第4話第二王子アルフレッドは出会えない

春らしい昼下がりの週末。

すっかり花が咲き揃った庭園で、小さな紳士と淑女の交流会と称された、先日立太子したばかりのフレデリック第一王子と第二王子であるアルフレッドの婚約者探しのお茶会が開かれた。

「アルフレッド、交流が偏ることのないよう、身分を問わず誰とでも言葉を交わすように。

それがお前の将来を実りあるものにする人脈となるのだから」

アルフレッドに言ったのは、兄にして王太子であるフレデリックだ。

兄の言葉にアルフレッドは心中で舌打ちをした。

アルフレッドの見た目は10歳の子どもだが、実際には19歳までの人生と経験を記憶として残したまま時を遡っている。

たかだか13歳の少年の言うことなど真摯に受け止める気はない。

「わかっています、兄上」

と返せば、少しだけ無言でアルフレッドを見返した後、ならば良いとだけ言葉を続けたフレデリックは側近達とお茶会の場へと足を踏み入れた。

大人しくアルフレッドもマナー教師に伴われて後に続き、前回の記憶と変わらない兄の開会宣言を聞きながら、注意深く参加している令嬢を確認していく。

今回のお茶会は伯爵家以上とされており、参加人数は決して多くは無いので誰が参加しているのかは比較的把握しやすい。

見た限り、忌々しいベアトリス・サージェントの姿が見受けられなかった。


そういえば、初対面の時も王太子であるフレデリックの周囲に群がることなどせずに控えめな態度でアルフレッドの気を引き、それに騙されたアルフレッドがベアトリスでいいと言ったことで、あの毒婦が婚約者の座を手に入れたことを思い出す。

きっと、前回同様に殊勝気な姿を見せれば騙せると思って、大方その辺の令嬢の陰にでも隠れているに違いない。

どこまで姑息な女なのだと怒りを覚え、見逃してなるものかと視線をあちこちへと向けていたら、一人の勝気そうな令嬢と目が合う。

「御機嫌よう、アルフレッド殿下」

声をかけてきたのはハリス伯爵家の、確か長女だという令嬢だ。

そういえば、前回も初めて声をかけてきたのが目の前の令嬢だった気がする。

よく喋るのが鬱陶しくて、話し相手には聞き上手な方がよいと大人しそうな令嬢を探していたら、ベアトリスのような悪女に引っ掛かってしまったのだ。

あの時こいつさえいなければと、瞬時に怒りが湧き上がる。

「他に爵位が上である者を差し置いて、伯爵令嬢如きが私に挨拶をしにくるなんて図々しい。

お前のようにお喋りなだけの者が話しかけると、他の者と交流できないだろう。弁えろ」

アルフレッドが吐き捨てるように言えば、目を丸くした後、徐々に顔を赤くしてアルフレッドを睨みつけてきた。

「わ、私は挨拶を申し上げただけで、自己紹介もまだしてません!

それなのにお喋りだと言われるなんて!」

彼女の甲高い声が不快で堪らなく、アルフレッドが盛大な舌打ちをすれば、ビクリと体を震わせてこちらを見てくる。

「伯爵家風情が図々しく一番に話しかけてきた癖に、何を被害者ぶった物言いをするか。

お前は王家を馬鹿にしているのか」

アルフレッドの言葉に顔を蒼褪めさせた令嬢が、くしゃりと顔を歪めて後退る。

みっともない姿だと鼻を鳴らせば、ぼろりと落ちる涙。

そうやって泣けば許されるとでも思っているのも、まるでアルフレッドの方が悪いのだと言わんばかりで全てが気に喰わない。

「令嬢としての躾も満足に終わらせておらず、どうしてこの場に参加できると思ったのか。

さっさと地に伏して謝罪し、この場から立ち去るといい」

地面に這いつくばらせようと腕を掴んだ時、

「アルフレッド、何をしている」

怒りを滲ませた声が間に割って入った。


アルフレッドの手を払い、視界から生意気な令嬢を隠したのはフレデリックだった。

その向こう側では二人の従姉妹にして、高位貴族の中で唯一王家と血の近い者として参加しているウィンザート公爵家のマーガレットが、我慢できずに引き攣るように泣き出した令嬢の背を撫でていた。

「フレデリック殿下。私はマリア様を休憩室にお連れしますわ。

他の令嬢方も怖がっておりますので、この場から下がらせて頂いても?」

「すまぬ、頼めるか。」

マーガレットの采配で侍女達が他の令嬢達をも連れて、城内に用意された休憩室に誘導されていく。

それを見送ったフレデリックが振り返ったかと思えば、今までに見せたことの無い厳しい顔でアルフレッドを見据えた。

それが妙に癇に障る。年下のくせに生意気なのだ。

「アルフレッド、令嬢に手を出すなど一体どういうつもりだ」

「あの者がいけないのです。

マーガレットとの挨拶が済んでいないのを知っているくせに、図々しくも私に話しかけてきたのですよ!」

最後は叫びにも似た声色で言い返せば、フレデリックが眉を顰めた。

「今日のお茶会はデビュタントも迎えていない子ども達ばかりということで、ある程度は無礼講としている。

事前の説明をお前も聞いていたはずだ。それに、先程のご令嬢の反論では挨拶だけしかしていないということだったが?」

「自分よりも立場が上の令嬢がいようと挨拶するような者、自己紹介が終わっても勝手に話し始めるに決まっているじゃないですか。

あんな図々しい貴族がいるから、私がベアトリスと婚約する羽目になるんです!」

思わず出た言葉に、フレデリックが怪訝そうな顔をする。

「待て、ベアトリスというのはサージェント侯爵家のベアトリス嬢のことか?」

「そうです!あの女は私の婚約者に選ばれないことを拗ねて参加を取りやめ、そのせいで私にこのような恥をかかせたのです!

全部悪いのはベアトリスなのですよ!」

周囲に残った者達からの騒めきが届いたことに気づいて慌てて口を押さえても、零れたミルクが戻らないように、アルフレッドが口にした言葉が消えることもない。

子ども達ばかりと言われているが、使用人以外にも管理者として王家お抱えの教育係や各自の執事もいる。

遠巻きながらも参加していた令息令嬢の親御達も近くで様子をみていた。

最悪だ。このままだと再びベアトリスと婚約してしまうことになる。

けれど、それを否定したのはフレデリックだった。

「先に言っておくが、お前とサージェント侯爵嬢との間に婚約の話などは一切ない。

周囲に誤解を与えるような言葉は控えるんだ」

嘘だ、と言葉が零れそうにならなかったのは、口を押さえたままでいたからだ。

そうでなかったら口にしていただろう。

アルフレッドの幼い体は自身の言うことすら聞かず、勝手に思ったことを吐き出してしまう。


「何か言いたそうだが、この場の騒ぎを収拾するのが優先だ。

アルフレッド、お前とこれ以上話しても時間の無駄だ。後で周囲にいた使用人達の報告も加え、陛下に報告する。

私も今日参加してもらった貴族達に謝罪をせねばならないから、これ以上お前に割く時間はない。

誰か!アルフレッドを部屋に戻し、陛下からの許可が出るまで部屋から出すな!

反抗するなら手荒にしても構わない」

フレデリックの指示に、周囲の使用人達がアルフレッドの両腕をやんわりと、けれど解かれないように力を入れて掴む。

どうして。

ただ、不届きな者を断罪しただけだというのに。

そんな者に謝罪などと、兄の頭はおかしいのではないだろうか。

驚愕と呆れは顔に出ていたのだろうか、微笑みを捨てて凍てついた表情で弟を見つめていたフレデリックはすぐに視線を外すと、引きずられていくアルフレッドを振り返りもしないで立ち去っていった。



** ** *



「お前達の婚約者について伝えることがある」

ベアトリスの参加しなかったお茶会から二ヶ月後、珍しく兄と揃って執務室に呼ばれたアルフレッドに国王が告げた。

ハリス伯爵令嬢との騒ぎによってお茶会は中途半端に終わりを告げ、それによってアルフレッドの婚約者が誰になるのかわからないことから、これからの対応に困っていたところだったので、ようやく婚約者がはっきりするのだと喉のつっかえが取れた気になって安堵しながら姿勢を正す。

「フレデリック、そなたの婚約者はウィンザート公爵の長女、マーガレット嬢となる。

既に内定しているが、発表まではまだ少し先となるので、それまでは周囲に触れ回らないよう。

今まで通り手紙は許可するが、表立った茶会は控えよ。先ずはマーガレット嬢と手紙のやり取りにて、改めて互いを知るとよい」

御意に、と姿勢正しく頭を下げて拝命したフレデリックに頷き、国王はアルフレッドを見る。

今回はお茶会にはベアトリスがいなかった。

今回のお茶会に参加した公爵家の令嬢はマーガレット唯一人。他の公爵家や侯爵家には年頃の合った娘はいなかったのだ。

だからアルフレッドの婚約者は消去法で伯爵位の令嬢となる。

それはそれで気に食わない。

アルフレッドは第二王子だ。

スペアであるものの、兄であるフレデリックに次いで王位継承権を持っている。兄に万が一のことがあれば、王になる可能性だってあるのだ。

そんなアルフレッドに伯爵位の令嬢が相応しいとも思えない。

決して選びはしないが、アルフレッドに花を持たせるために、侯爵家令嬢であるベアトリスも参加するべきだったというのに。

どこまでも人の神経を逆撫でする女だと苛々しながら国王の言葉を待てば、暫しの無言の後に開いた口から思いがけない言葉が出た。


「先ずは簡潔に伝える。

アルフレッド、お前の婚約者は決まっておらん」

なぜ、という言葉が思わず出てしまう。

時を遡ってからというもの自身の感情に振り回されやすく、そういった細かなことがいくつも重なって、増々アルフレッドを苛々とさせる。

「この度のお茶会ではハリス伯爵令嬢に失礼な態度を取ったと報告を受けた。そして後日改めて精査し、お前の態度に問題があると判断せざるを得ない結果だ。

王家の名を汚したこと、恥と知れ。

ハリス伯爵家には王家より非公式に謝罪を申し入れ、今後お前と関わりを持たぬことを条件に受け入れてもらえたが、あの時の様子を見ていたことによって婚約者にと名乗りのある家は無いにきまっておろう。

