第10話 約束の日

 その後も新エリアの新シナリオに新アイテム、新イベントの布告まで来てゲームは大盛り上がり。

 年末はサークル対抗PVP戦なんてものが始まるらしい。半年以上前にお知らせが出るとか、相当熱が入ってるってサークル内でも話題になった。


 私も日常生活を過ごすうちに、あっという間に課長との約束の日が来た。

 集合場所に指定された駅近くの時間貸し駐車場に向かうと、黒い車にもたれかかって携帯端末いじってる男の人がいた。

 背が高くて顔はいい上に今日はスタイリッシュな格好でキメてるメガネの課長が顔を上げたけど、一瞬モデルかと思ってドキッとした。

 違うあれは課長がスーツじゃないだけ、って慌てて打ち消して会釈する。


「おはようございます、課長。今日はよろしくお願いします」


「おはよう、一崎。……夏服可愛い。淡い色がよく似合ってる」


 ショッピングAIに『上司と夏のお出かけ』って伝えて用意してもらった大人のデートコーデだけど、褒められると変に恥ずかしくて睨んでしまう。意外にタラシなんだろうか。


「課長、ゲームでも新衣装普通に褒めてましたよね。今もスラスラおだてるからびっくりしました」


「え。あ、ごめん。姉貴に叩き込まれてるから会ったら服褒めるのが常識だと思ってた。許して」


 なるほど、お姉さんの影響か。

 三歳の姪っ子もいるって言ってたし、課長も家に帰れば普通の人なんだって、お姉さんの尻に敷かれてるエピソードを想像するだけで笑ってしまった。


「じゃあ早速で悪いけど助手席に乗って。渋滞予測されてるし向かいながら話そう」


 休日の高速道路は混み合うものだって知ってるから、促されるまま私も車に乗り込む。

 運転は社用車で慣れてる課長にお任せだ。助手席の安全装置をロックしたらハンドル握った上司を見たけど、疑問もあって声をかけた。


「そうだ課長、今日はなんて呼べばいいですか。部下と出掛けてるってあんまり知られないほうが良いですよね」


「あー……なら『タツキ』でいこう。苗字は呼びづらいだろうし、ゲームと同じ名前で呼んだ方が一崎も遠慮しないはずだから」


「え。リアルで呼んでも良いんですか」


「いない名前じゃないから気にしなくて大丈夫。いつも通り話してもらった方が俺も気楽だからそうして、ミツハ」


「OK把握」


 ゲーム内っぽく喋ると、許可してくれた課長も面白そうに笑った。

 私も気楽になったからシートに身を預けると、半自動運転で下道を走るタツキが信号で止まってから私に目を向けた。


「逆に一崎はミツハじゃなくて『一崎』のままでいい?

 サークルの誰がどこにいるのか知らないし、リアルタツキとリアルミツハが一緒に歩いてたって見かけられても困るから苗字の方が良いかなって」


「うわ、ありえる。一崎でお願いします」


 サークルメンツが近くの店の店員でしたパターンも稀にあるって聞いたことがあるから、すぐに許可した。苗字呼びならお互いに分かりやすいし慣れてる。

 こんな感じで移動中の車内はお通夜になんてならず、特にゲームの話で盛り上がった。

 サークルメンツのことも、新エリアのことも、ダンジョンの裏ボスの話も聞けたから、実は時間が過ぎるのも忘れてしゃべってた。

 趣味が合うのは強いかもしれない。悔しいけど古参タツキと一緒に過ごせるの楽しかった。


 途中休憩でサービスエリアにも寄ったけど、買うか悩んでたローカルアイスを奢ってもらえた。

 部下に奢り慣れてる課長のご厚意だから、遠慮なく頂いた。結構美味しい。


「俺も旅のお供にコーヒー買ってくる。悪いけどちょっと待ってて」


「はーい、いってらっしゃーい」


 別行動でブレイクタイム。

 私も一人でさわやかな高原の風に包まれて、良い景色を満喫してた。なかなか来ない場所だから全部新鮮だ。

 大きな休憩所だから下にも繋がってて市場がある……って探索してたら、サービスエリアの看板に『恋が芽生える街へようこそ』って書いてあるのに気づいた。


 何あれ。


 呆然と眺めてたら、コーヒー片手に戻ってくるタツキを見つけたから手招きして呼んでみた。

 このサービスエリアを選んだのはタツキだから、わざとなのかまぐれなのか判定してやろうと背景にして二人で写真撮って見せたら、衝撃を受けて二度見してたからわざとじゃないみたい。むしろニヤニヤ顔の私が邪推してるのに気付いて恥ずかしそう。


「少子化対策にそこらじゅうにあるよな、恋の街。恋の鐘も恋の鍵も結構メジャーだし、むしろない場所の方が少ない」


「えー休憩場所にわざわざ『恋が芽生える街』選ぶなんて、タツキがちょっとずつでも刷り込みたいのかなって思ったんだけど違うのー?」


「見せるだけで芽生えるものだったら苦労しないって。運転中に看板そこまで凝視しないし気付いてない。……一崎はほんと細かいところにまで目端が利くよな」


「ふふっ、照れて必死なタツキ珍しーおもしろーい。

 ねね、記念にもう一枚写真撮ろ? はい、チーズ」


 二人で今度はピースした写真がうまく撮れたから、タツキの携帯端末にも送信。

 何これ仲良さそう。普段見ないくらい課長の顔赤いし笑っちゃう。


「本当に俺のこと嫌いなのか聞きたいくらい楽しそう」


「……」


 あれ、私課長のこと嫌いなんだよね?

 自撮りした笑顔全開の写真を見ながら、すでにドライブデートを楽しんでる自分に気づいて衝撃を受ける。

 どう見たって隣にいるの課長なのに、タツキって呼ぶだけで好感度引き継ぎやばいかもしれない。

 顔を上げると赤くなった課長が首に手を当てて自分の端末いじってるのに、前よりもずっと中身が『タツキ』だって浸透してる。


「よし、休憩出来たら行くか。車内で食べてていいから、他にも何か買う?」


「あ、う、ううん。もういこ、渋滞伸びちゃう」


 助手席に座ると改めて運転席を眺めたけど、やっぱり指示出しっぷりとかは蜷川課長。……でも嫌じゃないのは、会社でスーツじゃないから印象違うのかな。

 アイスを齧る間も見つめて黙々と考えてたけど、今度のPVP戦の話が始まって、興味はそっちに惹かれてしまった。趣味が合うのがやっぱり強いかもって、運転中のタツキとの会話も弾んじゃった。

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