第5話 社会的デスゲーム

 ハイレシアに閉じ込められてから、二人で攻略サイトを漁りまくった。

 これはもう、どうしようもないことだけが分かった。


 警告文の方は本気でまずい。

 通報入れたらキャラは速攻で凍結、ログイン場所や住所は分かってるからすぐに警察が来るらしい。

 安易に押して酷い目に遭った体験談を見つけた。政府のゲームだから安全管理が凄まじい。


 注意文の方は通報一回で凍結されるかされないかギリギリみたい。

 ピエナちゃんがログアウト前に迷惑行為で通報入れてから消えてたら、アウト。累積があっても、アウト。政府AI事情汲んで、仕事して。って思っても、感情的な判断はAIには難しい。

 タツキもロビーの椅子を借りて調べ切って、強制ログアウトまで残り一時間なのを見て溜め息を吐いた。


「ミツハ、俺がログアウトで抜け出す。通報多分一回目だし、そこまで処分キツくないと思うから」


「だめだってタツキ、もうちょっと考えて」


 私にだって、タツキをログアウトさせたくない理由がある。

 胸ぐら掴んで、目を逸らしてるタツキを必死に説得した。


「ピエナちゃん撃退して、結局タツキまで消したら私、笑い話じゃ済まないんだよ!?」


 サークルチャットが大盛り上がりだったけど今回はお通夜になる。ミツハなにしてるのって話になっちゃう。

 本当に勘弁してください。間抜けにも程があります。

 タツキもわかってるけど、首を横に振っている。


「抜け道がなかった以上、不正使用での通報しかないって。

 明日も仕事だし、時間切れ待つくらいだったら潔くログアウトしたほうが社会的にもマシ」


「攻略サイトには『STP付与した方の罪が重い』って書かれてる。警告メッセージが契約書代わりみたいだから、タツキのアカウント停止だけじゃなくてキャラ削除まであるかもしれない。もうちょっと待ってよ、考えるから」


「二人で探しても他に方法見つからなかっただろ。

 ……じゃあどうする。正攻法ならここは穏便に抜け出せる。でも今更、俺とSTP消費出来る?」


 う。

 相手が課長だって分かりながら、タツキとそういうことが出来るかってことだよね?

