第4話 咲き続ける恐怖と蔓延るマリーゴールド
私の家庭は、普通ではないと思う。
特に、お父さんは。
私は物心ついた頃から記憶を無くすことが度々あった。しかもタチの悪いことに、記憶を無くしている間に勝手に私の身体は行動しているみたいで。
そんな私を、特にお父さんは気味悪がった。
訳もなく振るわれる暴力。
雨あられのように降ってくる
それが私の普通だった。
数年前のある日。
「……転んだの?」
声をかけられて振り向いた先に居たのは男の子だった。
つり目で真面目そうな子で、当時の小学生のコミュニティの中では見たことない子だったから、転校生なのかな、と思ったのをよく覚えている。
「…膝も、顔も、傷だらけだし。大丈夫?」
「えっ…転んでないよ?」
「…じゃあなんでそんなに傷だらけなの?」
「………秘密?」
お父さんと一緒にいるのが怖くて逃げた公園で、まさか声をかけられると思ってなかった私は、とても挙動不審に映っていたと思う。
これが、深月くんとの出会い。
その翌日、深月くんは私のクラスに転校してきた。たまたま隣だったのもあって、よく喋るようになった。
今考えるとその頃から憧れていたのかもしれない。
本人は、正直過ぎるのも良くないと言っていたけれど、面と向かって、正直に、真っ直ぐ言葉を伝えることは私には出来ないから。
自然の摂理とでも言うように、私達は徐々に仲良くなっていった。
ある日。
「…ねぇ、聞いてもいい?」
昼休みの図書室。静かな角の席で聞かれたのは。
「………いつも付けてくるこの痣のこと。……虐待されてるの?これ。」
深月くんに言われて咄嗟に隠したけれど、毎日のように受けている傷は私の手のひらよりも大きくなっていて隠せなかった。
「…私が気持ち悪いからだから、お父さんは悪くないよ?」
「どこがだよ、気持ち悪いところなんてないだろ。」
「……私ね、時々記憶を無くすの。」
「…記憶。」
「そう記憶。それでね、記憶を無くしてる間に体だけ勝手に行動してて、普段取らないような行動をするんだって。」
「………。」
「…ね?気持ち悪いでしょ…?」
「……それは、気持ち悪いとかの話じゃないよ。」
そう言って深月くんは図書室の奥から分厚い本を持ってきて。
「…多分、これと一緒の症状だと思う。」
ここで私は初めて、解離性同一性障害の存在を知った。
今まで靄のように広がっていた不安や恐怖が取り払われた気がして、
(救われた。)
と、無意識に思った。
「これのせいなら、奏音ちゃんは悪くないよ。むしろお父さんが悪い。…殴られて、傷つけられて、傷つく方が悪いなんてことないんだよ。」
「………。」
私のせいだと自分で思い込んで塞いでいた心が少しずつ和らいでいって、私は自然と涙を流していた。
その日の夜。
帰るとそこには、お酒の瓶を持って赤くなったお父さんがいた。そしてその脇には。
「…?!おかあさん!!!!」
「かの…ん……」
酒瓶で殴られたのだろう、頭から血を流して倒れているお母さんがいた。
「お母さん!!お母さん!!!」
「うるせぇな!!!」
ゴンッ
鈍い音がした。
視界がグラグラ揺れて、あたまがいたい。
そう思った瞬間、私はお父さんに押し倒されていて。
「………ゃ…」
嫌な予感がした。
こえがでない。
こわい。
たすけて。
…みづきくん。
そんなことを思った次の瞬間。
「警察だ!!!」
「奏音ちゃん!!!!」
家の玄関を蹴破る音と、大人の声。そして、深月くんの声がした。
たすけにきてくれたんだ。
安心した私は、そのまま意識を失った。
後日。
病院で聞かされたのは、お父さんが児童虐待、家庭内暴力などで逮捕されたこと。お母さんが無事だったこと。そして、心配した深月くんが、図書室で私と話した後、先生に私の家の住所を聞いて警察に通報したことだった。
また私は深月くんに救われた。
「……僕、怖かったんだ。」
お見舞いに来てくれた深月くんはそう言った。
「…僕、前の学校で、友達が居なかったんだ。僕、思ったことすぐ口に出しちゃうし、表情にも出ちゃうから、怖いんだって。」
「…そうだったの?」
