オールドルーキーズ
登美丘 丈
1
出棺を終えたばかりの斎場には、参列者たちの溜息が充満していた。十一月。例年より早い寒波の訪れで、吐く息は白い。だが、その白ささえ澱んでいるように見えた。
葬儀屋があわただしく後片付けに走る。身内や近親者たちはバスに分乗し、火葬場へ行ってしまった。残されたのは血縁関係のない参列者たちだ。
葬儀の後は気だるさが残るものだ。何となく重い空気と、なぜか気まずい想いに包まれている斎場は、そこだけ時間が止まっているように思えたが、一人が姿を消すとそれが合図となったかのように次々と参列者たちは斎場をあとにしていった。
秋葉は霊柩車を見送った場所に立ったまま、葬儀屋が手際よく、機械的に幕やテントを畳むのを何気なく見ていた。去年建てかえたばかりだという自宅での葬儀。その小さな庭の片隅には、主を失ったバットが寂しそうに佇んでいた。
故人である森田は、東日本社会人リーグの公式戦試合中に命を落とした。いや、正確には頭部に死球を受け、意識不明のまま病院に運ばれたのだが、その途中、救急車の中で逝ってしまった。脳出血だった。救急車に乗るまでは意識はあったのだが、搬送中、意識を失い、その後一度も目を覚ますことなく、森田は逝った。おそらく本人は、いや、本人の魂は、今でもまだ試合を続けているはずだ。秋葉はそんなことを考えていた。
野球選手が死球を受けるのは、日常茶飯事とまではいかないまでも、よくあることだ。だが、命を落とすとなるとごくごく稀だった。
森田は今季限りでの引退を表明していた。三十八歳。社会人で、それも投手というポジションを考えるとよくがんばったと思う。いや、確かに年齢的なこともあっただろうが、それだけではないように思う。毎年若い選手が入ってくる関係上、どうしても全盛期を過ぎた選手は早く引退して後進の指導に当たれという無言のプレッシャーがあるらしい。だが、森田はそんな無言の圧力を跳ね返すだけの実力と精神力を兼ね備えていた男だ。そんな森田がシーズンに入ると同時に引退を表明していた。
いや、プロではないのだから、「引退」という表現は適切ではないのかもしれない。しかし、今季からチーム編成上、投手ではなく打者として登録されたことにより、森田は「引退」を決めた。
打者としても非凡なものを持っていた森田だったが、それ以上に投手という「職場」に誇りを持っていた。だからこそ、その職場を奪われた瞬間、身を引くことを決めたのだろう。
それにしても皮肉な話だ。スポーツの世界に、「~たら」「~れば」はないと言われるが、もし、森田が今季も投手として登録されていれば……打席に立つことはなかった。故に死球を受けることもなかった。もし、森田が普通のバッターなら……厳しいインコース攻めをされることもなかった。いや、それ以前に、森田が平凡な打者なら、野手に転向させられはしなかったはずだ。そこまで考え、秋葉は頭を振り、そんな考えを振り払った。
投げて良し、打って良し、走って良し、それが森田だった。二刀流、いや、三刀流だ。引退は表明していたものの、森田は腐ることなく、練習に取り組み、試合に備えていたそうだ。だから打席に立ち、文字通り「死球」を受けたとしても、森田は本望だったのかもしれない。笑顔の遺影がそう言っているようにも見えた。
森田は昨年、ここ埼玉の実家を改築し、両親とともに暮らしていた。家を改築したのは結婚が近いからか、という質問を書いた年賀状に、森田は、相手がいない、嫁さん候補は引退してからゆっくり探すと、暑中見舞いで返事を返してきた。引退後は会社、つまりチームに残り、投手コーチとして再出発する予定だった。まさに第二の人生への旅立ちの時が迫っていた。だが、最終戦、勝てば優勝という、まさにフィナーレを飾るに相応しい試合で森田は逝ってしまったのだ。
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