第7話 三井くんとのお出かけ

 テーマパークに行くなんて、子供の時に両親に連れて行ってもらった以来かもしれない。

 九時に駅で待ち合わせして向かったけど、三井くんは会社の印象とは違ってカジュアルな格好で、普通の男の子って感じだった。


「ごめんね三井くん。お待たせ」


「おはよう、一崎さん。全然待ってないから大丈夫だよ。

 一瞬誰か分からなかった……会社でスーツ以外見たことなかったから、なんだかドキドキするかも」


 私もお出かけに何を着ようか悩んだ結果、夏っぽさが前面に出た。AI任せじゃなく自分でも選んだ格好だから、変に緊張してしまう。

 三井くんが行き先を案内してくれたけど、隣を歩きながらも話題は尽きることがなかった。入社研修の話は特に苦労を共有してるから大盛り上がりした。


「そうだ、合宿で一緒になった時に一崎さんとパジャマで鉢合わせたよね。覚えてる?」


「覚えてる。女子棟と男子棟に分かれてて、真ん中の自販機でばったり出会って。同じタイミングで買いに来る人いるんだ、って笑ったよね」


 くだらない話でも三井くんとなら変に楽しくて、自然と笑顔になる。

 テーマパークでは「お揃いのカチューシャをつけると、園内全店カップル割引キャンペーン中」って紹介されたから、今日の記念にマスコットキャラクターのカチューシャなんて買ってつけた。お互いの頭の上で変なマスコットが揺れてるだけでも面白くて、大笑いした。

 アトラクションに並んで待つ間も好きな動画を紹介したりすれば、待ち時間すら忘れてる。三井くんが見せてくれた猫動画がツボにハマって、周りに迷惑をかけないよう笑いを堪えるのが大変だった。三井くんも一緒に笑っちゃって収拾つかないから真面目な刀鍛冶動画に切り替えて、スンッて二人でなるのも面白かった。

