第2話 センター陥落 ~響く声、萎縮する翼~

「ひかりちゃん、今日もお疲れ様!ダンス、すごく目立ってたよ!」


物販コーナーでの一人目のファンは、明るい笑顔でそう言いながら差し出したグッズにサインを求めた。ひかりはその言葉に微笑みながら感謝を伝えた。


「ありがとうございます!ダンス、好きなんです。」


だが、次のファンが何気なく投げかけた言葉が、彼女の心に小さな棘を残した。


「ひかりちゃんのダンス、ちょっとやりすぎじゃない?センターなんだから、もう少し周りを引き立てる方が良いと思うな。」


「えっ……」


思わず驚いた声が漏れる。ファンは特に悪意があるわけではないように見えたが、その言葉はひかりの胸に深く刺さった。「やりすぎ」という評価が、自分の必死さを否定されているように感じられたのだ。


その後の物販でも、似たような声が徐々に目立ち始めた。


「ひかりちゃんのダンス、他の子が霞んじゃうんだよね。」

「センターなんだから、もっとバランス考えないと。」

「頑張りすぎると浮いちゃうよ。」


表面上はアドバイスのように聞こえる言葉の一つ一つが、ひかりの心を揺さぶった。彼女はただ、全力でステージに立とうとしていただけだった。自分のパフォーマンスが「目立ちすぎ」「やりすぎ」と評価されることに戸惑いを覚えながらも、何も言い返せない自分に歯がゆさを感じた。


それでもひかりは、初めのうちは「もっと頑張らなきゃ」と気持ちを奮い立たせていた。しかし、物販の度に繰り返される声が徐々に彼女の自信を削っていった。


レッスンでも、以前のように伸びやかな動きができなくなっている自分に気付いた。ダンスの練習中、周囲の目が気になり始め、動きを小さくまとめてしまう。


「ひかり、どうしたの?今日はなんだか控えめだね。」


先輩メンバーが気遣うように声を掛けてきたが、ひかりは曖昧に笑うだけだった。


「大丈夫です。ちょっと疲れてるだけで……」


本当の理由を話せるはずもなかった。誰かが見ている。自分の動きが「やりすぎ」だとまた言われるかもしれない。その不安が彼女の背中を押さえつけていた。


レッスン後の帰り道、ひかりは一人で駅までの道を歩いていた。夜風が肌を撫でる中で、彼女は自分に問いかける。


(私のダンスって……そんなに間違ってるのかな。)


振り返れば、自分がセンターに立つことになってから、ファンの声が少しずつ変わってきた気がする。褒められるよりも、何かしらの注意や批判を受けることが増えた。その一つ一つが、彼女の心に小さな傷を刻みつけていた。


「私、どうしたらいいんだろう……」


呟きながら俯くと、気付かないうちに足が止まっていた。萎縮する自分を感じながら、ひかりはそっと握りしめた手を開いた。冷たく湿った掌が、自分の心の状態を物語っているようだった。


その夜、彼女は鏡の前で振り付けの練習をしようとしたが、どうしても体が動かない。鏡の中に映る自分をじっと見つめながら、ただ、胸の中の重さに耐えていた。

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半年後、七瀬ひかりは、ステージ袖から見える景色をじっと見つめていた。グループの新曲のリハーサルが始まり、センターに立つ新たなメンバーがスポットライトの下で輝いている。その横顔を見つめる自分が、今はセンターの横、上手1番の位置に立つ存在であることを、嫌というほど実感していた。

(ここが……私の今の居場所なんだ。)


以前の自分が立っていたステージ中央。それは、グループの象徴であり、ファンの視線を一身に集める場所だった。だが今、ひかりが立つ位置は、センターの隣に映る場所。センターに比べれば、注目度は落ちる。ファンの目線が自分を通り過ぎていく感覚が、彼女の胸を締め付けた。


公演曲ではセンターが全ての全体曲のセンターを務める。つまり私は全ての曲でセンターを失ったのだ。ユニット曲ではかろうじてセンターだがいつまでいれるのだろうかと不安になる。


リハーサルが始まる。振り付けを覚え込んだ体は自然に動くが、以前のような伸びやかさや力強さは感じられなかった。


(私のダンスって、まだ目立ちすぎてるのかな……。)


物販で繰り返し耳にした「やりすぎ」「目立ちすぎ」という声が、彼女の中に深く刻み込まれていた。それを恐れるあまり、無意識に動きを小さくまとめてしまう自分がいることに気づいていた。


鏡に映る自分の姿を見つめると、かつて感じていた自信がどこにも見当たらない。隣に映るメンバーたちは、生き生きとした動きで全力を表現しているように見えた。それに比べて、自分の動きはただ振り付けを「なぞっている」だけに思える。


(どうして……こんなに自分が小さくなっていくんだろう。)


リハーサルが終わり、ひかりは静かにステージを降りた。他のメンバーたちが楽しげに話し合っている横で、一人、足早に楽屋へ向かう。


鏡の前に座り込むと、ゆっくりと自分の顔を見つめた。頬に浮かべる笑顔はどこかぎこちなく、心の中に渦巻く不安を隠しきれていない。


(センターから外れたのは、私がダメだったから……。じゃあ、このグループに私の居場所なんて、もうないのかな。)


ファンに支えられていた頃の記憶が脳裏をかすめる。だが、それは今の自分には遠い過去のように感じられた。応援の声が励みだった日々は、いつしか「やりすぎ」と批判される言葉に変わり、それが自分の心を押しつぶしてしまった。


(何のために、私はここにいるんだろう。)


そう考えると、胸の奥がどんどん重たくなる。目の前の鏡に映る自分の姿が、ぼやけて見えた。


しかし、完全に諦めることはできなかった。どんなに小さくなっても、心の奥底には消えない炎がまだ残っていた。


(私は、まだここにいたい。)


その思いだけが、彼女をかろうじてステージに立たせていた。萎縮した動きしかできなくても、周りの視線が怖くても、彼女はグループの一員であることを手放せなかった。


(もう一度、輝きたい。でも、そのためにはどうすればいいんだろう。)


ひかりはそっと目を閉じた。目の奥に浮かぶのは、ファンの笑顔や仲間たちの声。もう一度、それらに応えるために自分ができることを探さなければならない――そう自分に言い聞かせながら。

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イメージイラスト

https://kakuyomu.jp/my/news/16818093091539408325

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