それがどういうことかをよく考えよ」

フレデリックの時には止めていた手が、執務の続きをするためか、紙の上を滑るように動いている。

視線はとっくにアルフレッドから外れていた。

まるでこれ以上はアルフレッドに使う時間などないかのように。


「ベ、ベアトリスがいけないのです!」

「ベアトリス、とは?」

国王が片方の眉を上げてアルフレッドを見た。

それは父親の機嫌の悪い合図のようなものだったが、今のアルフレッドには気にする余裕などない。

「ベアトリス・サージェントです!

あの女がお茶会に参加せず、コソコソ領地に隠れているから!」

コツリ、と乾燥した音を立ててペンが置かれた。

「アルフレッド、婚約どころか対面もしたこともない相手に向かって、臣下であろうと無作法が過ぎる。サージェント侯爵令嬢と呼べ。

お前が何を言っているのかはわからないが、サージェント侯爵の家はベアトリス嬢しか跡継ぎがいない。

それゆえ今回の茶会への不参加を許可している。

お前と違って小さい頃から淑女としての行儀作法を知り、王都には滅多に来ぬのに教養豊かな才女だと評判だからこそフレデリックの婚約者に是非と望み、だが是と頷いてはくれなかった経緯ならあるが」

アルフレッドを見る目はどこまでも冷たい。

「それが何故、お前の婚約者だという思い込みが起きるのだ?」

コツ、と指先が机を叩かれる際に発する爪の触れる音が部屋に響く。

それだけの所作に背筋に冷たい汗が伝い落ちた。

「先日の茶会で声高に言い回っていたらしいな。

ベアトリス嬢と婚約するはずだったが、自身の立場を思い知って逃げ出した卑怯者だとか。

一体何をどうしたら会ったこともない令嬢の評判を下げるようなことを口にし、あまつさえ話すら上がったことのない婚約話で周囲を誤解させたのか」

「それには事情があるのです、父上!」

「ああ、そうだ。こちらにも事情があるというのに、下らぬ思い込みで愚行をお披露目してしまった息子が実に嘆かわしい。

日頃から王家が周囲に与える影響をよく考えて行動するよう、教育係からも散々に言われてもこの体たらく。

お前の起こした騒動で、王家が貴族達へ謝罪を重ねる次第となった。

当然、お前が悪し様に罵るサージェント侯爵家にもだ」

「やはり、あの女は悪ではないですか!

私を陥れて、王家の謝罪を引き出そうとしたのです!

理由をつけて一族郎党を罰するべきです!」

肩で息をしながら言い募るアルフレッドに、返されたのは凍りつく冬を思わせる声音を含んだ言葉で。

「今のお前に何を言っても無駄なようだな。

その妄執めいた考えを改めるまでは、城から出ることも誰かと会うことも禁じ、教育係の数を増やす。

今年の夏の余暇は避暑地で過ごすことなく、己の研鑽に励め」

「ま、待ってください!私は何も悪いことなどしておりません!

これはサージェント侯爵家の陰謀です!どうか私に時間と影を貸して頂ければ、あやつらの目論見を日の当たる場所にて晒してみせましょう!」

国王がアルフレッドから視線を外し、隣の兄へと向ける。

「フレデリック、どう思うか?」

「この年頃にある想像力が少しばかり暴走したのかと。

これ以上面倒事を起こして王家の名を落とされないよう、陛下のおっしゃる通りに暫く城から出さないのが一番だと思われます」

国王は頷いてから立ち上がる。

「話は以上となる。

下がれ、これ以上の話は無意味だ」

「で、ですが!」

国王の視線がアルフレッドの後ろへと向けられれば、控えていた近衛騎士がアルフレッドの腕を掴む。

「部屋に戻し、許可を出すまで一切出すな」

溜め息と吐き出されたフレデリックの言葉には、隠しようのない呆れが含まれている。

長い廊下を引きずられるように歩かされ、それを多くの使用人に見られるという恥辱に視界が滲んでいく。

長くも短く感じた時間の終わりには自室に押し込まれ、扉を閉める前にフレデリックが口を開いた。

「これ以上勘違いしないように言っておく。

ベアトリス嬢には既に婿入りしてもらうための婚約者がいる。

勝手な思い込みで戯言を続けるようなら、陛下がどうされるかなど想像に容易い。

将来を閉ざされる前に口を噤むように」

どういうことかと問うより前に扉が閉められる。

一人残されたアルフレッドの表情は、どこまでも呆然としたものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る