちもあったそうです。
私は勝手に彼女に親近感を感じていました。同じような経験をした人がいるというのは多少なりとも慰めになりましたからね。
また、彼女はその複雑な気持ちはあると言いながらも、その現状を受け入れていました。現実を見て、逃げもしませんでした。
今の家庭は幸せで、だから満足できるのだ、と彼女は言っていました。
それより多くは求めませんでした。
少しだけ、古傷が残った自分の心なんか、考えていられません。
彼女は、周りの人の助けがあった、と言っていました。
そりゃそうでしょう。離婚、といえば周囲の人から言わせると「複雑な家庭環境」なわけですから支援してくれる人もいるはずです。
不倫と離婚の一番の違いかもしれませんね。周りに相談できるかどうかは。
誠意を持っているといえばそこまでなのですが、どちらもやっていることは私にとっては裏切りに見えてしまいます。
幸せならそれでいいはずなのに、どうしても父に理想を見ていたせいでその落差から落胆してしまうのです。勝手に期待して無惨にも現実を知ったとなれば一方的に父を恨む。
当時はそんな自分が許せなかったのですが、彼女の考えを受け入れてしまえば楽になれるのかな、と思うました。
だから、自分にそう言い聞かせるようにしました。
父が不倫をしていたのだとしても、今の家族は回っていきます。だからそれを変える必要なんてないと。
今のままで満足すればいいと。
これは私にとっての延命でしたね。いわゆるドーピングみたいなもんです。現実から逃げて、自分の傷から逃げるための。これがなければ今でも古傷が残るほど、傷ついていたかもしれません。
余談なのですが、彼女の人生をモデルにしたキャラクターが一つあるんですよ。舞台の上のマリオネットという作品で、主人公の小西澪です。
傷ついて、いろんな人に裏切られて一度は挫折。でも周りに助けられながら前を見て、そして成功する。あらすじで言えばそんな物語です。
挫折し、前を見始めるところまでは本当にあったことです。
でもそのあとは、現実を無理やり美化したような物語になってしまいました。そのおかげで幻影がみれて、私自身少し気が楽になったんですけどね。
だって現実ではハッピーエンドなんかじゃありませんでしたから。
彼女は心に古傷を負っていました。一生それは治りません。だからハッピーエンドじゃないです。主人公のように完全に前を向けていません。前を見始めただけです。
その見始めからの未来が明るければ、完全に前を向けたのかもしれませんが、現実はそんなもんじゃないです。前を向き始めた時に、無情な状況を押し付けられるもんなんです。
彼女をモデルにしたもう一人のキャラクターがいましてね。もしも上手に歩けなのなら、っていう初期の初期に描いた作品の主人公です。
あれは彼女のその後を描いた作品です。
一度離婚したお母さんがいて、お母さんは再婚するが、その再婚したお父さんは問題がある人。元からいた娘は悲しみ、孤立。
しかし、その子を助けようと塾講師が奮闘し、そして最後にはハッピーエンド。
家族の関係が改善されたわけではないけれど、少女は苦しみからは解放される。
あらすじはそんな感じです。
再婚した親父さんが少し問題のある人だったことは事実です。
担任の先生たちが私たちにそのことを話してくれていたので、知っています。先生も、傷ついた彼女を助けるためには藁にも縋りたい思いだったことでしょう。
だから同級生の私たちに事情を話してくれたんだと思います。私たちが少しでも彼女の支えになれるように。
でも、私たちには救えませんでした。そもそも彼女は学校にこれませんでしたから。どうしようもなく辛いのに、誰にも頼れない。そんなバットエンドです。
だから私は物語を描いてハッピーエンドにしました。
だって本当の現実は辛すぎるから。
子供がもし、背伸びをしてその景色を見てしまったら絶望するしてしまうから。
そんなことが、あってはいけないはずだから。
余談が少し、長引いてしまいましたね。まぁ、これが私の最初に見た光です。ただの、延命と幻影です。
▲
じゃあ、次にいきましょうか。私の二個目の延命の話です。
当時私は、そんな難しいことを考えていられるほど聡明ではありませんでした。誰かに頼りたくなってしまうんです。ネットでも調べました。
「不倫 知ったらどうする」
「不倫 見つけたら」
「不倫 子供 どうなる」
不倫、不倫、不倫、不倫......
離婚とか、慰謝料とか、親権とかたくさんよくわからない単語が出てきて、当時の私にとって難解な文章だらけでしたよ。
でも、調べて必死に読み解いたんです。わからない単語は調べて紙に書いてまとめて、一つ一つ文章を解読します。
やっている時は楽でした。希望を持てましたから。
だけどサイトをあらかた調べ終わって、自分にできることはないなって気づいたんです。その時が、一番辛かったですね。
だって大人に任せていなくちゃいけないんですもん。暇な時ほど自分の状況を考えて、いろんな未来に考えを及ばせて。で、最後には絶望するんです。
何やってんだ、って感じなんですけど。考えなきゃいいのにって今だったら思いますね。だけど考えちゃうもんなんですよ。
で、勝手に考えるのが怖くなってきちゃったんです。自業自得?とはちょっと違うような気もしないではないのですが、似たようなものです。
恐怖に覆われた現実を受け入れられるわけもなく、私は他のものに身を打ち込むことにしました。親が笑顔になって、それでいて自分も他のことを考えなくていいもの。
勉強、を思いつきました。両親が私にそれをやらせたがっているから。
だから、その時はただひたすらに勉強に打ち込みました。ゲームなんかしたら親の顔が歪みます。だけれど勉強をしていたら歪むことはありません。
偽りの笑顔。
それは延命できましたよ。長いこと、それで耐えました。問題から逃げて忘れたふりをしていました。中学受験だって親の言うとおりに受けました。
受かりました。
でも、幸せになれませんでした。
私の心にはいつまでも古傷がついて大切なものを奪い去り侵犯して行きました。
だから、その時の私は空虚で幻影に縋るしかなかったんです。
カラカラに乾いた砂漠の中の
あと、何日耐えられるのでしょうか。
▲
なんだか、書いてみるとスッキリしますね。昔の自分の気持ちを見返すとバカなことしたなぁ〜って思える。まぁ、ちょっと胸糞悪くなるけど。
今思えば、私の書いてきた物語は自分自身のゴミ溜めみたいなもんですね。見たくもない汚い現実を美化するためのゴミだめ。
でも、それでもし、笑顔になる人がいるのなら、感動してくれる人がいるのならゴミをいくらでも掘り返して、美化します。今時リサイクルのご時世ですから。ゴミも使わないと。
さて、次は延命なんかじゃない本当の手助けしてくれた人たちの話をしましょうか。私がこの人生の中で出会った本当の光です。言い訳です。
月光なんかじゃない陽光です。春の野に注ぐような優しい光の話。
でも、結局根本はどうにもならなかったっていう話。
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