麻崎さんと光るゾンビ

がらなが

ゾンビは光る

 ある日、都心や地方の一部で人間がゾンビになった。ゾンビに噛みつかれた人間は更にゾンビになり瞬く間に人口過密都市東京は屍が彷徨う街に……とはならず、それなりの死傷者は出したもののゾンビは行政によって迅速に収容された。大元の発生の原因は今でも分かっていないが、早期解決の一因はゾンビが人間に噛みついても感染が広まらなかったからではないかと言われている。感染条件がかなり限られたものだったらしい。

 元の状態に戻すことは現代医療では不可能と判断されたゾンビ達は、紆余曲折を得ていくつかのエネルギー会社に引き取られた。なぜ病院や専門の収容所ではなくてエネルギー会社なのか。


 それは、ゾンビ達が皆もれなく光ったからだ。体に電飾を巻き付けたかのように、ぴかぴかと。意味もなく。


 +++


「麻崎さん、車、駐車線からはみ出てましたよ」

「おはようございますの前にそれかよ」

「おはようございます」


 朝の休憩室はいつも憂鬱を空気に溶かしたような雰囲気がする。コーヒーと煙草の臭いが混ざり合っているせいだろうか。俺の教育係である麻崎さんも、ガラス壁の近くのテーブルに座り、まともに寝てないような顔色で煙を吐き出しているところだった。管理室を眺めながら煙草を吸うのが麻崎さんの日課だ。

 休憩室の奥一面は通常の壁ではなくガラス壁になっていた。隣合っている管理室内の異常に、休憩時でもすぐ気がつけるようにとこういう設計になったらしい。だが、俺が知る限りガラス壁近くのテーブルに座る人はあまりいない。麻崎さんか俺か、あとは定年間際の清掃員のお爺さんが時々座ってるぐらいだった。


 麻崎さんは吸いかけの煙草を灰皿に押しつけると、ロッカーから車の鍵を取り出して休憩室から出て行こうとしていた。

「駐車し直しに行くんですか?俺が隣に停めておいたんで気にしなくていいですよ。そろそろ始業時間ですし」

 弊社の始業時刻午前八時に対して、休憩室の時計は七時四十五分を示している。麻崎さんは名残惜しそうに灰皿に一瞬視線を向けたが、気持ちを切り替えるように背伸びをするとロッカーからバインダーを取り出し、ガラス壁の向こうを眺めた。

「そうか、じゃあぼちぼち仕事始めるか」

 自分の防護服とバインダーを用意し、麻崎さんの視線の先を追う。現在始業時刻五分前。ガラス壁の向こう側の管理室では、いつもと変わらない光景が広がっていた。


 青黒い肌をしたゾンビ達が、電飾を体に巻き付けたようにチカチカと光りながら不格好に歩き回り続けている。


 弊社はこのゾンビらしからぬゾンビ達が光る原理を解明し、新たなエネルギー供給の可能性を探っている。そのために必要になってくるゾンビ達の観察と管理。それが俺の仕事だ。


 +++


 ゾンビの管理員は極めて少人数で構成されている。少数精鋭と言えば聞こえは良いが、実際の所は人件費を抑えるためと離職率が高いためだ。一日の管理は基本的に二人組。だから、新人である俺はペアになった相手が必然的に教育係になった。それが麻崎さんだった。


「大体は覚えたか?」

「ええ、光の強さ、一分間に光る回数、光色ですよね?」

「それは記録用紙に書いてあるから大まかにさえ覚えていれば良い。確認項目のほうだ」

「あ、はい。傷なし、血液の付着なし、異常なしです」

 管理室の扉の前。麻崎さんの頭からつま先を順に指差していきながら決められた点呼を行うと、麻崎さんはゆっくりと頷いた。同じように麻崎さんも俺のことを指差しながら点呼を行なっていく。

 他の管理員はこの一連の動作を適当に済ませて出勤時のチェックシートにマークを記入していくらしいが、麻崎さんはマニュアル通り指差し確認も行なう。厳格で神経質な性格というわけでもないが、必ずそうしていた。

『安全のためなら面倒臭い確認作業も厭わないし、適当に済ませない』

 この一点だけでも、麻崎さんという人間を教育係として信頼するには十分だった。


 分厚い布地の防護服に袖を通していく。養蜂に使われるような服の気密性を更に上げた物で、頭部も含め肌が全く見えない構造になっていた。

 防護服を着ていても食われるときは食われるらしいが、それでもないよりかはマシなんだろう。


 簡素なデジタルドアロックの付いた二重扉をくぐると、まず出迎えてくるのは屍臭だ。管理室内のファンは常に回っているが、臭いの発生源が常に在駐している以上はどうにもならない。

 そして、出入り口の手前に設置されている鉄格子を越えると視界に入ってくるのは、管理室内を徘徊しながら体を光らせるゾンビ達。

 襲いかかってくることもなければ、手足に齧りついてくることもない。ただただ彷徨い歩きながら、体のあちこちをチカチカと点滅させている。光っている箇所には特別な発光器官が備わってるわけでも黒子があるわけでもなく、こいつらがどういう原理で光っているのかはまだよく分かっていないらしい。

 それを解明するのは研究者達の仕事で、俺はこのゾンビ達の管理と記録を毎日地道に行なうのみだ。


「じゃあ俺と若田で手分けしてやってくか。何かあったらすぐ呼べよ」

「了解です」

 麻崎さんはゾンビに巻き付けられたナンバーベルトを頼りにお目当ての番号のゾンビを探し出すと、光の具合やゾンビの様子を、記録用紙に記載された項目ずつ観察していった。俺も近場のゾンビに目をつけ、彷徨い歩くのをどうにか追いかけながら記録用紙に記入していく。


