第9話 お誘い
遅刻状態で会社に行くと、真っ先に蜷川課長に頭を下げた。
背が高くて顔もいいけどマスク姿でメガネの上司は「いいよ」って笑ってくれた。
「ダメだ一崎が終わったって、社内で持ちきりだった。無断欠勤したことなかったから、部長なんて『状況が状況だから安否確認を警察と一緒にして来い』って言い出して。俺が行く予定だったけど、会社出る前に連絡もらえてよかった」
「すみません、すみません、寝過ごしただけです。本当に申し訳ございません」
「残業増えてて疲れてたんだろうけど、以後気をつけるように。柴松課長とのことも解決済みだし、部長からも叱ってもらえたから安心して。さ、席に戻って」
蜷川課長からは何度も電話とメッセージが来ていた。
来るはずの部下が連絡なしに来ないから焦ったはずなのに、いつも嫌味な上司が穏やかに受け止めてくれるから申し訳なくなる。
素直に『寝坊しましたごめんなさい』って打ったけど『無事が確認出来ただけで安心したから、こっちは任せてゆっくりおいで』なんてメッセージだけ返してくれたから、会社への行きづらさも緩和した。
どうやら会社に出社しなかったことで、退職したがってる説にも信憑性がついたらしい。
隣の椅子に座った三井くんからも部長や蜷川課長がバタバタしてた話を聞いて、恥ずかしくなってしまった。
「柴松課長がいる間、大変だったね。俺たちは外に出られるからまだマシだけど、一崎さんは一番そばにいて怒られてたから心配してたんだ」
「もう大丈夫だよ、気にかけてくれてありがとう。三井くんも駆け回らされてて疲れちゃったよね、お疲れ様」
「俺は平気。一崎さんもたくさんトラブルあったと思うけど、元気出してね。気にせず今日もやってこう」
優しい同期にも慰めてもらって、私も今日は仕事に没頭した。
だって定時には上がって、絶対に新エリア行きたい。
二日ログインしてないだけで十時間分を損した気分だから、遅刻した分も取り戻さないとって夢中になって仕事の端末と向き合った。
課長も気にして終業の声を掛けてくれたから、定時帰宅も無事に成功。
家の中のことを全部済ませてベッドに横になると、11Gシートを貼ってすぐにログインした。
サークル拠点に入ると準備中だったらしいヒーラーちゃんがいて、手を振ってくれる。
「ミツハだー! どうしたの、アプデ後から来なくなっちゃったから心配してたんだよー。
もしかしてタツキから連絡きた? オフ申請してるはずだからメンテ終わってるよーってメッセージ打ってってお願いしたんだけど……」
「ご心配おかけしました。会社でトラブルがあってログイン出来なくて」
「社会人あるあるー。お疲れ様でしたっ。
ねね、ウインドキャッスルエリアね、すごいよ。時間掛かっただけあるから行っておいで。私も今から進めてくる。またねっ」
いつも周回で集まってたけど、新エリアが出来たから拠点はほとんど人がいない。
私もログインの挨拶してすぐに転移石から移動すると、エリア初到達だから導入ムービーが流れた。
一面に広がる緑の森と、白い石の荘厳なお城が鳥モンスターの視点で見える。
小鳥が飛び、爽やかな風が吹くエルフの国、ウインドキャッスルエリアがどこまでも視界に生成されて広がっていく。
街には美男美女のエルフが歩いている。
エリア専用の動物が森には息付いて、綺麗な声で鳴いている。
可愛いウサギが駆け回り、新種の獣が森の中で吠えている。
すごーい!!!
