第1章 センターからの陥落
第1話 揶揄の刃
物販コーナーは公演後の興奮が冷めやらぬファンで溢れかえり、ひかりのブースにも長い列ができていた。初めてセンターを務めた公演を終えたばかりの彼女は、心の中で少しの安堵と大きな責任感を抱えながら、ファン一人ひとりに笑顔で対応していた。
「ひかりちゃん、センター初公演おめでとう!ダンス、すごくキレキレでカッコよかった!」
応援の言葉をかけてくれるファンたちの声に、ひかりは胸を撫で下ろしていた。だが、列の中盤に差し掛かったとき、彼女の目は一人の女性ファンに止まった。
その女性は無表情のままひかりの前に立つと、軽く鼻を鳴らして言った。
「初センター、お疲れ様。まあ、ダンスだけは良かったわね。」
言葉の表面は褒めているようだったが、その裏に込められた冷ややかな響きが、ひかりの耳に刺さった。
「ありがとうございます。頑張りました!」
ひかりは笑顔を崩さずに返事をしたが、その笑顔は少し硬かった。
「でもさ、センターってただ踊れればいいわけじゃないわよね?歌とか、表現力とか、もっと大事なことがあると思うんだけど。今日のあなたを見て、正直それを感じられなかったわ。」
女性は肩をすくめながら続けた。その声は他のファンたちにも聞こえるくらいの大きさで、ひかりの周囲の空気が一瞬ピリつくのを感じた。
「前のセンターだったやよいちゃんは、歌も安定してたし、表情で魅せる力もあった。あなたみたいに、ダンスばっかり目立たせてるだけじゃ、センターの器とは言えないんじゃない?」
ひかりは心臓がぎゅっと掴まれるような感覚に襲われた。必死に笑顔を保ちながらも、胸の奥に冷たい痛みが広がる。
「でも、ダンスが好きなひかりちゃんには、センターじゃなくてパフォーマンスメンバーとして頑張ってほしいって思っちゃうのよね。やっぱりセンターは、もっと総合力がある人に任せるべきじゃない?」
女性はそう言い終えると、小さく笑みを浮かべながらひかりを見つめた。ひかりは何か返そうと口を開いたが、声が出なかった。ただ、「ありがとうございます」と小さく呟き、サインを済ませて次のファンに対応した。
その後も、ひかりの心には女性の言葉が何度も浮かんでは消えた。
(私がセンターをやるべきじゃないって……みんな思ってるのかな?)
物販が終わり、ひかりは控え室に戻ると、その場にへたり込んだ。誰にも見られないように顔を隠し、目を閉じる。
(私にはダンスしか取り柄がない。でも、それでセンターをやるのは間違っているのかな……)
悔しさと不安が胸を満たし、彼女の目から一筋の涙がこぼれた。それでも、ひかりは自分に言い聞かせた。
(もっと頑張らなきゃ。この場所にいる意味を証明しなきゃいけないんだから。)
彼女は涙を拭い、再び顔を上げた。センターとしての責任を胸に、またステージに立つために。
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グループ全員でのダンスレッスンが始まる数分前、七瀬ひかりは更衣室で着替えを済ませ、棚に置いていたレッスンシューズを取ろうとした。だが、いつも置いているはずの場所にシューズが見当たらない。
「あれ……?」
一瞬の困惑の後、彼女は棚の周りを探し始めた。もしかしたら自分で違う場所に置いたのかもしれないと考え、ベンチやロッカーの隅まで目を向けるが、どこにも見当たらない。
(ここに置いたはずなのに……どうして?)
心臓が少しずつ速くなるのを感じながら、ひかりは周囲を見渡した。他のメンバーたちは、それぞれの準備に集中していて、彼女の様子には気づいていないようだった。
「ひかり、どうしたの?」
同期の一人が声を掛けてきた。その問いに、ひかりは笑顔を作りながら答えた。
「シューズが見当たらなくて……。ちょっと探してるだけ。」
「え、なくなったの?変だね。」
その同期は少し驚いた表情を浮かべたが、それ以上は深く追及せずに自分の準備に戻った。
時間が迫る中、ひかりは焦りを隠せなくなってきた。足元が決まらないままでは、ダンス練習どころか立ち位置の確認すらできない。焦りと不安が胸を支配し始めたそのとき、背後から声が聞こえた。
「これ、もしかしてひかりちゃんの?」
振り返ると、同期のメンバーが手にシューズを持って立っていた。ひかりはすぐにそれが自分のものだとわかり、思わず駆け寄った。
「ありがとう!どこにあったの?」
「スタジオの隅に置いてあったよ。普通、そこには置かないよね?」
その言葉にひかりは一瞬戸惑った。シューズを棚に置いたのは確かだった。だが、それがスタジオの隅に移動しているというのは明らかに不自然だった。
「そうだね……。でも見つかって良かった。本当にありがとう。」
笑顔で礼を言いながらも、胸の奥にモヤモヤとした不安が残った。練習が始まり、シューズを履いてダンスを始めたものの、さっきの出来事が頭から離れない。
(もしかして……誰かの悪戯?)
ひかりは思い出す。初めてセンターを務めた後から、微妙に感じていた視線や、何気ない言葉の裏に隠された棘のようなもの。彼女の胸の中で、そのモヤモヤが「嫌がらせ」という確信に近づきつつあった。
レッスン後、彼女は一人でロッカールームに戻った。シューズを脱ぎ、棚にそっと置きながら、自分の胸に湧き上がる疑念と向き合う。
(誰がやったのかなんて、分からない。でも、こんなことで負けるわけにはいかない。)
ひかりは唇をきゅっと引き締め、目を閉じた。そして深く息を吸い込み、気持ちを切り替えるように頭を軽く振った。
(私はセンターになったんだから、このくらいで揺らいでたらダメだ。)
そう自分に言い聞かせながら、ひかりは静かに更衣室を後にした。
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イメージイラスト
https://kakuyomu.jp/my/news/16818093091536313694
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