第6話 チャンス
夜に仕事を終えてログインすると、昨日のピエナちゃんのこともあって『英雄』と呼ばれてしまった。
「ミツハちゃーん、タツキチー、カミングアウトおめでと〜!」
パーンパパパパパーンっ。
クラッカーが連発されて煙がすごい。もはや煙幕焚かれてるのかもしれないってくらい炸裂してる。
タツキも先にログインしてたけど、他のメンツと話してたのを私のところに押し出されて並ばされた。
ヒーラーちゃんやみんなが改めて花火で祝福し直してくれた。
「ミツハちゃん、タツキチとやっぱり付き合ってたんだね。
えへへー、あのあと周回もそっちのけで喋っちゃった」
「サークルリーダーの俺にも一緒に遊んでくれる女の子募集。
え、いない? 運営デバッグー早くしてー」
「盛り上がってるところ申し訳ないんですけど、私とタツキは付き合ってません。
ピエナちゃんが抜けてからちょっと時間あけて戻ろうかって話してたら、ログアウト時間が来ただけですから」
「そうそう。ハイレシア探索して、新マップの話しただけで終わりましたって。
大型アプデは直後メンテが二日も三日もあったらやだなーとか、俺はダンジョン探索優先とか、ミツハとダラダラ喋ってました」
「えー、だって二時間も三時間もだよ? ハイレシアってそんなダンジョンみたいになってないでしょ?」
「実は今度同期の男の子に誘われて遊びに行くんですけど、そっちの方が本命かもです」
サークルメンツの集まる広場が、いっそう騒がしくなった。
タツキも動揺して話を聞こうとしたから、かなり信憑性が出た。
三井くんとは結局、お試しで遊びに行くことになった。
連絡先は入社時に交換してるからメッセージでやり取りもしたけど、相談して選んだのはテーマパークだ。
来週の日曜日の約束をお互い楽しみにしていて、私も今から何を着ようか必死になって考えてる。
「新エリア開放前日なんで、それなら時間あるしいいよって伝えてて。……気の合う同期なんで、誘ってもらえたのも嬉しくて」
「いいないいなー。付き合う前って全部新鮮で良いよね。どうやってお誘いされたの?」
「コンビニの帰り道で『遊びに行こうよ』って。お誘いされました」
「きゃー初々しいーっそういう話すきー!」
『待ったミツハ、本当に三井から誘われたってこと!?』
絶望したらしいタツキからメッセージが来たけど、頷く。
ぎっくり腰でも起こしたのかと思うくらいよろよろして、盗賊のマゼンタさんにもたれかかった。あれが最前線張ってて主力メンツのサークルがあるらしい。
「タツキ振られてるー。かわいそー。いい子いないの?」
「いる。……うん、いるんだ。聞いてくれる、ヒーラーちゃん」
「なになに?」
「俺も会社で今日食事会に行って、帰り道で好きな子にプリンとお茶を奢った。
店内でお茶を一生懸命選んでるから、好きな銘柄探してるのかと思ってた。
でも会社帰ったら、留守番してた社員に真っ先に駆け寄って渡してて。
お留守番ありがとうございます、おかげで行って来られました、ってお礼伝えてるの。可愛くない?」
『ちょっと恥ずかしい話するのやめてもらえる?!』
『もっと誘えばよかったなーって改めて後悔した話だから、恥ずかしくないでーす』
個人でチャットしてるから、タツキ相手に真っ赤になりそうなのを堪えた。
押し付けがましいかと思ったけど、お茶なら蔵前さん、愛妻弁当にも合うし。課長からです、って伝えたら喜んでお礼伝えてたから、置いてきぼり感なくなるのいいかなって。
課長もあげても平気そうだったから気にもしてなかったのに、そんなこと考えてたなんて恥ずかしいって真っ赤になってた。
「えータツキもミツハ以外に好きな子いたの!?
やだー混み合ってきたー! 恋バナ大好きーっ」
「ヒーラーちゃん。リーダーでランカーの俺と、新たな伝説になる恋バナを作ろう」
「ごめん、今彼氏と別れ話の最中だから。そういうのちょっと待ってもらえる?」
「あ、すみません」
彼氏とラブラブって返ってくるかと思ってたら、ツートーンくらい落ちたヒーラーちゃんの声が告げたのは『始まるものがあれば、終わるものもある』というお話であった。人と人は難しいね。
とにかく三井くんとのお出かけは、アップデート日の前日。
新エリアの話題にも変わったし、開放される前にレベル上げしておきたいサークルメンツと周回にも向かったけど、ボス部屋への移動の合間にタツキからはメッセージが飛んできた。
隣にいるご本人を見上げると、両手を合わせてお願いポーズをとっている。
『一崎、俺にもプライベートで一日もらえない?』
『無理』
『頼む、俺も本気なんだって。このまま三井に逃げ切られたら後悔する。
上司が部下を休日なのに遊びに誘うとか、難しい気持ちもあってさ。でもお願い、この通り!』
確かに、上司に休日すら拘束されるとか休日出勤感が強い。課長に直接言われたら絶望して辞表出してる。
でも相手は今一緒に遊んでて、チャットしながら必死になって両手を擦り合わせてるタツキだ。
蜷川課長が関係改善に取り組もうしてくれる姿勢は今日も見えたし、黙ってる間にも『お願い』『この通り』とか一生懸命メッセージが送られてくるから、前線に早く戻さなきゃいけない気持ちもあって仕方なく予定表を開いた。
『……じゃあ今週の日曜だけなら空いてます。来週以降は無理です』
『今週の日曜!? う、あの……三歳の姪っ子……自分が一番可愛いリトルプリンセスと、デートの約束入ってて……』
『お幸せに』
個人チャットでタツキが騒いで泣いてる気がするけど気のせいかな、うん。
とにかく、三井くんと遊びに行くことは決まってる。
タツキも返事が届かないことで諦めたらしく、ボス部屋ではチャットを打ち切ると前線に向かって銃を撃ち込んで踏ん張ってた。
片手に銃持ったまま手榴弾のピンを噛んで抜く手慣れた姿とか、狙った場所に投げてるテクニカルさとか、普通にしてたら格好いいのにな。今日もみんなでレベル上げが楽しいし、タツキも活躍してる。
『そうだミツハ、来月入ってからなら』
『大型アプデ楽しみですね』
終わってすぐにメッセージを送ってくるタツキを切り捨てて、私も魂抜けたエモートで倒れてる上司とは何もないまま、三井くんと遊びに出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます