幕間

第16話 ドライブデート(前編)

 夏も佳境、我が社はお盆休みに入った。

 お互いに実家に戻ってたけど、今日はタツキに一日もらってドライブデートに出かけてる。

 人は多いけど観光地を一緒に巡るのが楽しくて、終了予定の時刻になっても「まだ帰りたくない」ってお願いした。

 夕方にはいつも解散してたけどタツキもいいよって言ってくれたから、晩御飯も食べてから帰路に着いた。


 でも予想外の渋滞にハマった。

 しかもかなり長い列だったから、全然進めず夜中になった。

 助手席で必死になってルート検索してるけど、うまく帰れる道がなくて今も四苦八苦してる。


「えー迂回路全部潰れてる。

 下道もいっぱいだしどこも渋滞とかどうしよ……」


「工事渋滞に色々重なったな……ふあ。

 一崎、悪い……強力なエナドリ入れないときつそうだから、一回コンビニ寄らせて。

 このまま乗ってても道開ける気しないし、次のインターで降りるわ」


 私も検索かけたけど、インターで降りれば近くにコンビニがある。

 でもサービスエリアはもっと遠い。


 運転慣れてるタツキでも流石に疲れて眠くなってるの分かるから頷いた。

 ずっと運転してくれてるから、私だって何かしてあげたくてミントガム差し出したけどそれしか出来ない。


 地図と睨めっこしながら『高速で眠い時は危ないから駐車場借りて寝た方が良い』みたいな情報も思い出して、必死に検索をかけ続けた。

 目の前に天の助けと言わんばかりのピンが立ったから、停車中のタツキにも開示設定で見せる。


「ねえタツキ、ちょっと寝た方が良いと思うし今日は泊まろう?

 インターの近くにホテルがあるよ」


 空室ありのビジネスホテルが見つかった。まさに渡りに船ってやつだ。

 けどタツキは反応が渋い。首に手を当てて困惑してる。


「いや、一泊は流石に……寝なくても帰れるから大丈夫。

 渋滞とはいえ長引きすぎたら一崎の親御さんも心配するだろうし、エナドリで十分だから」


「お母さんに現在地送ったら『ゆっくり帰っておいで』って返信きたよ。

 それに疲れたままで運転する方が危ないでしょ。

 別にいいよ、泊まっても。短時間の休憩料金とかあるみたいだから、ちょっと寝て楽になったら行くでもいいし」


「休憩?」


「とりあえず一泊でポチったから、ちゃんと寝てから帰ろう?

 明日もお休みでやることないってタツキも言ってたと思うし。ね、お願い」


 話してる間に決済完了して、部屋も無事に取れたし見せる。

 タツキが停車中に詳細を見て、そっと目を逸らした。


「一崎、いいか。ボタンを押す前に確認しろとあれほど」


「なんで上司モード。ちゃんと確認したよ。

 いつも運転してもらってて悪いし、私からもちょっとくらいお礼させて」


「休憩があるビジネスホテルはないんだ」


「お父さんがいいビジネスホテルは休憩だけ出来るって言ってたよ。

 インター近くの好立地に立ってるやつはだいたいそうだって、子供の時に聞いたら教えてくれた」


 なんでタツキ沈んでるんだろう。部下に奢らせたの気にしてるのかな。

 コンビニにも予定通り寄ったけど、理由はホテルに到着してお部屋に入っても分からない。お部屋も広いし、やっぱりいいホテルだった。


 でも荷物を置いたタツキはベッドに座って疲れたらしく項垂れてるから、私も気分転換に明るい深夜バラエティでもないかなってテレビをつけた。


 オーイエス。オーイエス、イエス、イェース。


 大音量で男性と女性が何かしてる映像が流れて、マッサージ機を当てられながら女性が体を震わせてるのを見て、こんな映像が大っぴらに流れるホテルは何かって、なんとなくわかってすぐに消した。


