第5話 追憶と決意のカランコエ




「………流石粘着質、と言ったところだな。」

「……奏音は?」


久しぶりに顔を合わせて一言目がこれだ。

時雨はそういう奴だったなとふと思う。


「…奏音は今休んでる。メモにも日記にも書いてあった。しばらく出てこないだろ。」

「……何があったんだよ。」

「………知りたいのか?後悔するかもしれないのに?」


時雨の意図するところが分からない。

奏音の様子や事情を聞いて後悔するとはどういう意味だろうか。

僕は昔から奏音に偏見を持ったことも、異端だと思ったこともない。それなりに耐性があるはずだ。

そんなことくらい知っているだろうに。こいつは何が目的なんだ。


「…はっきり言え。時雨。」

「………無知に甘えるか、知って後悔するか。選べと言ってるんだ。」


やはり思惑が分からない。

でも。何となく。

知っておいた方がいい気がした。

奏音が悲しんでいるのなら、辛い思いをしているのなら。

僕が支えになりたい。今までだってそうしてきたのだから。


「……僕は知っても後悔しない。」

「………両親が死んで取り乱したくせに。」

「お前にそれは関係ないだろ。さっさと説明しろよ。」

「…………とりあえずついてこい。」


そう言うと時雨はさっさと家の中に入っていく。

嫌な風が、ドアの隙間から吹いてくるのを感じる。

僕は小さくお邪魔しますと呟いて、家の中に入った。







家の中はガランとしていた。

奏音の母親や、義理の父親は居ないようだ。

……嫌な予感がした。


「………」

「…………ここが、奏音の部屋だ。」


夕焼けを過ぎた時間だからか、仄暗いその部屋は、女の子の部屋、とはハッキリ言えないくらいな質素な部屋だった。

勉強机と椅子、日記を書く!メモをとる!と書かれた張り紙、それからベッド、クローゼット、押し入れ………暮らすのに最低限のものを揃えた、というような印象を受けた。

そして…貼り紙の中に、

奏音じゃない時はできるだけ部屋から出ないこと!

とあったのが少し違和感だったが、気にしないようにした。


「………ここが…」

「…何も無いだろ。」

「………」

「……まぁそんなことはどうでもいい。とりあえずそこに座れ。」


冷たい床に座る。

ずっと、嫌な予感がして怖くなる。


「……まず単刀直入に言う。」

「…何を………」

「………お前の両親を殺したのは奏音の実の父親だ。」


時が止まったような気がする。

上手く息ができない。

周りの空気が冷えきっているようで苦しい。


「………な……に…いって……」

「聞こえなかったのか。お前の両親を殺したのは」

「もういい!!!!!」


そんなこと、あっていいはずがない。

第一、奏音の父親はあの時に逮捕されていたはずだろう。僕が警察を呼んだんだ、しっかり覚えている。


「………酷く動揺してるな。」

「……当たり前だろ!そもそもあいつは…警察に…」

「脱獄したらしい。調べた。ほら。」


そう言って携帯のスクリーンショットを見せられる。

そこに書かれていたのは確かにあいつの顔だった。


[犯人脱獄?!飲酒運転で罪重なる]

というニュース記事が映されていて、嘘偽りないことが確定してしまった。


「………」

「言葉も出ないか?」

「…………………のに」

「あ?」

「…言ってくれれば…良かったのに………。」


涙が止まらない。悲しいからじゃない。

こんなに苦しい事実を抱えながら、僕のワガママに付き合っていた奏音を想うと心苦しかった。

ただでさえ実父からの憤いきどおりが苦しいと話していたのに。こんな時になってまで奏音を苦しめるなんて。


「……恨まないのか。」

「…恨めるわけないだろ。僕のために学校を休んだり、こんな事実を背負いながら隠し通して僕を支えようとする健気な気持ちを…恨めるわけない………。」


苦しかっただろう。

辛かっただろう。

こんな悲しいことは無い。


「………お前はそういうやつだよな。」

「…………奏音のおかげだよ。」

「は?」

「…奏音だけじゃない…唯智も、双葉も、光芽も…僕を元気づけようとしてくれたからだ。そうじゃなかったら、時雨の言う通り恨んでいたかもしれない。」

「……俺はお前のそういうところが嫌いだ。」






沈黙。

僕の涙が止まる頃、時雨はウザったそうな顔をして数冊のノートを渡してきた。


「…?何これ…」

「…あいつの…奏音の日記とメモだ。」

「っお前これ勝手に僕に渡したら!」

「俺は長ったらしい説明も嫌いだし、第一自分のことも奏音のことも好きじゃない。誰も好きじゃないんだ。」

「…………。」

「だがな。この身体に死なれちゃ困る。」

「…!」

「………本気で奏音を支えられる度胸と覚悟があるんだったら。」




救ってみせろ。あいつにはお前しかいないんだから。








帰宅後。

僕は家で日記と睨めっこをしていた。

この日記を渡してくるあたり、本心では時雨も心配しているのだろう。

そうじゃなきゃ渡してこないはずだ。


「……時雨も素直じゃないよね、ほんと。」


そんなことを思いながら、慎重にページをめくった。






絶句した。

色んな感情が湧いて出てくるのを感じる。

何より。


(……奏音…僕のこと好きだったの…………)


