第3話 政府AIが選んだ相手
翌朝の仕事はやっぱり、嫌いな蜷川課長と会った。
直属の上司だから、毎日会うのは仕方ない。
けれど、私にはタツキがいると思えば少しは日常生活もマシになった。
一晩経ったけど、STP対策のおかげで深い関係になれたことが、仕事中でも励みになっていた。
オフ申請、どうしようかな。
ゲームの中の顔しか知らないけど、タツキってどんな人なんだろう。
会ってみても良いかな……メッセージは携帯端末から開けるから、タツキが仕事の合間に開けてみたら、私からもオフ申請が飛んで驚くかな。
「一崎、お前コピー機でゴミ量産してるぞ」
「えっ、あれ、嘘っ!?」
A4の1ページに裏表印刷のつもりが、A4表面に2ページを印刷していた。
見つけた蜷川課長がすぐに止めて、怒られて、外部に出しちゃいけない書類だから全部シュレッダーになった。廃棄も結構時間がかかりそうだ。
「うう、紙ベースじゃなくなれば良いのに」
「社長に直接文句言えるなら言ってこい。無理なら印刷前に一度考えろ。本当に集中力がないな」
心の狭いチクチク上司がまた嫌になる。
シュレッダーも旧式で十枚ずつしか出来ないから必死にやっていたら、外から戻ってきた三井くんが紙束を突っ込んでる私を見て気づいたらしく、手を差し伸べてくれた。
「一崎さん、俺も手伝うよ」
「三井くん」
優しい三井くんがタツキなら良いのに。
今日も親切な同期が優しく笑顔を見せてくれたけど、でも営業帰りでまだ机にも向かってないから、私も申し訳なくて彼の席を指差した。
「いいよ、蜷川課長見なくて済むから、ここでシュレッダーしてる。先に鞄置いておいでよ」
「じゃあ……お言葉に甘えて課長に報告だけ入れてくるね。
一崎さん、ちゃんと俺の分も取っておいてよ」
やっぱり三井くんは優しいなあ。
小さく手を振って見送ると、ため息と一緒に紙をシュレッダーにまた掛け続けた。
ガガガガ音を聞きながら罪深いA4用紙を見つめていたけれど、単調な作業が暇になってきて、つい携帯端末に目をやっている。
……こんな気分、いつもタツキと一緒なら吹き飛ばせる。
銃火器を手際よく切り替えて戦うタツキはカッコいいし、私も支援してて楽しい。
でも勇気を出して投げてくれたオフ申請なのに、私は押せないまま放置。
初日だから許されるけれど……このままだと、一緒にいるのが気まずくなるかもしれない。
STP溜まってるみたいだし、ヒーラーちゃんとか可愛いって思い始めて、誘っちゃったらどうしよう。
ヒーラーちゃんはプレイヤー名がヒーラーちゃんなのに、バックパッカーになってたら。私と役割チェンジしちゃう。
……タツキのそばにいるのは、やっぱり私がいい!
「……っ」
もう思い切って、シュレッダーの紙を放り込むついでに開封ボタンを押した。
警告メッセージも出たけど『本当に開封しますか』だから、指が当たったことにした。
ピコーン。
……開封と同じタイミングで、営業部のどこかから音がした。
「あれ、三井。携帯鳴った?」
「鳴りました。ええと……メッセージみたいです、すみません」
こんな偶然、ある?
心臓がバクバクで、携帯端末に目を向けるのをやめられない。
まさか。
まさか三井くんが、タツキ……!?
もうシュレッダーの機械のことも忘れて、携帯端末に浮かぶメッセージの文字を追う。
ーーーーーー【オフ申請受諾】ーーーーーー
プレイヤー名【タツキ】
氏名【蜷川達紀(にながわ たつのり)】
住所【× × × × ……】
連絡先【……】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
三井くんじゃなかった!!
蜷川だ。苗字がしかも蜷川だ。
偶然にも程があるけど今見たくない。大っ嫌いな課長と同じ苗字とか、タツキに悪いイメージがついちゃう。
……ああでもタツキ、タツノリなんだ。漢字が達紀でタツキって読めるから、プレイヤー名にしてるんだ。
なんとなくショックを受けながらも、まあいいか、蜷川ってそこそこいる苗字みたいだし、ってネット検索しながらシュレッダーに取り掛かっていると、課長が咽せてるのが聞こえた。
よく分からないけど、ははん、ざまあみろって心の中で笑ってしまった。嫌いな上司がいる人はわかるはず。
でも蜷川。蜷川かぁ。……課長のこと思い出すから、タツキはやっぱりタツキって呼ぼうっと。
三井くんじゃないのは、それはそれで楽しみが出来たかもしれない。
タツキの連絡先もわかったし、今日は帰ったらメッセージだけでも送ってみようかな。
浮かれながらもそろそろ抱えていた紙ゴミも少なくなってきたから、最後の一投を終えてデスクに戻る。
書類を再印刷しようと端末をいじっていると、課長が隣に座った。
「え。なんですか課長。再印刷するのに監視ですか。いらないです」
「……一崎。フルネームは」
「一崎蓮花です。部下の名前も覚えてないなんてひどくないですか?」
課長が、そっと自分の携帯端末を閲覧可能モードにして差し出した。
ーーーーーー【オフ申請受諾】ーーーーーー
プレイヤー名【ミツハ】
氏名【一崎蓮花(いちさき れんげ)】
住所【× × × × ……】
連絡先【……】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
呆然と、目の前の嫌いな上司にも目をやった。
みるみる赤くなって、背が高くて顔もいいけど性格の悪いメガネ上司が、首を押さえている。
「一崎、お前、……まさか、ミツハ?」
……この日、営業部にはとんでもない悲鳴が響いた。
ゴキブリが出たと蜷川課長が誤魔化してくれたけれど、机の下からは本当にGのご遺体が出てきて、さらに女子で大騒ぎしてしまった。
課長が手早く処分して英雄になったけれど、私はもうそれどころではない。
みんながデスクに戻る中、課長を指差したまま、腰が抜けて椅子ごと立てなくなっている。
「た、た、た、た、たったた」
「一崎」
「あいぃっ」
「……俺が悪かった。今日は奢るから飲みに行こう。そこで全部話そう。
あと、頼むから仕事してくれ」
いやだああああああああああああああああああああ!!!!
……こうして、私のフルダイブ型VRMMO、SHOT D RAINと現実が融合し始める。
苦手で嫌いな上司の蜷川課長こと、同じサークルメンツのタツキと出会った私の未来がどうなるのかは。
結局同じ設定で再印刷を掛けてしまい、シュレッダー書類を再び大量生産した現段階の私は、知る由もない。
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