 確かに体はキャラクターだし、ゲームの中の話だ。

 でも前回と決定的に違うのは、私は相手を知っていて、……相手が嫌いだってこと。

 悩んでると、タツキが私を見て自分の首に触れている。


「……な。俺のこと嫌いなのに、無理させる方が嫌なんだって。

 ログアウトさせて。ミツハが助けようとしてくれた気持ちだけで十分嬉しかったし、消えても後悔しないから」


 ミスして、追い詰めたのは私。

 新ステージ解放のために、毎日ノルマも達成しながら大切に育ててきたキャラクター。

 来月には高レベル対応エリアが増えるねってみんなで楽しみにしてたのに、ありえない。

 顔を上げれば画面操作してるタツキがいるから、必死に飛び込んで装備を掴んだ。


「やめて、タツキだったら出来るから。お願いだからログアウトしないで」


 ハイレシア系のホテルは誰にも会わないよう制作されてるから、メニューを開いて自分で装備解除した。

 椅子に座るタツキの上で下着だけになったけど、基本装備のブラとショーツは取れないみたいで解除項目が見当たらない。

 だから下着に指をかけて自分で下げようとしたら、気付いたら変わってる私の格好に赤くなったタツキに腕を掴まれた。


「待ったミツハ、よく考えろ。一呼吸置けって。また焦って判断ミスってるから絶対」


「ミスってない。考えたから脱いでる。タツキがロビーでするの嫌なら部屋行こ。今日は……5210号室だって。ほら早く来て」


 掴まれた腕を掴み返して、逆にタツキを引っ張る。

 エレベーターまで連れて行ったけど、扉の前ではまたタツキに腕を引かれた。


「ミツハ。……一崎。落ち着いて考え直せ。キャラ消えたってまたやり直せば良い。でも一崎自身が傷付いたら、その方が取り返しつかない」


 リアルネームで呼ぶの卑怯だと思います。

 ……私にだって、背が高くて顔はいいけど性格悪いメガネの蜷川課長が「自分としてもいいのか」って引き止めてることくらい分かってる。

 嫌味で厳しい顔ばかりで、喋るたびに叱られて、今も大嫌い。


 でも、私にだって引けない理由がある。


「タツキのことは好き。だから私が『タツキ』を消されたくない。

 新キャラ一から育てるの大変だって知ってるし、そもそも私を育ててくれた『タツキ』が消えるのが嫌!」


 私がこの世界に来てから一緒にゲームしてきた仲間で、いいな、って思ってた先輩。

 薄緑色の桜マークを使うのもタツキのためなら平気だって、苦しそうなイケメンキャラクターに真っ直ぐ向き合った。


「タツキも私のことが好きなら、もう『ラッキースケベキター』ってくらい考えて手、出してよ!

 体から始まる関係だってSHOT D RAINならありえる話でしょ!?」


「お前な」


「傷つくって言うなら『タツキ』がいなくなった方が傷ついて立ち直れない。

 だから、お願い……リカバーさせて。最後までやり通させて」


 指を伸ばして、エレベーターの開くボタンを押した。私だってもう引くつもりはないんだって、決意を込めて見上げる。


「……」


 タツキが考えて、考えて、苦しそうな顔で……それでもエレベーターに入ってくれた。

 上昇するエレベーターの中で言葉もなく一緒にいたけど……こんなとき自分も相手も鼓舞出来る方法が思い浮かんだから顔を上げた。


「あ、わかった。もしかしなくてもタツキ、日和ってるんだぁ?」


 煽り文句しか言わないピヨピヨぴよりーまちゃんの真似。

 PVPすると不快感レベル限界突破出来るって有名で、私も一度だけやらせてもらったけど負けたことよりも言われたことの方が悔しくて泣いた。でも絶対に上手くなってやるって誓った。

 ちゃんと高レベルプレイヤーだから出来る芸当だけど、目の前の相手はネタが分かるはずだから、頬に指を一本当ててぶりっ子振って見せた。


「高レベルプレイヤー様が腰の引けた位置で戦うのカッコ悪いっていっつも私に言うくせに、今日は射撃位置激下がりとか弾薬切れてますかぁ?

 ダウン怖くて遠くから豆鉄砲しか打てないなら低レベルと変わらないんだよって言ってたくせに、自分もリアルじゃ遠くからちゅんちゅん豆鉄砲とかどうかなー?

 振られるの怖くて遠くから見守ってたって、一生関係なんて変わりませーん、ぴよぴよビーム」


「……ミツハ。今煽るの禁止」


「だってリーダーたちと前線張ってる時は真っ直ぐボスに飛び込んで最高火力で銃火器打ち込むタツキが、いいって言ってるのに女の子には何も出来ないとか幻滅ぅ。だっふぁう」