 ゾンビ達に個体ごとの檻はない。効率や安全面の問題を考えると個体ごとに檻で囲った方が確実に良いのだが、倫理的な問題を指摘されそれは実現できなかったそうだ。どんな団体から指摘されたのかは一社員の俺が知るところではない。

 現状ゾンビ達は共食いもしなければ脱走も企てないのでこの設備のままでいくんだろう。時々指や耳を食われた同僚の話も聞くが、そのほとんどが俺のような新卒で、ミスをするかマニュアルを守らなかった結果そうなったらしい。


「やっぱ結構時間かかりますね……」

 五体目の記録を終えた頃、ちょうど近くにいた麻崎さんの記録用紙を覗き見ると既に八体目に取りかかっていた。

「慣れないうちは仕方ないさ。俺も今日はちょっと手こずってた」

 それだけ言うと麻崎さんはまたすぐにゾンビに向き直った。今日は駄弁る余裕があまりないということだ。俺もすぐに作業を再開した。


 観察記録の項目の中でも、ゾンビの観察自体はすぐに終わる。いつだって体からは少量の濁った汁が滴っていて、体を光らせながら呻き歩くだけ。

 問題なのは光の方だ。移動速度が速くないとはいえ、追いかけ回しながら常に動く光の点滅回数を数えたり、個体によっては光の強さも計らなくてはならない。これがなかなかに手間取る作業だった。

 六体目のゾンビに取りかかる。二十代後半と思わしき、スーツを着ているミディアムヘアのOLのゾンビだ。

 青黒い肌の上に、チカチカと赤い光りが浮かび上がり点滅する。2分ほど経つと、スイッチで切り替えたかのようにパッと黄色に変わった。ゾンビ達の光色は必ず単色で、同時に複数の色が浮かび上がることはないから光色の記録は比較的楽だ。


 記録用紙の光色の項目を記入しようとした時、ふいにOLゾンビが顎を上げ鼻息を荒げた。犬が食べ物の臭いを嗅ぎ取ろうとしているみたいだ。

「麻崎さん、これ」

 OLゾンビを指差すと、麻崎さんは一瞬眉をしかめ、ボールペンのペン先をノックして仕舞うとすぐに近くに来た。

「若田、駄目だもう切り上げよう」

「すみません、俺まだ途中で」

「清掃の時にまた続きをやればいい。このままじゃ俺達が飯にされるぞ」

 麻崎さんの後ろで、ランニングウェアを着た中年の男のゾンビも同じ動作を始めた。そのゾンビは鼻を鳴らしたまま、ギリギリと歯ぎしりも始める。

 麻崎さんは背後で歯ぎしりをするゾンビの方は振り向かずに、俺の方を見たまま無言でうなずいた。


 一言も喋らず扉前の鉄格子をくぐる。酷く息苦しく感じたのは、しばらく息を抑えていたのと緊張のせいだろう。

「ゾンビの絵面には段々慣れてきましたけど、あれにはどうも慣れないですね」

「俺もだ。熊に出くわした時ってのはこんな気分なんだかな」

「俺そろそろ保険見直そうかと思います」

「まず保険のお世話にならないようにしろよ、頼むから。ほら、さっさと出るぞ」

「あ、はい」


 扉から出る間際ゾンビ達の方を振り向いてみると、先程まで空を見上げ鼻息を荒げていたOLとランニングウェアのゾンビの首はガクリと傾いていて、俺達がいる方向に鼻先を向けていた。


 +++


 あいつらは間違いなくゾンビだ。映画やアニメに出てくるような、人を食う死体。銃で胸を打たれても死ななかったらしいし、外見も到底生きているとは思えない有様だ。

 しかし、時々あいつらが人を食う死体だという認識が薄れる時がある。愛着が湧いているとか、そういう話ではない。ただ、大抵の管理員がやっているような、心を無にして無機物を扱うように管理する、ということが俺にはどうも出来なかった。


 空調が効きに効きまくった室内で、指をしきりにさすりながら麻崎さんに話しかけた。

「あいつらゾンビらしくない特徴ありません?光るっていうの以外で」

「例えば」

「なんていうか……生態みたいなのあるじゃないですか」

「ああ……心臓は動いてないみたいだから『生態』ではないけどな。会社の文書の言葉を借りるなら『習性』か」

「ああ、ゾンビの『習性報告書』がありましたね」

 分厚い論文形式の報告書の束を思い出す。これまでに報告されてきたゾンビの習性をまとめてある書類だ。

「そういうの見る度にゾンビっぽくないなって思うんですよ。さっきのあの動きだって、人を襲うようになる予兆みたいなもんでしたよね。もし映画のゾンビだったら予兆なしに襲いかかってきてましたよ」

「映画のゾンビは光らないっていうのはまず置いといて、腹が減らないと人を襲わないってのがまたおかしいんだけどな。知ってるか?あいつらがゾンビになってから、ゾンビ映画に時々『実際のゾンビと違うじゃないか』ってクレームが入るようになったらしいぞ」


 麻崎さんは苦笑しながら、台車で運んできた半解凍の肉塊を加工台の上に乗せた。豚や牛の経産肉を市場から安く仕入れたものなので、骨は付いたままだ。

「こうやって丁寧に飯を用意されてるうちに、ゾンビっぽくなくなっていったのかもな。……だからって人間らしくなってるわけでもないが」


 肉塊に付いた骨を取り外していきながら、肉を出刃包丁で切り分けていく。以前は骨も付いたまま与えていたらしいが、骨を囓り続け歯を落とす個体がいたため外すようになったらしい。

 半解凍の肉は指をどんどん冷やしていく。かじかみつつも黙々と骨を外し肉をぶつ切りにする作業をしていると、案外麻崎さんの言った話もあり得なくはない気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る