第3話 親愛の裏側にトリトマを


「……料理、そんなに自信ないんだけど…そんなに美味しい…?」


目の前に出された久しぶりの手料理は、少し焦げた卵焼きと、少し固いお米という簡素な朝食だったが、僕にとっては極上の料理に感じていた。


「そりゃ美味しいよ、奏音が作ってくれたんだから。」






奏音から聞いた話によれば、あの後1人残された双葉は、帰宅後奏音に事情をメモを通して伝え、それを読んだ奏音が無理やり表に出てきて僕のために…との事らしい。

………双葉には悪い気がするが、この状況は僕にとって天国すぎた。

そんなことを考えていると、奏音は奏音でガサゴソ何かを準備していた。


「……なに、やってるの。」

「…えっ…私は…ほら、学校…あるからさ……あっちゃんと学校終わったらそっちに行くよ!……深月君…?」


気づくと僕は、奏音の準備する腕を掴んでいた。


「……痛いよ…深月君…?どうしたの…?」

「…なんで僕が休みなのに学校行くんだよ。」

「……えっ」

「…奏音、他の生徒と交流ないだろ。僕がいなかったらまともに授業も受けれないくせに、学校行く必要ないでしょ。」

「………深月…君…?」

「……………あっ」


今、とんでもないことを言った気がする。奏音に対して。

不自然に力の入った僕の手。

少し身震いしている奏音。

……また僕は癇癪を起こしているのか…?


「……ごめん、なんでもな」

「分かった…私、学校休む。」

「えっ?」


なかったことにしようとした僕の発言を奏音は否定しなかった。


「……ほんとに、いいの?」

「…だって、それほど深月君の心の状態が酷いってことでしょ?そんなの、見ててほっとけないよ…」

「……………」

「…もちろん、ずっと私が表に出ることは難しいとは、思う、けど…それでもいいなら…深月君の傍にいる…よ?」


奏音は学校からの許可を得ていない。それなのに、僕のために休んでくれると言う。

普段なら絶対に断っている申し出だが。


「……ありがとう。」


頭が回らないまま、僕はそれに甘えることにした。



奏音の表情が晴れやかでは無いことに気付かないまま。



そして、2日間の休息が始まった。




◇◇◇◇◇◇


(…2日間もどうやって休めばいいんだよ……)


と最初は思っていたのだが、奏音は用意周到だった。


「せっかく休みだし、対戦ゲームでもしよっか?昔みたいに!」


奏音の両手には、出会ったばかりの頃によく遊んだ、格闘ゲームのカセットとコントローラーがあった。


「……そんなの、よく見つけたね…」

「深月君にとっては些細な思い出かもしれないけど、私にとっては大切な思い出なのよ…ほら、早くやろうよ!」


奏音はそう言いながら、笑顔で僕の手にコントローラーを握らせてくる。


「…まぁ、最近勉強漬けだったし、時間の浪費にちょうどいいかもね。」

「ちょっと、刺々しい言い方しないのっ」


小言を言いながら奏音は、ゲームのスイッチを付けたのだった。






_数時間後。


「…強いなぁ、勉強漬けなんじゃなかったの…?」

「奏音が弱いだけだよ。」

「酷いっ!」


久しぶりにやったゲームは、奏音と出会った頃を思い出させて、つい熱中してしまったらしい。


「もう、ゲームおしまいっ!本でも読も?」

「ハイハイ、じゃあ片付けておくね。」


片付けながらチラッと奏音を見ると、これまた懐かしい絵本と目新しい古本を出していた。


「……懐かしいな、これ、奏音がよく読んでたやつだ。」

「そう!覚えてるのすごいなぁ…」

「でもこれは見たことない。」


僕は目新しい古本を指さす。


「これ?これね、この絵本の作者さんが1番最初に出した小説なんだって、たまたま本屋さんで見つけて、買ってみたんだ!」

「ふーん、小説を買うなんて珍しいね。」

「この作者さん好きなんだもん、深月君は知ってるでしょ?あ、私はだいたい読んだからこれは深月君が読んでいいよ!」


手渡された本には確かに絵本と同じ、『桜』と作者が記載されている。


(………タイトルが小説って、単調だな。)


そんなことを思いながら、僕と奏音は静かに本を読み耽った。








「_ちゃん…おにいちゃん…!」

「…っ!」


__何時間経ったんだろう。いつの間にか寝ていたらしい。

目を開けると、何故か不安そうな奏音の顔が見えた。


(………おにいちゃん呼びということは。)