今までのエリアも感動したけど、最近洞窟周回メインだったから、森に着地して枯れ草を踏む音にすら感動した。
早速イベントが発生したけど、導入からワクワクする巻き込み型の展開に興奮しきりだった。
一流シナリオライターってすごい。今回もシナリオは神。間違いない。
幼い女の子を助けるシーンで、私は居合わせたバックパッカーとして戦ったけど、高レベルエリアだから苦労して倒した。
これは、周回でレベル上げてなかったらダウンしてたかも。
槌も新調しようかなって思いながら、助けた女の子にお礼のどんぐりをもらって、手を繋ぎながら街に到達した。
市場には新しいアイテムがたくさん増えてる。
エルフの女の子とは一旦別れたけど、市場はウインドウの説明見てるだけでも楽しい。
バックパッカーはアイテムを豊富に持って使える職業で、組み合わせ次第でアイテムの使い方も無限大だ。
一度だけ指示が出せる精霊の小瓶が入荷してるから、遠距離でも狙った位置に回復薬落とせるか試すためにも購入した。
お店を出ると、サークルチャットに文字が盛んに流れてるからログを追う。
『お疲れ様でーす。ミツハ奪還ミッションクリアしてきましたー。
ってなわけで本人のログインも確認出来たし、俺も早速ウインドキャッスルエリア潜ります』
タツキがサークルメンツに挨拶して、お礼とか色々言われてるから私も参加する。
リーダーやヒーラーちゃんたちだけじゃなくて、短気なドラゴンライダーさんも心配してたってチャットに感動してたら、タツキが転移石から出てきた。
「お。話してるうちに本人発見」
「タツキ、お疲れ様。休み明けだからログイン遅くなるのかと思ってた。無事に来られてよかったね」
「ゲームしたくて仕事に身が入りませんでしたー。なんてね。病み上がりだし早く帰ったよ」
「私もゲームしたいから今日は仕事頑張った」
個人チャットに切り替えて周囲に聞こえないようにすると、タツキの前で得意げにピース。
『どう、今日はノーミスだったでしょ。いえい。私もやれば出来るって課長も見直してくれた? ん?』
『初手の大遅刻は?』
『あ、すみません、ノーカウントでお願いします』
ご迷惑おかけしました。
部長も『新卒の女の子一人暮らしなのに、部屋の中で亡くなってるんじゃないか』って社会的責任を柴松課長に相当叱ってたみたい。
蜷川課長も何回も電話したり、親にも連絡取れないか聞いてくれてたらしい。道理でお母さんからも電話かかって来てたわけだ。
昼休みにメッセージ打ったら『会社に来ないって連絡あったから電話しただけ。遅刻でしょ?』って返事がきてたから『うん』って送って、やれやれマークが返ってきた。
親は娘のことなんてお見通しだったけど、タツキは困り顔だ。
『実は俺もちょっと焦った。寝坊説九割だけど、やっぱり嫌になった説も一割アリかなって』
『違いますー。ちゃんとタツキのおかげで回復したし。ゆっくり休んでって言われたからゆっくり休んだだけですー』
『なるほど、俺の指示通りか。なら仕方ないな』
ピュルリー。
タツキと広場で話してると、綺麗な鳴き声が辺りに響いた。
声の元を探すと、木の葉と木の実がモチーフになった小さな鳥を肩に乗せてる人がいる。
羽ばたいた鳥が主人の周りを一周すると、再び肩に降りて羽繕い。その仕草があまりにも可愛くて、他の人も釘付けで騒いでた。
「ねえねえ、あれグランディエメレのペットじゃない?! 育成出来るって話題のやつ!」
「いいなー、うちの知り合い一回目でリスもらえたって。見せてもらったけど可愛かったよ」
「新設のペットにガチャ要素入れてくるとか、運営も本気だよね」
こういう時は攻略情報のリサーチが早くて、解説がわかりやすい上級者サークルのメンツに声をかけるに限る。
『サークルのどなたかー。私まだ攻略情報見てないんですけど、新要素のペットについて何か知ってます?』
『ハイソサエティがメイクラブするためのホテルでやること終わると生まれる愛の結晶でーす』