 得意になって喋ってるのに、口を塞がれたから変な声が出た。

 ……エレベーターの壁に腕をついて覆い被さってきたタツキに、キスされてる。

 流石に言葉が出なくなった私から唇が離れて、イケメンイラストのタツキが恥ずかしそうに顔を顰めてるのが見えた。


「煽り慣れてない奴がこれ以上煽るな。お望み通り乗ってやるから。……ほんっと減らず口叩く……ゲームのせいか」


 課長こそキスで黙らせてくるとか、乙女ゲームの世界観ですか。

 エレベーターの中でキスしてくる上司にツッコミを入れたいのに、また唇を奪われると心拍数ゲージが跳ね上がってるから震えて、うまく言葉が出てこない。

 タツキの背後で到着の音が鳴ったと思ったら手を繋がれて、ますます顔が熱くなる。最前線で戦ってるプレイヤー様の度胸はすごいかも。煽ってごめん。

 5210号室の扉が開いたけど、私もこれ以上の攻撃は目が回って耐えられそうにないから、タツキが何か言い出す前にベッドに飛び込んで仰向けになって見せた。


「ん」


 可愛げのないおねだりになったけど手を広げると、真っ赤になったタツキがそれでも乗り上げて、覆い被さってくれるのに自分からキスした。

 あと、一時間。

 柔らかな唇が、何度も軽く重なる。

 別に嫌じゃないし、私からもさっきのお返しだって必死になってキスを繰り返していると、だんだん没頭してタツキ以外見えなくなってくる。

 キス攻めに息が苦しくなってベッドに体を預けると、少しだけ離れた私の前にはまだ苦しそうなタツキがいる。


「ぴよりーまちゃん。俺まだ日和ってるんだけど、本当に最後までしていい?」


「『はぁーん? その腰についてるのは飾りかいハニー。誰にも打ち込めないなまくらなら一生しまっておきな』」


「それ話題になったルミールのセリフ。……じゃあ最後まで付き合って、ミツハ」


 一流イラストレーターの描いたタツキが唇に触ってくるから、ゾクゾクして言葉が出てこなくなる。

 首筋に顔を埋めて肌にキスされると、普段絶対に感じない感覚に体がむず痒くなった。


「あっ、そ、そうだ。STP使ったチュートリアルって、全部終わると称号と勲章もらえるらしいよ。

 『黄金のハゲ儂flyHigh!』のリーダーがつけてた肩の勲章、そうだって書かれてた。『テクニカルプレイヤー』って称号なんだって」


「ご承知の通り、俺も今チュートリアル通りに動いてるけどさ。絶対つけない勲章も称号もいらないんだって……」


 必死に恥ずかしいの誤魔化したけど、チュートリアルのおかげで私も最後までダウンせずに戦えた。

 終わった今はタツキが苦しそうに息を荒げてるのを見て……私も全力疾走したくらい心臓がドキドキして、何も考えられない。

 ようやく落ち着いてきて、二人で言葉もなく呼吸を繰り返してると、視界の端にあった薄緑色の桜マークが消えてることに気づいたからホッと息が漏れた。


「ミツハ、マーク消えた……?」


「大丈夫、消えてる……」


 ベッドの上で脱力して、呼吸を整える。

 体にキスしてくれるタツキに気づいて、胸の奥がキュッと締め付けられた。


「もしかしてチュートリアル、まだ続いてる……?」


「……あ。ごめん、好きな子を前にして、我慢できてないだけ……」


 顔を見せないよう抱きしめてくるタツキの切ない声が胸を締め付けるから、私からも頬にキスした。

 驚いてドキドキしたけど、タツキがしたいなら今くらい良いかな、って思うのが不思議。普段のお礼かな。

 落ち着いてくるとやり遂げた感覚も強くなってきて、しっかり繋いだ手を見ながらつい笑ってた。


「タツキが消えなくて良かった。……ねえタツキ、来月は一緒に新エリア行こうね。エリミアちゃんがついに王子様に会いに行くの、見届けなきゃ。泣きストーリーがくるって話題になってたから楽しみだね」


