第6話 日々の変化~七瀬ひかりの覚悟

七瀬ひかりの生活は、1年前から少しずつ変化していた。彼女は、アイドル活動だけでは生活を支えきれない現実を受け止め、アルバイトを始める決意をしていた。選んだのは、ファミリーレストランの厨房だった。


「厨房なら、表に出ることもないし、ファンと顔を合わせる心配もない。」


そう考えたひかりは、自宅から3駅離れた場所の店舗を選んだ。地元から離れた場所であれば、万が一ファンと鉢合わせするリスクを避けられると判断したのだ。


厨房での仕事は慣れないことばかりだった。大量の注文に応えるため、てきぱきと作業をこなさなければならず、調理や片付けで手が汚れることも日常茶飯事だった。それでも、ひかりは真剣に取り組み、一つ一つの作業を覚えていった。先輩スタッフから「仕事が丁寧だね」「ひかりちゃん、厨房の戦力になってるよ」と声をかけられるたび、彼女は小さく微笑みながらも、内心では安心感を覚えていた。


アルバイトを始めた当初、彼女はこの生活との両立に不安を抱えていた。アイドルとしての活動と、アルバイトの仕事。その両方をやりきる体力と気力が続くのか、何度も自問した。しかし、この1年でその生活リズムにも少しずつ慣れてきた。そして何より、アイドル活動に対する情熱が、彼女を支え続けていた。


最近、グループ全体の状況が変わりつつあることをひかりも感じていた。運営の方針の変化か、グループの人気が高まった影響か、これまで月3~4回だった公演が、毎週末に組まれるようになった。午前中は2ndチーム、午後は1stチームの公演というスケジュールが定着し、公演回数が増えることでファンと触れ合う機会も増えていった。


「公演が増えるのは正直体力的に大変だけど、物販やチェキ会でファンと話す時間が増えるのは嬉しい。」


ひかりはそう思っていた。公演後のチェキ会では、少しずつ戻ってきたファンたちが「ひかりちゃん、最近のパフォーマンス良いね」と声をかけてくれることが増えた。ファンからの声援が彼女の心を支え、次の公演へのエネルギーを与えてくれていた。


「バイトを始めてからのこの1年、本当にいろいろあったけど、少しずついい方向に向かっている気がする。」


ファミレスでの仕事を終えた後、ひかりはその足で練習スタジオに向かう日々を続けていた。厨房で鍛えられた集中力と手際の良さは、リハーサルにも少なからず影響を与えていた。効率よく動き、短時間で最大限の成果を上げることを意識することで、彼女のパフォーマンスは少しずつ洗練されていった。


週末の公演では、グループ全体の勢いが増していることを肌で感じた。観客席は満員で、声援のボリュームもこれまで以上に大きい。SNSでもグループの名前が話題になることが増え、ファンの数が確実に増えていることを実感していた。


「グループ全体がもっと大きくなれば、私もその流れに乗れるかもしれない。」


そう考えると、ひかりは自然と頑張る力が湧いてきた。バイトとアイドル活動、二足のわらじを履く生活は決して楽ではなかったが、その先に少しずつ光が見え始めている気がした。


公演回数が増えたことで、物販やチェキ会の回数も自ずと増加した。公演の後には、多くのファンが物販ブースに並び、推しのメンバーとチェキを撮るために列を作る。チェキが売れるたびに、ひかりは心の中で小さな喜びを感じていた。アイドル活動を通じて得られるわずかな現金収入は、彼女にとって生活の助けになるだけでなく、再び自分を支えてくれるファンの存在を実感する瞬間でもあった。

楽屋でチェキ会用のメイクを直しながら、ひかりはノートにそっと書き留めた。


「今日も少し手ごたえを感じた。ファンが戻ってきている。グループの人気も上がってきた。この調子で、もっと良くしていこう。」


それは、彼女自身の決意と、未来への小さな希望を込めた言葉だった。忙しい日々の中で、ひかりは自分の役割を見つけつつあった。ファミレスの厨房からステージのスポットライトへと繋がるその道は、まだ途上にある。それでも、彼女の歩みは確かに前を向いて進んでいた。

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