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出会いは高校時代だ。秋葉たちナインは……文字通り九人だけのチームだったのだが、新設された神宮中央高校の野球部で出会った。高校をつくったものの、思ったより生徒が集まらなかったため、理事長が学校の目玉をということで、甲子園を目指すチームを作ろうと、全国から野球自慢の生徒を募ったのだ。
すぐにでも結果が欲しかった理事長は、破格の待遇で野球少年を集めようとした。学費は全額免除、寮費は無料、食費や光熱費もタダ、グラブやバットも支給、そして、野球をキッチリやりさえすれば、授業に出なくても単位取得を認めるというものだった。野球に支障が出ない程度にアルバイトをしても可、門限もなし、つまり野球をやりさえすれば、何をしてもいいという条件だった。それに加え、元プロ野球選手を監督に迎え、コーチ陣もプロ経験者で固めるという発表もあった。
募集はテレビや雑誌、新聞などを使い、大々的に行われた。その破格の条件もあって、募集期間の一週間で全国から千人を超す応募者が集まってきた。だが、半分以上が冷やかしだった。野球経験が全く無い者、経験はあっても素人同然の実力の者、興味本位の者、全く野球をやる気がなく高校の卒業証書だけが欲しい者……。だが、そんな者たちは、事前の審査で落とされた。理事長が調査機関に依頼し、応募者を徹底的に調べさせ、篩にかけたのだった。
その結果、千人が二百人になった。次にその二百人にキャッチボールの試験が課せられた。皆、経験者のため、キャッチボールなどお手の物だが、それでも監督及びコーチ就任予定の元プロ野球選手の厳しい目で半分に絞られた。最終的に九人になった神宮中央高校野球部だったが、スタート時は百人いたのだ。
ふと、叶の姿を見ていないことに秋葉は気づいた。昨夜の通夜の席でも見ていない。父親が創業した商社の社長に就任した叶はかなりの多忙をきわめているらしい。
しかし、いくら忙しくても、森田の葬儀に来ていないはずはない。他の仲間は全国に散らばっているため、森田の突然の死に駆けつけられなかったようだが、叶は都内が生活圏だ。それより何より、高校時代、叶と森田は妙にウマが合うところがあった。
叶は「孤高」という言葉が似合う一匹狼で、皆と一線を画しているところがあったが、森田にだけは心を開いていた。森田がピンチを迎えると、センターのポジションから大きな声で森田に檄を飛ばしていた。普段はクールなのだが、そういう熱い面も持ち合わせていた。いつか森田が言ったことがある。叶とは、野球理論というか、野球に対する考え方が似ているのだと。
秋葉は今さらながら人が少なくなりつつある斎場を見渡した。やはりいない。と、その時だった。門扉の前に漆黒のメルセデスが止まった。すぐにドアが開き、男が降り立つ。
「!」
叶だった。喪服ではなく、ビジネススーツに身を包み、颯爽と石畳の上を歩いてくる。何とか仕事を抜けてきたといった様子だ。一年前までメジャーに挑戦し続けていただけあり、スリムな体型を維持していた。長めの髪をきっちり整え、隙のない身のこなしで歩いてくる。
二十年ぶりに見る姿。懐かしさに秋葉は声をかけようと近づきかけたが、思い直した。端整な横顔に涙が流れるのを認めたからだ。クールで他人を寄せつけない雰囲気のある叶の涙をはじめて見た秋葉は愕然としていた。涙が秋葉を寄せつけなかった。
と、秋葉は自分が一度も泣いてないことに気づき、自分のことながら驚いた。どちらかというと涙もろい方だ。その自分が、友が死んだというのに涙のひとつも零していない。
俺はなぜ泣いていないのか。
あのクールな叶でさえ泣いているというのに。悲しくはないのか。いや、悲しい。寂しいといった方が適当かもしれない。いや、悔しいといった方がしっくりくる。だが、涙は出てこなかった。
もちろん涙がすべてではない。涙を流していないから、森田の死に何も感じていないということにはならない。それでも秋葉は自らの心に、感情に、違和感を覚えていた。
叶は葬儀屋と二言三言言葉を交わすと、走ってベンツに戻った。おそらく火葬場へ行くのだろう。叶は一度も秋葉の方を見ることなく去っていった。
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