「『来月は一緒に』とか死亡フラグ立てられてる気がする。

 ……んー、エリミアの旅立ちも気になるけど新ダンジョンも開放だから……俺はそっちの攻略優先かな。ストーリーは後で楽しむから、ネタバレは禁止で頼むわ……」


「じゃあまた全部終わったら、タツキに裏ボスのところ案内してもらおうかな。みんなのためにも頑張って見つけてきてね、リーダーもシナリオ先行タイプだし」


「あるといいけど、ファームエリアみたいに後日追加だったらどうかな……ん?」


 いつものように話しながら過ごしていたら、強制ログアウトの通知が来たらしくて目で追ってる。

 だって私の方にもそういうことしてる最中だけど、相手にログアウト時間が来ましたってお知らせ画面が出てきた。

 課長の方が仕事の帰りは遅いけど会社近くのマンション借りてるみたいだし、私はお風呂が長かったり身支度を整えるのに時間がかかったから今日は後からログインだった。

 時間を切られると、なんだか切ないのも不思議で……タツキのお見送りくらいしようかなって、お互いに装備を付け直した。


「タツキ、時間ギリギリだったね。こういう時って救済措置とかないのかな」


「流石にあるとは思う。いつもはもっと通知早いのに、今回は残り二分で届いたからAIが遠慮してくれたのかも。……ミツハ」


「ん?」


 呼ばれたから顔を上げたら、タツキがベッドに座る私に覆い被さって、顔を近づけて。

 ちゅって、キス、してきた。

 顔が離れたけど、タツキが驚いて身動きも出来ない私の前で嬉しそうに笑ってる。


「改めて、ミツハのことが好きだって思った。俺も好きになってもらえるように頑張るから……また明日、嫌だろうけど会社で」


 その言葉を最後に、目の前からタツキが消えた。

 慌ててメンバー表を見たけど、ログアウトって書かれてる。

 名前が消えてるわけじゃないし、強制ログアウトさせられただけみたい。


「……」


 キスされた感覚が、まだ唇に残ってる。

 胸の辺りが、変にくすぐったい。

 一人でハイレシアの部屋に残されながら、ログアウト間際にキスとか課長めやっぱり乙女ゲームかよって、ベッドの上に倒れ込んで、つい足をバタバタしてしまった。




 翌日の会社では、普通に挨拶して普通に仕事した。

 好きにさせるって言ってたのに、いつも通りの蜷川課長からは特にアプローチはない。むしろ何もないことこそ嬉しいかもしれない。面倒さゼロ、最高です。

 昼休み目前で書類を作っていると三井くんが戻ってきて、報告を受けた課長が営業たちに声をかけた。


「三井も戻ってきたし、そろそろ昼飯行くか。今日は奢るから外出るやつ」


 営業はたまに課長の奢りでご飯を食べに行っている。

 家庭からの愛妻弁当持ちの営業は残念だけど、独身組はいいお店に連れて行ってもらえるから喜んで手を上げた。


「電話番は」


「行ってらっしゃーい」


 いつものことだから手を止めずに返事する。

 私は皆が帰ってきてからコンビニに行こうかなって考えて、新作のプリンを思い浮かべた。

 コンビニの入り口に大きく季節限定って書かれてたやつ、たっぷりのクリームが美味しそうだったんだよね。あっさりしてていくらでも食べられる系かな。書類終わったら自分へのご褒美に買おうっと。


「電話番は蔵前に頼もうか。たまには一崎も一緒に行こう」


 蔵前さんは愛妻弁当持ちの営業だ。

 なんか一崎も一緒にって言われた気がするけど、気のせいかな。

 ……って思ってたら、三井くんが肩を叩いた。人懐こい笑顔で喜んでる。


「一崎さんとお昼行く機会ってなかなかないよね。一緒に行こうよ」


 ……え? 今まで一度もなかったのに、今日、今から?