日記には僕に救われてからの日々の勉強内容と、僕への想いが綴られていた。

助けてくれて好きだという大きな想いから、アイスを分けてくれる優しさが好きだというような小さな出来事まで。

気恥ずかしくはなったが、嬉しさが大きい。

まさか両想いだったなんて思いもしなかったから。


「……尚更、奏音の支えにならなきゃだね…こんなに支えとして必要としてくれているなら…」


でも、あの日を境に日記の内容が変化した。

僕の両親が亡くなった日からだった。


『〇月‪‪✕‬日(木)奏音

深月くんのご両親が亡くなったことを知った。私がフォローしてあげなきゃと思うのに、お父さんの事と現実が頭にこびりついて離れない。

深月くんにはいつも助けて貰っているから、私が今度は助ける番のはずなのに、こんなのってない。恩を仇で返すようなこんなこと。

私が殺したわけじゃないけど、それでも。

私、深月くんに合わせる顔がない。

苦しいよ。なんでこんな時にまであの人に囚われなきゃいけないの。』


『〇月△日(日)奏音

深月くんのご両親のお葬式に参加した。

深月くん、とても苦しそうだった。心ここに在らずだし、涙すら出てなかった。そりゃそうだよね。

私、居なくならないって言った。本心だったし咄嗟だったから。

だけど、私明日からどう深月くんと接すればいいの?

深月くんには申し訳ないけど、心を整理する時間が欲しくて出て来れないかもしれない。双葉とか唯智なら学校慣れしてるから、出てきてくれたらいいな。

…ごめんね深月くん。』


読んでいるだけで苦しい。

僕が混乱している間にこんなことを考えていたなんて。

空白の2ヶ月の日記には、主に唯智と双葉が奏音のためにメモや日記を残していた。

双葉のメモには特に…僕を心配しているような内容がたくさん残されていた。

それなのに、僕は。


「………双葉に今度会ったら謝らないとだね。」


そして、とうとう昨日の日記の所まで来た。

ゲームして、本を読んで、公園へ行った昨日の事だ。

少しは心が晴れていればいいと思った。

それなのに。


恐らく、もっと苦しい出来事が綴られていた。


『‪✕‬月〇日(火)奏音

深月くんと遊んでいるうちに眠くなって、どうやって帰ったかは分からないけど、メモを見る限り光芽が対応したのかな。深月くん、少しでも元気になってるといいな。

でもそれより。

お母さんとお義父さんが帰って来ないと思ってリビングへ行ったら、1枚の手紙が置いてあった。

内容は……簡潔に言ったら、私を捨てるって。1週間後に施設に連れていくって。

時々部屋にこもる私をおかしく思ったお義父さんに、お母さんが私の病気のことを話したら、そんな子だとは思わなかった、

そんな子は自分の子だと思えない、

捨てなきゃ別れる、

なんてことをお母さんに言ったみたいで。

…お母さんって、つくづく男運が悪いと思う。

でもそんなことより。

私、深月くんにもう会えなくなっちゃうのかな。ただでさえこんなに深月くんのことについて悩んでるのに、謝る機会さえも貰えないの?調べたら、携帯は持ち込み禁止のとこみたいだから、連絡手段すら失っちゃうのか。

……酷いよ。酷いよ神様。

なんで私だけこんな目に遭うの。

私、頑張ったよ。

お父さんのせいで依存体質になったお母さんのために家事も全部やったよ。

お義父さんにもとびきり優しく接して、嫌な思いさせないようにしたよ。

なのになんで。

…………神様。

お願いします。

どうかどうか。

………深月くんに謝罪ができる勇気をください。

それが出来ればきっと…』



日記はここまでで終わっていた。


嘘だ。

嘘だ。

なんで奏音だけこんな仕打ちを受けなきゃいけない。

おかしいだろ。


そんなことを呟いてみても、現実は変わらないわけで。

……だから、僕のところに来れなかったのか。

と1人納得する。

その場に居られなくなった僕は、布団に潜ってひたすらに神を呪った。





数時間経って。

僕は見たこともない場所に居た。つねっても痛くないので、夢だと知る。


綺麗な、花畑だった。

そして、いるはずも無い、そして会いたかった人の声がした。


「深月。」

「……っ!母さん!!!」

「あらだめよ、まだこっちに来ちゃ…まぁ、夢の中と分かっているならいずれ覚めるでしょう。」


僕の母さんだった。


「なんで…逝っちゃうんだよ…僕を置いて…」


夢のはずなのに涙が止まらない。


「…ごめんね、深月………私達が死んでから、なんだかバタバタしているみたいで…何も出来なくて本当に申し訳ないわ…。」

「母さんのせいじゃないよ……。」

「……あのね、深月…母さんは、深月にアドバイスを持ってきたの。」


唐突な話だ。

夢枕に出てまでアドバイスとは。


「……いい?深月。貴方が大切にしたいと一度でも思った者は、決して手放してはいけませんよ。」

「えっ…。」

「魚心あれば水心、相手が好意を示せば、自分も相手に好意を示す気になるという意味よ。貴方が昔、それを奏音さんにやってのけたように、今の奏音さんにすればいいと言っているのよ。」

「っ…!」

「……奏音さんは昨日、貴方のためによく尽くしたでしょう?でも今はあの子の心が危ないわ。…貴方のしなきゃいけないことは………あぁ、分かっていますね、その顔は。」


…やっぱり母さんは博識で、そして誠実だ。


「…母さんには勝てないなぁ……。」

「……深月、貴方には私もお父さんもついているわ。だからもう気に病まなくていいのよ。いつでもそばにいるからね。私達の分までしっかり生きるのよ。愛しい子。」


そう言って、目の前の景色がぼやけていって。





僕は、目が覚めた。

今度は僕が救う番だ。



続く_____

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