「うん。でも、こっちに引っ越してきて、奏音ちゃんだけは僕のこと拒まなかったし、仲良くしてくれたから。………初めて出来た友達、失くしたくなかったから。」
なんて素直で優しい子なんだろう。
二度も助けられて、こんな言葉をもらって。
「……ありがとう。」
「無事でよかった。」
私の無事をそんな嬉しそうに喜んで笑ってくれたら。
「…深月くんは、私のヒーローだね!」
好きになるしか、ないじゃないか。
これが私の初恋だった。
それから数年経って。
あの後病院で診断をしてもらって、解離性同一性障害だと診断された私は、二重人格どころじゃなく、たくさんの人格が私の中に形成されていることを知った。
「もし記憶を無くすのが不安なら、日記を書くといいよ。日付と、人格の内の誰が書いたのか、今日あったことを必ず書く。そしたら、見返して確認ができるでしょ?」
そう深月くんにアドバイスを貰って、それから欠かさず日記を書いていた。
日記に記された今までの名前は全部で4つ。
唯智。
双葉。
光芽。
そして、
中でも時雨は昔からいたらしく、お父さんのことも知っているみたいだった。
深月くんも1回だけ喋ったことがあるみたいで、深月くんいわく、
「口が凄く悪い。」
らしい。
日記の文面からもそんな様子がみてとれて、少し面白かった。
時雨以外の人格は、よく深月くんと喋っているらしく、出かけたこともあるみたい。
少し、嫉妬した。
私は大きくなっても、変わらず深月くんのことが好きだった。
そして数ヶ月前。
「えー…雪雲のご両親が不慮の事故で亡くなった。皆、雪雲に対してフォローしてやってくれ。」
絶句した。
そんなに突然、と思った。
そして、私がフォローしなきゃ、とも。
でもそんな思いはその日の夜に儚く散ってしまった。
お父さんが、人を轢いた。
飲酒運転。
脱獄でも、しようとしたんだろうか。
どんな状況だったかなんて、知らない。知りたくもない。
何より。
「……私…深月くんに顔向け出来ない………。」
深月くんのご両親のお葬式が終わると、私は心を閉ざした。徹底的に避けた。
私が悪いんじゃないことくらい分かってたけど、二度も助けてもらったのに恩を仇で返すような気分で。
とても、向き合う気分にはなれなかった。
そして、今日。
深月くんのお休みの日。
私が学校へ行くと言った時の深月くんの目は、窪んでいて、ろくに眠れていないのがすぐ分かった。
罪悪感しか、感じられなかった。
私は無力だ。
私が殺したわけじゃないのは分かってる。
でも、私のお父さんが殺したと話したら?
深月くんはどんな顔をするんだろう。
軽蔑するのかな。
そんなことばっかり頭をぐるぐるして。
………私は限界を迎えた。
◇◇◇◇◇◇
深月side
「……ん……朝……………?」
いつの間にか寝ていたらしい。
公園で光芽と遊んだ後、2人でコンビニの惣菜を買って食べて。その後の記憶が無い。
その後疲れきって寝たのだろうか。
「……奏音…?」
人の気配がない。
それはつまり、奏音が居ないということになる。
「……奏音!」
寝起きだと言うのに僕は、家中駆け回って奏音を探した。
寝室。
リビング。
キッチン。
洗面所。
どこを見ても奏音はいなかった。
学校へ行ったんだろうか?それなら置き手紙くらい置いてくれればいいのに。
奏音の人格が残したメモすらない。
「……一体どこに…………」
考えれば考えるほど嫌な想像ばかり浮かんで。
「……っ奏音……!」
僕は家を飛び出した。
どれくらい経っただろう。
日が傾き始め、オレンジ色の光がジリジリと目に刺さって痛い。
奏音や人格達が行きそうなところを片っ端から探した。
学校。
アニメ雑貨の店。
原宿。
おもちゃ売り場。
公園。
でも奏音は見つからなかった。
どこにも居ない。
不安だけが募って、最後の頼みの綱として。
ピーンポーン
………何年ぶりかの、奏音の自宅を訪れた。
ガチャ___
ドアが開く音がして顔を上げるとそこには。
「………お前か、深月。」
「…………時雨。」
4人目の人格…時雨に切り替わった、奏音がいた。
続く_____
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