第21話 慣れない飲み会(後編)

 翌朝。

 目を開けると、至近距離にメガネ外れてる顔の良い課長がいるのに気づいて大焦りした。


 待って、私、スーツのままで上司と寝転んでる。


 アワアワしながら見てたら瞼が開いて、視力悪い課長が目を細めてるのと出会った。


「おはよう、一崎。……体調良くなった?」


「お、おはよう、タツキ。眠いの取れた。

 でもごめん、スーツめちゃくちゃシワになってるよね」


「平気。吐かれる覚悟もしてたけど大人しく寝てたし、シワくらいなんてことない。

 ふわぁ……意識飛んでるからまずいと思ってたけど、ただ眠くなるタイプってだけだったか……」


 酔い方にも色々あるらしい。

 ガラスカップのお酒の時も真っ先に寝てたから、多分そうかもしれない。


 とにかく化粧一旦落としたり、お互いに状態整えてから室内を確認すると、タツキが荷物持って帰ってくれてたのに気づいた。


 カラオケでもらった賞と、ビンゴの景品。会社のカバンも二人分。

 課長も自分の分あるし、私のビンゴ賞とか重さがあったから悪いことをした気がした。


「……」


 気にさせないようにか無言だったけど、タツキが首を痛そうに揉んで左右に伸ばしてるのに気付く。

 シングルに二人で乗ってたし、慣れない体勢で痛めたんだって察して慌ててしまう。


「ねえタツキ、景品の肩こり解消セット使わない? 寝違えとかにも効くかも」


 ビンゴ景品の紙袋を開けると、中には温湿布と一緒にマッサージ機が入っていた。

 小さめだけど効くのかなって思いながらも、タツキが首を触ってるからとりあえず湿布。

 クッションに座ってもらってマッサージ機も見よう見まねで使ってみたけど、震えるだけでイマイチらしい。小さいからパワーもないみたい。


「……」


 待ってこのマッサージ機、何かで見たことある気がする。

 ラブをメイクしちゃうホテルで流れた映像で、振動させながら男の人が女の人に当ててたやつこれじゃなかった?