 衝撃の展開に、開いた口が塞がらない。

 もちろん昨日『良い上司宣言』はされた気がするけど、奢ってくれとは一言も思ってない。

 むしろ一人で食べるの好きだから大丈夫です。大勢でお昼食べるの面倒だし、営業と行くの気を使います。


「顔に『行きたくない、面倒臭い』って書いてあるけど、出産で産休中の東川チーフとはよく行ってたのに一崎だけ誘ってないのもおかしいって思い直したんだ。ほら行くぞ」


「え、嫌、いいです。コンビニで季節限定プリン買うんで。営業だけで行ってきてください」


「じゃあ帰りにそれも奢るから。三井、連れてってくれ」


 何事。

 三井くんが誘ってくれるから、強引な課長に連れられて食事に出た。

 営業が見つけた美味しいお蕎麦屋さんはお昼だけど混み具合はそこそこで、穴場だって課長に話してた店らしい。

 みんなでお座敷席に着いたけど、課長は別の営業と話してる。私の隣にいる三井くんは嬉しそうにメニューを広げて手招きするから、二人でこっそり隠れた。


「一崎さんが休戦したから、みんなで仲良くって課長も気を使ったんじゃないかな。お昼一緒に出来てよかった」


「ええー。別に課長以外とは仲良いと思うよ。こうやって一緒に行ってもあんまり話すことないし、飲み会だとお酒入ってるから全部忘れてくれるけど、今はそうじゃないから変に緊張する」


「じゃあ慣れてる俺とだけでも話そう? 一崎さんと一緒にお昼行けるのだけでも嬉しくて。

 あ、蕎麦プリンあるよ。頼もうかな、一崎さんもどう?」


 笑顔で喜ぶ優しい同期に促された私も、打ち立てのお蕎麦とプリンを一緒にお願いした。揚げ物もセットを頼んで、三井くんと半分こする話がついた。


 営業たちの話は賑わっていて、課長相手でも変に持ち上げたり気にするそぶりはない。仕事の話も、家庭の話も、なんでも和気藹々としている。

 話題は下ネタ多めの飲み会よりもお昼向きで、意外にいい雰囲気だった。部下にも慕われてるのはヒーラーちゃんも言ってた通り、面倒見いいからかな。大内さんと赤澤さんも、上司に気兼ねなく二人で話している。