『ハイレシアは利用特典がエンブレム? だけど、グランディエメレでSTP消費したらペット一匹貰えるんだってー! リア充は爆散希望のヒーラーちゃんより』
『中身完全ガチャっていう鬼畜仕様だけど、何度でも入手可能だから入り浸ってるやついるらしい。溜まってたSTPに意味が出たって話題沸騰中』
『ミツハついこないだハイレシア探索だけで終わったんだったら、グランディエメレにタツキと行けば入手早いと思うぞ』
思わずタツキを見上げたけど、目を逸らされた。聞こえませんでしたみたいな顔されたって、チャット欄に流れてるはず。
「まさか欲しいって言い出さないよな」
「欲しいけど、それは……遊びに行ってから決める。タツキとお付き合いするってなったら付与お願いしようかな」
恥ずかしそうに首を触る一流イラストレーターのイケメンが映る私の視界には、桜マークがない。やっぱりゲームとはいえ運営からSTPが付与されるのは条件が厳しいのかもしれない。
でも赤澤さんの彼女がゲーム内に彼氏を作って別れた話もあったし、私だって三井くんとお付き合いする可能性があるのに、タツキとゲームの中で隠れてそういうことするわけにいかない。
次があるのなら、タツキとお付き合いするって決めたあと。
それか三井くんとお付き合いするなら一緒にゲームして遊ぶのもありだと思ってる。
三井くんは不慣れでも趣味に付き合ってくれそうだし、初心者育てるのも楽しいよね。うん。
必死に考えてるうちに個人でチャットが飛んできたけど、約束の件だって気付いただけで変に心拍数ゲージが上がった。
『俺の風邪も良くなってきたし、三井も返事待ってると思うから、今週か来週の土日でどう?』
照れくさそうなタツキからお誘いされたから、私もスケジュールを開く。
『えっと……来週の土曜日なら大丈夫だよ。どこに行く? ちなみに三井くんは某有名テーマパークだった』
『ならおすすめの水族館見つけたから、俺はそこで勝負させて。もちろん一崎が他に行きたい場所があるなら変更可』
水族館。サバゲーって言われてもOKだったのに、タツキが可愛い場所選んできた。
蜷川課長は意外に乙女チックなのかもしれない、だって乙女ゲーっぽい時あるし。……ってログアウト直前にキスされたのを思い出しながらタツキの唇を見てると、笑ったから慌てて目を逸らした。
「細かい打ち合わせはゲーム後にしよう。エリミアのクエスト、スタート地点がちょっと奥まった場所で分かりづらいらしい」
「あっ、そうだよタツキに構ってられない。
すぐに装備整えてエリミアちゃんのクエスト探さなきゃ、行ってきます!」
手を振って見送ってくれたタツキと別れたけど、リアルは二十四時間あってもゲームは最大五時間しかログイン時間が与えられない。今は目一杯楽しまなきゃ。
……その後はとにかく楽しくて、強制ログアウトが惜しくなるほど濃密な時間を過ごした。
先行してるリーダーからサークルチャットに最後『エリミアたんは俺の嫁』って流れたと思ったら『王子のです』って別のメンツが何人も返してて笑った。
そのまま現実に戻っちゃったけど、すっごく楽しくて終わってもまだドキドキしてた。
攻略情報調べてたらタツキからもメッセージが送られてきて、水族館を満喫する予定が組み上がる。
ベッドに寝転びながらホームページの写真や動画も見たけど、かなり大きなところで一日じゃ足りないくらい広いらしい。
……来週、ついに課長と遊びに出かけるんだって実感が少しずつ湧いてくる。
私もお出かけ先を想像しながら指を組んで、たった一つだけ神様にお祈りした。
リアルで会ってみたらお通夜で、課長と『休日出勤状態』にだけなりませんように。
遠出で上司と無言空間共有とか、きっと誰もがお断りなやつのはずなので、どうかお願いします神様、ってこれだけはめちゃくちゃお祈りした。
ゲームでは仲良いけど、リアルではそう喋らない相手と休日に遊びに行くのが不安でドキドキするのは、きっと誰もが共通事項のはず。うん。
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