「……光芽みつめ…?」

「うんっ、みつめだよっ」


どうやら僕が寝ている間に入れ替わったらしい。


「……奏音は?」

「えっとね、えっとね、ねちゃった。」

「寝ちゃったか………」


奏音は自分で人格をコントロールすることも出来なくはないが、1度寝てしまうと切り替わってしまうことが多い。

光芽は3番目の奏音の人格だ。まるで幼い小学生のような言動をする。どうしてそんな人格が生まれたかは分からないが。


(………光芽相手に奏音を出せとは言えないよな…)

「…おにいちゃ?」

「ん、なんでもないよ。」

「……ねね、おにいちゃん、みつめ、公園行きたいっ」


突然の申し出に拍子抜けした。


「…公園?」

「うんっ、おにいちゃんが、かのんおねえちゃんとはじめましてしたとき、いっしょに遊んでた公園!」


光芽の言葉にすぐ検討がついた。確かにさっきから家の中でしか過ごしていない。光芽なりの気遣いなのか、それとも遊びたいだけなのかは分からないが。


「…久しぶりに行くのも悪くないかもね。」

「いいの?!」

「うん、用意するから待っててね。」

「ありがとうおにいちゃん!」


パァっと明るくなった奏音の表情に、僕は安堵あんどした。


(…やっぱり好きだなぁ………)


そんなことを思いながら、僕は出かける準備をした。





◇◇◇◇◇◇


「わーい!」

「転ばないでよ?」

「だいじょぶだもーん!」


公園に着くや否や、真っ先にブランコを選ぶ光芽の行動は、出会った頃の奏音と同じだなとふと思う。

あの時の奏音はどんな風に見えたんだっけ。


(……確か、顔も腕も傷だらけで…どんだけヤンチャなんだろうって思って近づいたんだっけ。)


懐かしい。ふと心が暖かくなった気がした。


「おにいちゃんもやろうよ!」

「…しょうがないなぁ…。」


この歳になって、とも思ったが、光芽の要望だ、断ってもワガママを言われるだけだろう。

静かに光芽の隣のブランコへ腰掛ける。

爽やかな風が僕の頬を撫でた。


「ねぇねぇおにいちゃん!」

「ん?どしたの光芽?」

「……元気になった?」


……そういえば。奏音が家に来てから全く両親のことを考えていなかった。いや、忘れていた。


「かのんおねえちゃんもだけど、たまには苦しいこと忘れないと、おにいちゃんがこわれちゃう…」

「………確かに、ここ最近ずっとあの時のことが頭にあったな…。」

「……みつめじゃ、なでなでするくらいしか思いつかないけどね、みつめはね、おにいちゃん大好きだから、おにいちゃんに笑顔になって欲しかったの!」


そう言っていつの間にやらブランコから降りた光芽が僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「うおっ…」

「………元気出た?」


心配そうに僕を見つめてくる光芽を見て、僕は何故か、幼い頃の記憶を思い出していた。


(……小さい頃は、こうやって母さんが僕を撫でてくれていたんだっけな…父さんも、大きな身体で抱きしめくれたんだっけ。)


「…?!おにいちゃん?!」


光芽のびっくりしたような声で、僕は自分が涙を流していることに気がついた。


「あ………」

「どしたの?!なでなで痛かった?やだった?!」


アワアワと慌てる光芽が何だかおかしくて、僕は自然と泣きながら笑みを零していた。


(…ほんとに僕は、奏音達に助けられてばかりだな。)


夕焼けが目の奥に沁みた。

そして、僕の心が少しずつ癒えていくのを感じた気がした_____






___________________


奏音side


数時間前。


「……どうしたもんかなぁ…」


本を読みながらうつらうつらしていたのでまさかとは思っていたけれど、私の正座している膝に寝転がってくるとは思っていなかった。


………相当、心を病んだのだろう。

そんなこと、あの葬式の1件で分かりきっていたことだった。

でも私自身が出て来れなかったのには理由があった。


(………ほんとに、待たせちゃったね。)


…私も憔悴しょうすいしていたからだった。









深月君のご両親が亡くなったあの日。

家に帰るとお母さんが珍しくバタバタしていた。

…いつもならお布団で寝ているのに。



「……ただいま……お母さんどうしたの…?何かあった…?」

「…奏音…?奏音…!!」


私に気づくや否や、お母さんは私に飛びついて泣き出した。


「奏音っ…!お父さんが……!!」

「…お義父さん?お義父さんならまだお仕事…」

「違うっ!前のお父さんが、事故起こして人死なせたって…!!」

「…えっ?」




…………深月君のご両親を死なせたのは、私の実の父親だということを、私は知ってしまったんだ。





続く____

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