「待ってよここラブをメイクしちゃうホテルってこと!?」


「よし決めた、普通に使えばビジネスホテル。今すぐ寝ればビジネスホテル。

 そもそもビジネスホテルでも同室なら同じこと……一崎、先に寝るわ。お休み」


「ちょっと寝ないでよタツキ、待って起きてぇ!」


「起きたら襲うぞ」


 男の人っぽい発言にしっかり固まってたら、頷いたタツキが二人以上寝られそうなベッドにうつ伏せになって目を閉じた。

 思ってたホテルと違って慌ててる私じゃまだ対応出来ないから、一旦ステイでお願いしようって部屋を見渡した。


 ……落ち着け、私。

 休憩していかないとタツキも辛いし、そもそもタツキと彼氏彼女になってからもゲーム以外じゃ一度もキス以上のことしてないって思ってたから、これはチャンスでもあるはず。


 こうなったら私だって人生初の施設を探索して決めようって、ダンジョン攻略に立ち上がった。

 ハイレシアもグランディエメレも行った私は、ラブをメイクするホテルは慣れてる。多分。


 寝室。見たことない名前のアメニティが豊富。タツキがダウンしてるけどクリアー。


 奥には扉があるから恐る恐る開けてみたけど、お風呂場に繋がってた。

 超広い。

 左右確認しながら入ったけど、床とか寝転べるくらい広かった。


 シャワーも普通に使えるみたいだし、タオルとナイトガウンが脱衣所に用意されてる。ガウンはふかふかでパジャマがわりになりそう。


 部屋に戻って買い物袋を開けたけど、元々ビジネスホテルで一泊予定にしてたから、コンビニで替えの下着とかは買ってきてる。

 タツキの分もあるのを見て、寝そべる上司に声をかけた。


「課長、あの、ご相談なんですけど」


「ん……? どうした、改まって」


「報連相です。脱衣所に二人分のシャンプーとコンディショナーが揃ってました。

 ガウンをパジャマがわりにして寝られると思うので、課長も寝る前にお風呂入ったほうが良いと思います。

 シャワーは課長先がいいですか、それとも私の後でもいいですか」


「……一崎」


「はい」


「流石に聞きたいんだけど」


「あ、はい」


「このままおとなしく寝てろって言うなら、俺は寝る。

 ホテルをとってくれた気遣いの気持ちを汲んで、明日の朝までゆっくりさせてもらう」


「最初からそのつもりです」


「……グランディエメレみたいに何かしていいなら、風呂行ってくる」


 課長相手にリアルでしたことは一度もないから、思わず困惑の声が出た。

 ベッドに改めて腰掛けて、真っ赤になって首触ってるタツキと目があって、ますますドキドキする。


「今日は無理なら『寝てろ』って言って。俺は風呂入らなくても寝られるタイプ。

 朝入るし、その方が絶対に手出ししない自信がある。

 風呂入ったら情けないけど我慢無理……」


「あの、課長」


「うん」


「一点、問題がありまして」


「……あ。姉貴がいるから生理って言われても理解出来る。

 なんだ、それなら一崎が先に入って。

 一月に一週間は死ぬほど大変って聞いてるから、早く体休めた方が……」


「いえ、ゲームと違って私、まだ膜あり女子です」


 つまり処女です。

 課長が両手で顔を覆って沈んでるけど、私だって本気で言ってるから恥ずかしくなって汗が出てくる。


「一崎。あのな。好きな子とこういうところ入ってほのめかされたら、本当に襲いかかるぞ」


「だって。してもいいのかなって、思い始めてて」


 今度はタツキが固まったけど、一緒にデートに行っても夜にはログインがあるから健全に解散する。

 お付き合いして時間も経つけど、でもリアルは一度もしてない。だからまだ処女だ。

 ゲームの中だと終わり際にSTPも消費するし、チュートリアルもだいぶこなした。

 漫画やアニメの世界で初めては痛いって聞いてるけど、それでも……タツキとならしてもいいって、ドキドキしながら顔を上げた。


「お風呂、入るから。……今日はリアルでSTP対策、してほしい」


 ベッドサイドには買わなくたって道具も揃ってる。

 四角いパッケージの中に丸い輪っかが密封されてるアメニティとか、新品ローションがボトルで用意されてるから何があっても大丈夫。多分。

 ベッドに腰掛けたまま、首に触って真っ赤になってるタツキを見て必死に返事を待ってると、背が高くて顔もいいメガネの課長が立ち上がった。


「……先に風呂入って目覚まししてくる」


「つまり今日はするってこと!?」


「する。誰が誘ったんだ、誰が。

 ……一崎が嫌じゃないなら……俺もしたいから、今日は付き合って」


 今度は私がベッドにうつ伏せになってうずくまる番だった。

 食われる。

 『俺もしたい』って言ってもらえるのがそれでも嬉しいとかどうなってるの。


 流石にお風呂ご一緒するのは恥ずかしいから、お互いに入れ替わりでシャワーを浴びた。

 下着の上にナイトガウンを着て髪を整えたら、勇気を出して部屋に戻る。

 課長は携帯端末いじってたけど、気付いて閉じた。

 下着とガウンだけなのを見られるのも恥ずかしいから、思い切ってベッドに飛び乗った。


「最終確認するけど、後悔しない?」


「しない。……ちゃんとタツキの彼女だから。

 は……はやく手、出して」


 どう見たって相手は会社の上司だけど、何度もゲーム内ではそういうことしてきたし、キスもしたことある。

 今日も一日楽しくデートした恋人の手が伸びて、頬に触られる。

 心臓壊れちゃいそうなくらいドキドキしてると、タツキが顔を寄せて優しくキスしてくれた。


 息も出来ない胸にも指が触れる。

 ガウン越しに両胸愛撫されてるのが見えて、真っ赤になった。


 STP対策してるみたいに、今日は本物のタツキに触られてる。

 そう思うだけで頭がパンクしそうで、キスに目が回って、瞼を閉じるしか出来ない。


「ちゅ、……ちゅ」


 軽いキスがちょっとずつ長くなっていく。

 肩に触れたタツキに、ベッドに優しく倒されて仰向けに寝転んでた。

 着慣れないガウンの中にも指が入ってくのが見える。

 体にもいつもみたいに触ってもらって、でもゲームよりずっと触覚がリアルで、タツキの指の感触や暖かさに体が反応してる。


「そっか、前の彼女としたことある!?」


「ない。ゲーム含めていいならミツハが初めての相手」


「私? え、課長、彼女いたはずなのに。しなかったんだ」


「そのせいで振られた……って詳しい話今する? 盛り下がらない?」


「下がる。聞いてごめん。

 タツキの初めて私なんだ……すごい、嬉しい……」


 感動してると、照れながら覆い被さったタツキがキスしてくれる。


「いい?」


「うん。……私の処女はタツキにあげるから、もらって……」


 キスしてくれるタツキと、幸せな気分で体を合わせた。

 痛いって聞いてたし、ある程度は覚悟してた。


 正直、めっちゃくちゃ痛くて涙目になったけど……大切にしてくれるタツキとの時間が幸せで、痛みもどこかに吹っ飛んじゃうくらい嬉しかった。

 終わった後にイチャイチャ出来る時間が長いのも、リアルならではかもしれないって……初めて触れたタツキの体に寄り添って、最高の気分で眠っちゃった。

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