 映像の中でブンブン言わせてたのを思い出したら、自分が手にしてるのがそうとしか見えなくなってきた。


「えっ肩こり解消グッズだよね? 会社からラブをメイクするためのアイテムなんて授与されないよね?」


「……ビンゴの景品集めてたのが、アダルト映像に興味なくて知らない社員だったとか?」


「タツキもそう思ってたってこと!?」


 どう考えてもアレだって慌てたら、タツキに何故かパスしてしまった。

 考えてる課長が照れくさそうに首を触って考えて、スイッチを入れて。

 ブーンって音がするのを聞くだけで恥ずかしくなってたら、手招きされた。


「え、その手招きは何」


「ん? パスした理由を逆に教えて」


 誤爆です。手榴弾間違って投げましたボス。

 でもタツキが待ってるからノロノロでも近づくと、スーツのスカートに近づけられて……人に当てられるとこんな感じなんだ、って思い知らされてた。


「……っ、んん……」


「一崎が嫌ってた会社の上司相手にしてくれるの見ると感慨深いな……嫌いって言われて近づこうともしなかったのに、平気になった?」


 入社してからずっと嫌いだったスーツ姿のタツキが何しても、甘えた声しか出てこない。

 自分の部屋に上司招き入れて、ベッドの上にまで導いてるとか、昔の私だったら考えつかないに違いない。


 タツキに送り狼された。

 終わって二人で心地よい賢者モードに入ると、タツキの格好に目がいく。

 いつもかっちりしてる課長がちょっとしわってる。

 それだけなのに気になって、タツキのジャケットを引っ張ってた。


「ねえタツキ、お風呂も入って行って。

 しわしわのスーツで返すわけにもいかないから、お風呂入ってる間に服とか買ってくるよ」


「え、シワくらい大丈夫だって。そこまでさせるわけには」


「だってタツキ電車乗るでしょ。

 そもそも私送るのにタクシー代使ってるはずだし、服で返させて。

 彼氏の格好悪い姿誰かに見せるの嫌だし、近所で買ってくるから」


 もうした後だから、うちにいたって普通にデートしてるのと同じこと。多分。


 まずは、一番に私がお風呂に入った。

 端末いじりながら部屋で待ってた課長にはシリアルと牛乳をセットで渡して、朝食タイムをおもてなしする。


「すぐに出るから、家主いない間は自由にしててね。

 食後はお風呂に入ってくれたら、その間に服、急いで買ってくるから」


「もう断る方が悪そうだな……一崎にサイズ計測のデータ渡しておく。

 これがあれば確実に入る服買えると思うから、持ってって」


 詳細なサイズとか晒したくない人も多いのに、タツキは信頼して私に託してくれた。

 ありがたく受け取ると、急いで服を買って、超特急で部屋に戻った。


「ただいまー……」


 部屋の中はがらんとしてて、だれもいない。

 水音だけがお風呂場から聞こえる気がする。


 つまり、作戦成功ってことだ。

 ホカホカのタツキが出来上がる前に戻れたから、脱衣所にも一式セット完了させた。


 ……ぐー。

 私も動いたらようやくお腹空いてきたことに気づいて、シリアルと牛乳で一人朝ごはんを展開する。

 簡単だけど栄養価高いからお母さんに常備させられてるのが良かった。

 お料理得意なお母さんからすると、彼氏に振る舞う料理としてはとんでもないのかもしれないけど……質素でも美味しい食事を頂いた。


 しばらく経つと、お風呂上がりのタツキが出てきた。

 上下ともラフな感じだけど似合ってるから、思わずサムズアップしてた。


「タツキ、いいね」


「ならよかった。

 悪いな、ここまでさせるつもりじゃなかったのに」


「ううん、昨日は送ってくれてありがとうの気持ちだから気にしないで。

 むしろタクシー代いくらなの、払わせて。

 電車で帰る予定だったはずなのに、無駄に使わせちゃった」


「タクシーは俺も乗ってるからいいって。

 じゃあ、ありがたく服だけもらうな。

 ……よく考えたら一崎が俺に、初めて選んで買ってくれた服?」


「う。AIセレクトだから、残念ながらそうとも言い切れない」


「AIは単独の意見は出さないはずだから、相談して『これにしよう』って選んでるはず。

 つまり一崎セレクトで合ってる」


 そう言う考え方もあるか。

 シリアルもぐもぐしながら恥ずかしいけど頷いてると、タツキが帰る準備始めたのが見えた。


「あれ、タツキもう帰るの?」


「昼から姉貴の愚痴聞きに行く、悲しい予定が入ってる。

 一崎も次のデートは来週って指定されたから予定あると思ってたんだけど、違うのか」


「飲み会の翌日でタツキがどれだけ飲まされてるのか読めないから、デート誘うのはやめた方がいいかなって思ってただけ。

 今日は洗濯機回して、家事するくらいかな」


 不意のことだったけど、初めてのお泊まりデートもここでおしまいだ。


 ……ご家族との約束あるなら仕方ないよね。

 社会人は忙しい。

 タツキも一旦家に帰ったら、これから家事したりするはず……って自分にも言い聞かせてた。


「じゃあ早く帰らないとだね。お酒で潰れちゃって本当にごめん。

 でも予定外のデートっぽくて実はちょっと浮かれてた。

 心配して、そばにいてくれてありがとう」


 反省して両手を合わせると、帰りやすいようにしなきゃって食器を台所に放り込んで、お見送りの準備しようとした。


「……っ!?」


手を洗ってると、タツキが後ろから抱きしめてくるからドキドキする。

 バックハグとかやっぱり乙女ゲームみたいで、タツキは背が高いからすっぽり抱き込まれてた。


「一崎」


「ん?」


「今後は遠慮なくアポ取っていいから。

 酒で潰れてたらうち来てって場所変更かけるけど、一崎と一緒にいたい。

 ……好きだから……俺も、一崎ともっと会いたい」


 彼女扱いが嬉しいのに、恥ずかしくて耳まで熱い。

 何も言い返せなくて頷いてると、タツキに引き寄せられていっぱいキスされてた。

 タツキは二回戦無理なはずなのに、お互いにイチャイチャしてると変な気分になってくるから慌ててそっぽを向いた。


「ほら今日は約束してるでしょ? ご家族優先して。早く帰って」


「姉貴の愚痴聞くより、一崎とこのままデートの続きしたい……」


「また今度ね」


 塩対応の部下に荷物まとめて送り出されて、タツキは帰って行った。




 なお、月曜日。

 お昼休みに三井くんとコンビニをご一緒した。


「一崎さん、飲み会のあと大丈夫だった?」


「全然平気。眠くなって寝ちゃっただけで、課長に家まで送り届けてもらえたら速攻で爆睡しちゃった。

 課長にタクシー代渡そうと思ったら断られちゃって、申し訳ないくらいだったよ」


「よかった。かなり泥酔してたから、あの場にまだ残ってた営業みんなで心配してたんだ。

 タクシー呼んだらもう課長にもたれかかって寝てて、担架で運ばれたの覚えてる?」


 え。

 何も覚えてないから目をまん丸にしてると、三井くんが気恥ずかしそうに教えてくれた。


「あとでセクハラって言われても困るって課長が言い出して、女子社員が載せて運搬して。

 一崎さんそれでもずっと寝てるから大丈夫かなって話してたんだ」


 待ってそんな大事になってるって知らなかった。

 真っ赤になったけど事実らしく、三井くんがはにかんでる。


「今後は一崎さんにお酒勧めるのやめてあげようねって営業一同で決めたよ」


 うわあああああ黒歴史作ってる、って頭の中で悶えた。

 三井くんに聞いたことが事実だってわかってても信じたくなくて、会社に戻って課長にも「担架で運んだんですか」って聞いたけど「した」って言われた。


「旅館の入り口まで距離あったし、男性社員が運んで問題になっても困るからな。

 これに懲りたら酒飲める分量学ぼう、一崎」


「もうお酒飲みません」


 タツキが運ぶわけにもいかなかったからなんだろうけど、担架とか一生に一度も乗らないと思ってた。


 こうして、私は会社公認でノンアルのみとなった。

 早くタツキと付き合ってるって言いたい、言えたら違う歴史紡いでたはず、ってちょっとだけ思いながら、目の前にいる上司を睨んだのは仕方ない。

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