第2話 絡みつくアイビーには気づかない


数ヶ月経って。


僕の非日常が、日常へ変わり始めていた。

両親がコツコツ貯めていた貯金のおかげで僕は学校にいられる。奏音とも話せる。

……ただ、僕の心はひび割れたままだった。


「………」

「どーしたのさみづっち〜!次移動教室だぞ〜!」

「…その話し方は双葉か……元気だねぇ」

「あためーよ!ねね、放課後原宿行かん?フラぺとグミ食べたくて〜!」

「相変わらずだなぁ…どうせ拒否権ないんでしょ?」

「さーすがみづっち!分かってるぅ♪」


双葉。奏音の多重人格のうちの1人で、見ての通りギャルだ。

普段から鬱陶しいことこの上ないが、何故か今日はいつもより鬱陶しい気がしている。


「今日の奏音は?」

「みづっち相変わらず奏音大好きだよねぇ…奏音は今日も出てきてないよ、もう何ヶ月だっけ?」

「……2ヶ月。」


奏音はあの葬式以来、全くと言っていいほど表に顔を出さなくなった。僕に説明もなしに。

他人格に頼ってばかりで、お昼時になっても本人は出てこなかった。

……普段なら僕も心配するのだが、僕も僕で傷心していたからか、気を遣う余裕すらなかった。


「……いなくならないって、言ったのに。」


僕の心は壊れていく一方だった。


◇◇◇◇◇◇


閑話休題かんわきゅうだい


「…雪雲、最近大丈夫か?成績も落ちてるし、授業中も上の空だろう。」

「…すみません。」

「謝れって言ってる訳じゃない。カウンセリングにも行ってないらしいじゃないか。このままじゃお前の心が持たないぞ。」


職員室に呼ばれたかと思えば、先生の心配からの呼び出しだった。

そんなこと言われても、というのが正直な感想だ。カウンセリングには1度だけ行ったが、これといって何か変わった訳でもなかったし、これじゃいつ元の心に戻るか分からない。というか、元に戻るなんてことないだろう。基本的に壊れた物は、修復は出来ても元通りになんてならないんだから。


「…とりあえず、お前は今まで欠席してこなかったんだから出席日数については問題ないだろう。明日から2日くらい休め。」

「……え。」

「ドクターストップならぬティーチャーストップだな!なんてな。…お前のことが心配なんだ。」


……突然の事だった。







「__ち!みづっち!!!」

「……っ…何双葉…」

「なぁにぼーっとしてんのぉ!もう放課後なったよ!ほら、原宿行こーぜ!」

「…あぁ、そうだったね。」


知らない間にホームルームが終わっていたらしい。双葉が心做しか心配そうに見ていた。


「……ねぇみづっち、とりあえず移動しようよ。」

「…そうだね。ちょっと待ってね。」


僕の準備が終わり次第、僕達は原宿へ向かった。


「ねーねーこのフラぺマジやばいんだけど!!あっまい!!」

「良かったね。」

「心がこもってない!やり直し!!」


……双葉は相変わらずだ。僕を振り回して楽しんでいる。楽しそうでなによりだが、身がどうしても入らないことに申し訳なくなってきたのでそろそろ帰りたい。


「……いつ帰るんだよ、もうすぐ5時半すぎr」

「ねぇみづっち」


急に双葉は真剣そうな声で僕を呼んだ。らしくないと思った。


「……私はさ、みづっちのこと、すっごく大好きなの。」

「……よく言うよね、知ってるよ。」

「………でもさ、みづっちは奏音の事が好きでしょ?知ってるもん、私じゃ勝てないことなんて。」

「……何が言いたいの?」

「………奏音の代わりに言うけど、みづっち、最近寝てないでしょ。目のクマめっちゃ凄いし…。」

「…だからなに。」

「……っなんで自分を大事にしないんだよぉ!両親みたいにみづっちまで死んじゃうでしょぉ!!」


双葉の目からポロポロと雫が流れ落ちていく。


「私がそばにいるからぁ!だからもうちょっと休んでよっ!みづっちが壊れちゃうの見てていやだよぉ…!」

「…だったらさ、双葉。」

「…え?」

「……奏音を呼べよ。なんで奏音が出てこないの。」

「…そ、れは…」

「……奏音が言ったんだぞ。僕を1人にはしないって。家族を失った僕にはもう奏音しかいないんだよ。…っなんで出てこないんだよ!!!」

「…っ………」

「なんでお前なんだよっ、奏音が僕の光なのに!!どうして!!!」


___違う。こんなことを言いたいんじゃない。僕は何を言ってるんだろう。こんなの、ただの癇癪だ。

自分が何を言いたいのかも、何をしたいのかも分からなくなっている。

…あぁ、目の前の双葉の顔が歪む。やめてくれ。奏音の顔で、そんな目で見ないでくれよ。いっそ奏音自身に鬱陶しいと言われた方がましなのに。

…いや違う。双葉だって奏音の1部なんだ。普段ならそのくらい分かってる。

………本当に僕は何がしたいんだろう。


「………もういい。」

「…みづ…」

「………1人にしてくれ。」

「………」


僕は双葉の絶望したような顔に見ない振りをして、その場を去っていった。





玄関から布団へ一直線に歩く。柔らかいマットレスに身を預けると、一際重みを感じた気がした。


「……はぁ。」


何もやる気が起きない。ご飯を食べる気力すらもない。両親が亡くなってから、僕はずっとこんな喪失感に襲われている。


「……こんなことなら、僕も連れてってくれればいいのに。…ねぇ、母さん…父さん………」


両親の写真は微笑んだままだ。そもそも故人に話しかけたところで答えてくれるわけが無い。


「……奏音…………。」


そうだ。僕には奏音しかいない。奏音が1人にしないと言ったから、僕は生きていられるんだ。そんな奏音が出てこなくなってしまったら、もう僕は生きている価値も何もないというのに。

そうだ。僕は間違っていない。


「………寝よう。」


心の悲鳴すらも聞かない振りをする。ここ数ヶ月で慣れたことだった。

僕は無理やり目を瞑って寝に入ったのだった。


◇◇◇◇◇◇


翌日。

いつも通りの朝が来る。

体内時計が働いて目が覚めても、心が鉛のように重い。


「……そういえば、先生に欠席しろって言われたんだっけ。」


2日間も1人でどう持て余せば良いのだと文句を脳内に浮かべながらリビングへと向かう途中。


(………人の、気配…?)


僕以外誰もいないはずの家に、人の気配がする。泥棒?まさか強盗?

僕は駆け足でリビングへ向かうと。


「…あ、おは、よう…深月君。」

「………奏音…?」

「…うん、奏音、だよ…1人にして、ごめんね。」


そこには慣れない手つきで食事の用意をする奏音がいた。


「……戻って…きたの…?」

「…双葉のメモに残ってたよ……私…深月君にどんな言葉をかけていいかわからなくて…だから…ずっと出て来れなくて…」


そんな言い訳はどうでもいい。

今はただ…この微温湯ぬるまゆのような状況に浸かっていたい。


「……深月、君?…くる、しいよ…?」


弱々しい奏音の身体を力任せに抱きしめる。


「……もう、1人にしないで。ずっとずっと一緒に………」


もう、手放す訳にはいかないから。


「………大丈夫、一緒、だよ…」


この時の奏音の表情を、僕は見ていなかったが。


___何かがまた、壊れる音がしたような気がした。




続く_____

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