「赤澤は彼女と長いよな。そろそろ結婚するって聞いてたけどどうなった?」


「ついこないだ振られたんですよ。彼女が浮気してて。ゲームで出来た男にゾッコンで、浮気に気付かないまま破局。

 もうおわったーって土日は飲み明かしました」


 二つ年上の赤澤さんがため息まじりに話す内容を、聞いてないフリしながらお蕎麦をいただいた。

 パリパリの紫蘇の天ぷら、よく合う。あ、三井くんさつまいも好きなんだ。甘くて美味しいよね。ずず。


「彼女、政府が運営してるVRゲームの中で男と関係持ってたって言うんですよ」


 今お蕎麦を啜るのはやめよう。噴きそう。

 つい昨日私とそういうことした人を盗み見たけど、背が高くて顔もいいけどメガネで性格悪い課長は、蕎麦茶を口にして別の部下と話してる。よかった、聞いてないみたい。

 視線を戻したけど、目の前では人生の終わりみたいに赤澤さんが天を仰いでいる。


「あー……赤澤はゲームしないって言ってたな。そりゃ気付かないよな」


「そろそろ結婚したいんで見合いにも今度行ってくるんですけど、ゲームのキャラクターに浮気って。どうせ現実知って幻滅するって言っても聞かなくて参りました」


 思い当たる節しかない。現実知ったら大嫌いな人だった件について。彼女さんもオフ申請して、いずれ後悔するのかな。


「そうだ、一崎さんはフリー?」


「あ、はあ」


「俺とかどう? 趣味はテニス。そこそこうまいから教えるし、一緒に始めてみない?」


 返事に困るやつがきた。なぜ私。

 女子社員ならままある話だとわかっていても、赤澤さんの体育会系かつ陽キャっぷりが私と合いそうにない。

 どうやってノーを突きつけようかと目を逸らすと、隣にいる三井くんが私に海老天を差し出した。


「駄目ですよ赤澤さん、せっかく来てくれた一崎さんからかっちゃ。二度と来てくれなくなりますよ。

 はい、一崎さんには一番美味しいのどうぞ」


「え、三井くん、海老天は私いいよ、食べて。……あ、じゃあ私カボチャが欲しいな。いい?」


「もちろん。はい、どうぞ。ここ天ぷら美味しいよね」


「サクサクでおつゆにも合うよね。美味しい」


「そうだよな、俺より三井の方が好かれてるもんな……っくう、目の前でイチャイチャされた……っ」


 すみません赤澤さん。私も現実に付き合うなら三井くんかな。うん。

 三井くんは優しくて、物腰も柔らかくて、でも芯の通った性格で物怖じしないからはっきり言えるタイプだ。

 営業先でも人気だし、新入社員のグループワークでもリーダーシップがあって頼りになった。こうして一緒に食事してても楽しいし、ほのぼのする。


「課長も彼女いなくなってから長いですよね。そろそろいい人出来ました?」


「あー……仲良い子はいたけど最近振られた」


「同士……っ」


 振ったの多分私だよね!?

 でも会社の冷え切った関係しか知らない営業たちは盛り上がって、見知らぬ女性を思い描いているからよしとした。まさか目の前に『仲良い子』がいるとは思ってもいない。

 根掘り葉掘り聞かれても恥ずかしがって答えない課長をよそに、私は三井くんと楽しくお昼を過ごした。

 帰りはコンビニに寄らせてもらえたから、約束通りプリンを奢ってもらう。一緒にお茶もお願いしたけど快く買ってもらえた。

 会計中にお礼も伝えたけど三井くんを探すと別の営業と喋ってるから、課長から袋を受け取って仕方なく隣を歩いた。


「……今日はどうして急に誘ったんですか」


「ん? 一崎に『会社とオフでは指導方法が違う、仕事は聞き入れづらいけど理由が分からない』って聞いたから」


 確かに昨日尋ねた。

 タツキなら受け入れられるのに、課長が嫌いなのは何が原因か。俺に聞かれてもって言われたはず。


「サークル内では叱った後でも一緒に遊びに行くし、共有出来る楽しい思い出がある。

 営業ともこうやって昼一緒したり飲みに行ったりするけど、会社にずっと留守番させてる一崎とは交流がないから叱りっぱなし。

 普段の話も何も知らないから、余計に嫌いやすいのか……って気づいたから、今日は誘ってみた」


 考えてくれてるとすら思ってなかった。

 ただ奢って機嫌を取ろうとしてるわけじゃなくて、課長も一応気にかけてはくれたのか、って複雑な気分になってそっぽを向いた。


「今更点数稼ぎですか」


「言い方悪いけど、そうかもな。プリンで何点稼げそう?」


「……0.1点」


「じゃあ百点まではあと千回か。先は長いけど努力するから、気長に頼む」


 ゲームでは確かにタツキにお世話になって、遊んでもらって、ずっと一緒かもしれない。

 でも課長は三井くんよりも話さないし、一緒にいたところで会話もなかった。しても仕事の話しかしたことがない。

 こういう積み重ねかもって思ってるそばから、別の営業に声をかけられて先を行くから見送った。

 三井くんが代わりに戻ってきて、隣を歩いてくれる。


「一崎さん、お蕎麦屋さん楽しかったね。うーん、今日はお昼からも頑張れそう。

 ……ねえねえ、一崎さん。よかったらなんだけど」


「うん」


「今度、休みの日に一緒に遊びに行かない?」


 え。

 人生初かもしれないお誘いに、どんな顔をしていいのかわからない。

 それでも三井くんを見上げると、照れて赤いイケメンは私と目があった後、少し顔を逸らした。


「その……一崎さんとこうやって食事したりするの、楽しいし。もっとプライベートでも一緒に過ごせたらなって、思ってて。

 よければお試しで……遊びに行くだけでも、だめかな」


 季節は梅雨も越えて、そろそろ夏に差し掛かる。

 一夏の思い出が開幕しそうな三井くんの声掛けに、さっきまで点数稼ぎしていたはずの課長の背中は、かなり遠かった。

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