第5話 輝きを取り戻すための一歩
七瀬ひかりは、毎日のようにノートをめくり返していた。そこには、これまでの活動でファンからもらった数々のメッセージがぎっしりと詰まっている。「いつも応援しています」「ひかりちゃんがいるから元気になれる」――そんな一つ一つの言葉が、彼女にとっては宝物だった。
センターとしてステージに立っていた頃、彼女の周囲は眩いばかりのスポットライトに包まれていた。歌声も、ダンスも、そのすべてがグループの顔として注目され、ひかり自身もその重責に応えるために全力を尽くしていた。しかし、時間が経つにつれ、その立ち位置は次第に後ろへと追いやられていった。今では2列目、さらに後ろのポジションでの出演が増え、自分を目立たせる機会は明らかに減っていた。
だが、ひかりはその現実を受け入れていた。無理にセンターに戻ろうと焦る気持ちはなく、むしろ今の自分にできることを探し、一歩ずつ前に進むことを大切にしていた。
最近、久しぶりにライブやイベントに足を運んでくれる昔のファンたちの姿が目に留まるようになった。「久々にひかりちゃんを見たくなって来たよ」「あの頃と変わらないパフォーマンスをしてくれて嬉しい」という声が届くたび、心の奥に静かな感動が広がっていく。昔の輝きを完全に失ったわけではない。今の自分でも、誰かの心に触れることができる。そう信じられる瞬間だった。
ひかりが求めているのは、かつてのようにステージの中心に立つことではない。目標はもっと現実的で、もっと手が届きそうなものだった。たとえば、ほんの少しだけ目立つポジション。ほんの少しだけファンに近い位置。そこで自分の存在を示し、応援してくれる人たちに「まだここにいる」と伝えることができれば、それだけで十分だと思っていた。
それでも、その「少し」を手にするためには相当な努力が必要だった。リハーサルでは誰よりも早くスタジオに入り、自分の動きを鏡の前で確認する時間を大切にしていた。歌の練習でも、たとえ短いソロパートでも完璧に仕上げることを目標にしていた。自分の姿を客観的に見つめ直し、何が足りないのかを分析し、それを埋める努力を怠らなかった。
ひかりのそんな姿勢は、周囲のメンバーたちにも少なからず影響を与えていた。後輩たちは、ひかりのストイックな姿を見て「私も頑張らなきゃ」と感じることが増えたと言う。グループの中では「一歩引いている」と思われがちだったひかりだが、その内に秘めた情熱と誠実な努力は確かに周囲に伝わりつつあった。
ライブ本番の日、ひかりはいつものように2列目のポジションに立っていた。かつてとは異なり、視線が集まるのは前列のメンバーたちだ。それでも、彼女は諦めなかった。踊りの一つ一つに魂を込め、歌声に気持ちを乗せる。ステージの隅であっても、その熱量を見逃さないファンがいることを彼女は知っている。
ふと客席を見渡すと、懐かしい顔がちらほらと見える。かつて彼女がセンターだった頃、最前列で熱心に応援してくれていた人たちだ。彼らが手に推しサイを振り、笑顔を向けてくれる光景は、ひかりにとって何にも代えがたいものだった。「また来てくれたんだ……」心の中でそう呟くと、不思議と力が湧いてきた。
公演が終わった後、楽屋でノートを開き、また新たなメッセージを書き留める。「今日も頑張れた」「少しだけ手ごたえを感じた」。その言葉たちは、これからも彼女の道を照らす光になるだろう。
ひかりの視線はまだセンターには向いていない。しかし、彼女が大切にしているのは、今この瞬間。そして、一歩でも前へ進むための小さな努力だ。その積み重ねが、いつか新しい未来を切り拓くと信じている。
ひかりは、少しずつ自分の中に広がっていく手ごたえを感じていた。それは、ここ数ヶ月のパフォーマンスやファンの反応から得られる確かな感触だった。
ファンとの握手会やライブでは、懐かしい顔ぶれが増え始めていた。「ひかりちゃん、また応援に来たよ」「昔と変わらないね。やっぱりひかりちゃんが好き」――そんな声が少しずつ彼女の耳に届くようになった。かつて彼女を熱心に応援してくれていたファンが戻り始めている。その事実は、彼女にとって何よりの励みとなっていた。
ライブの舞台では、彼女の動きが以前よりも洗練されていることに気づく観客も増えていた。ひかり自身もそれを実感していた。振り付けの一つ一つに心を込め、歌声にはより多くの感情を乗せて届ける。それが少しずつ形になり、観客の反応として返ってくる感覚があった。
「まだ私を見てくれている人がいる。そして、少しでも良くなっている私を感じ取ってくれている。」
そんな確信が、彼女の努力をさらに後押ししていた。
そして、ひかりが感じていた変化は、自分だけに留まらなかった。グループ全体の勢いが、以前よりも明らかに増していたのだ。ライブチケットの完売が続き、SNS上での話題性も高まっている。イベント会場では新規のファンが増え、MC中にはメンバーたちへの声援が一段と大きくなっていることを感じた。
「グループ全体が、また一つ大きな波を迎えている……。」
そんな実感が、ひかりの胸に静かに広がっていた。それは、かつてセンターを務めていた頃に感じた勢いとは異なる、確かな土台の上で築かれたものであり、グループ全員が一体となっていることが明確に伝わるものだった。
リハーサルでは、メンバーたちが互いに意見を交換する姿が見られるようになった。振り付けのタイミングやステージ上での配置について活発な議論が行われる中、ひかりも自然とその輪に加わっていた。以前は控えめだった後輩たちも、自信を持って意見を言うようになり、その姿勢にひかりは心の中で頷いた。
「みんな、成長している。私も負けていられない。」
彼女のそんな姿勢は、グループ全体の空気にも少なからず影響を与えていた。後輩たちからは「ひかりさんの動き、すごく参考になります」と声をかけられることも増えた。彼女自身はそれを謙虚に受け止めつつも、内心では誇りを感じていた。
ライブの終盤、ステージに立つひかりの目には、ファンの笑顔がはっきりと見えていた。かつてのように、すべての視線が自分に向けられているわけではない。それでも、確実に自分のパフォーマンスを見ている人たちがいる。その事実が彼女を支えていた。
「私はまだここで頑張れる。」
その思いを胸に、ひかりは最後の曲を全力で踊り切った。グループ全体が一つになったステージ。その一員として輝ける自分に、これまで以上のやりがいを感じることができた。
楽屋に戻り、汗を拭きながらノートを開いたひかりは、今日のステージを振り返りながらこう書き留めた。
「今日も手ごたえを感じた。ファンが戻ってきている。そして、グループ全体も調子が良い。この流れを大切にして、もっと頑張ろう。」
それは、彼女自身の成長を記録するだけでなく、グループ全体の未来への希望を繋げるための小さな誓いでもあった。
ひかりの目の前に広がるのは、まだ見ぬ新しい景色。その一歩一歩を踏みしめながら、彼女は次のステージに向けてまた努力を重ねていくのだった。
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