 お昼ご飯で休憩してるけど、笑いっぱなしの頬が痛くて揉んじゃう。三井くんもジュースを飲みながら頬を摘んでた。


「中学からずっとバレー部だったんだけど、部活仲間としか遊びに行ったことなくて。テーマパークなんて修学旅行以来なんだけど、一崎さんと一緒だとすっごく楽しい」


「私も。三井くんモテそうなのに、彼女とかいなかったの?」


「部活に専念したかったからお断りしてたんだ。

 自分から好きになった子にも『時間を割けるだけのメリットがない』って言われてフラれちゃった」


 政府が少子化対策を大々的にするくらい、今は晩婚化と未婚化が進んでる。自分の時間を大事にしたいから、誰かと結婚しても子供まで望まない人も多い。

 私も三井くんと遊びに行く時間は捻出したけど、夜のゲーム時間まで取り上げられるのは嫌かもしれない。

 大型アプデに向けてますます盛り上がってるし、一日五時間のログインのために他の全てを終わらせるルーティンがあるから、崩されると辛くなりそう。

 デートも来週、って長めに時間をくれたから受けられたのかも。タツキにお断りしたみたいに、言われてすぐに予定を空けるのは難しい。

 ……そういえばタツキ、会社ではなんともなかったのに、土曜の夜ちょっと鼻声だったな。頭痛いって言って早く落ちてたけど、明日会社なのに大丈夫かな。


「一崎さんは部活何してた?」


「部活? ……えっと……内緒にしててね。合唱部だった」


「あれっ、飲み会の後のカラオケ、音痴だからって断ってたよね?!」


「合唱曲以外歌えないから音痴でいいの。三井くんは歌うまだって話題になってたけど、歌うの好き?」


「部活仲間と点数で競って罰ゲームするのが一時期流行ったんだ。だから動画見ながら練習してたんだけど、上達すると嬉しくて……」


 聞けば聞くほど話題が噛み合って、盛り上がる。

 歌うまな三井くんの歌声も聴きたくて、知ってそうなデュエット曲を口ずさんだら乗ってくれた。ハモってくるから思わず二人で笑ってしまった。


 三井くんとはその後も楽しく遊んで、夕方にはお別れすることになった。

 駅まで送ってもらって、別方面だからホームで一緒に電車を待つまでがお出かけ。すごい、青春してる。

 隣に立つ三井くんが電車が近づいてきたのを見つけて、私も気づくと声を掛けられた。


「あの、一崎さん」


「うん」


「今日、やっぱり一緒にいられるの……楽しかった」


 照れた三井くんの顔で、私だって何を言われるのかくらい分かる。


「よかったら俺と、付き合ってもらえませんか」


 気の合う同期で、一緒にいても気兼ねしない。

 会社を辞めずにいられたのも、課長に叱られて嫌になるたびに優しく寄り添ってくれた三井くんのおかげ。

 私も今日、楽しかったから……三井くんに真っ直ぐ向き合った。




 携帯端末を確認しながら、マンションの五階に向かった。

 電気がついてるのを確認してドア横に設置されてる宅配ボックスを開けると、中にものを詰めて鍵をかけて、あらかじめ打ち込んだ犯行予告を送信する。


『お部屋の宅配ボックスに爆発物を仕掛けました。回収して処理してください。番号は5210です』


 腸内環境を整えて免疫力をアップする発酵食品とか、温度が上がったら爆発するに違いない。早く回収しないと掃除が大変だ。

 役目を終えたから急いでエレベーターに向かったけど、部屋の中で今頃びっくりしてるかな、って想像すると口元がついニヤけてしまう。

 ゲームしてたって、一旦ログアウトくらいしてくれるだろう。ポストと同じく部屋と繋がってるタイプだったから、風邪ひいてる状態で外に出なくても良いだろうし。対処療法だけどおすすめのはちみつあめも一緒に入れたから、喉もきっと良くなる。

 処理内容は捨てるでもなんでも良い……なんて、イタズラを無事にやり終えた気分でエレベーターを降りたら、コンビニの袋片手に携帯端末いじってる男の人が歩いてきた。

 背が高くて、メガネでマスクで顔はほとんど見えないけど、私を見つけると立ち止まって、開示モードで端末を向ける。多分性格も悪いな。


「え。犯人?」


「違います。失礼します」


 なんで買い物に出てるんだ蜷川課長!?

 とにかくその場を去ろうとするけど、腕に通せんぼされた。睨んだけど顔を逸らして咳してる。顔も赤いし夏風邪っぽい。有名メーカーの経口補水液が買い物袋の中に見えた。

 抵抗しただけ余計な体力を使わせると思ったから、大人しく確保されることにした。恥ずかしいけど私も開示モードでメッセージを見せる。


「……そうです、私が犯人です。爆発物の中身は食べ物ですけど、今買ってきたばかりなので、よければ。

 不要ならゴミの日に出してください、明日ですからね」


「取り調べしたいのに、上がってって言えないくらい体調悪いのが辛い……デートは? もう終わった?」


「終わってなかったら来てません。あと男性の部屋にちょっとでも上がるわけがないです。

 帰りますから、部屋でゆっくりしてください。話したいことがあるならメッセージでどうぞ」


「そうする。……心配してきてくれてありがとう」


 元気ないな。

 だんだん熱が上がってきたのかぼうっとしてるし、エレベーターに近づく課長がまた咳き込んでるのを聞いて、悩んだけど声を掛けた。


「課長」


「んー?」


「三井くんから告白されました」


 あ、壁に倒れた。

 前みたいに魂抜けてそうだし、肩が丸まってるのを見てたら、苦しそうな呼吸といつもより少し掠れてる声が聞こえる。


「もう受けた? 三井優しいもんな……早めにトドメ刺しにきてくれるとか、さすが一崎」


「まだです」


 弱ったら余計に風邪が悪化しそうなのがかわいそうになって、早めに声をかけた。

 ……彼氏が出来てたら、課長の家に支援物資なんて届けに来るはずがない。

 ずっと挽回したがってた人が辛そうに振り返って、熱なんだかちょっと泣いたんだか目が潤んでるのを見た。


「チャンス欲しいって、ずっと言ってたじゃないですか。

 だから……一回だけ、予定合わせます。……遊びに行った内容次第で、決めます」


 三井くんには申し訳ないけど「返事はもう少しだけ待って欲しい」って伝えた。

 目の前にいるのは、あんなに怖くて嫌いで、話すたびに叱られて嫌だった人だけど。

 必死に遊びに行きたがっていたタツキを一回もチャンスなく振ることも出来なくて、向き合った。


「ただし、予定を話すのは元気になってからです。

 だから早く風邪治してください。……アプデ明日からです、お互い忙しくなりますよ」


 言うだけ言ったら恥ずかしくなる。

 嬉しそうに笑ってるのがマスク越しでもわかったから、帰ろうとしたら「一崎」って呼ばれた。


「おかげで元気になれそう。色々ありがとう」


「……それはよかったです。お大事に」


 課長は壁から起き上がったし、無事にエレベーターにも乗れそうだから私も家に帰った。

 結局タツキはゲームにログイン出来なかったみたいだけど、ヨーグルトは美味しかったみたいでお礼メッセージだけ届いていた。

 高熱を出したらしい翌日の仕事に、課長は復帰出来るはずもなく。


「山本に代打を頼んだらしいが、蜷川はぬるい。

 代わりに俺が取り仕切る。……返事は!」


 地獄の一課を取り仕切る、最悪のパワハラ課長こと柴松課長が私たちの前に現れて、課長席に座った。

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