往生の占い師
ホランちゃん
老人の後悔、先に絶つ
「君、今悩みあるでしょ。」
路地裏のいかにもな道とそれに似合ういかにもな人物が、湿った古い名刺と共に聞き出してくる。
「ええ、勿論。皆さんあると思います。」
そんな人間に誰にでもある常識を言われて自分でも、あまりにも正論過ぎて鼻で笑ってしまった。どうやら、道端の怪しい占い師のようだ。
そして裏無しはその回答を見越したように反応する
「そう、みんなあるんだよ。いつもね。でもさ君、その悩みを解決しても、また悩みは出るでしょ?なら、悩みなんて解決しなくてもよくない?」
てっきり、何か胡散臭いことを言われるのかと思っていた。
「貴方、占い師らしく無いこと言いますね。」
「まあ、そうだね。今月の売り上げはゼロだよ。」
占い師は姿に影を作っている。いかにも怪しげなオレンジ色のライトの人型の穴だ。でもそれがなぜか悲観に見えたようで、僕の脳より口が動いた。
「貴方はどんな人生を歩んできたのですか?」
これは、僕の命題であり、僕の口癖だった。
「いやいや、別に話すことじゃないよ。ただ、これを話すには、少々お金を頂けると助かるな。」
占い師は乞食らしくない軽々しい声で乞食をする。
「そうですね、まあ。」
そうして僕は千円札を取り出す。別にもったいなくはない。
「へぇ、近頃の若いのは豪勢だね。なんて、僕も若いつもりだよ。とにかく、これは軽いものは話せないね。君にだけ話そう。」
そうして、占い師は金の力で口を開いたようだ。
「これは、僕がまだ若いころの話だ。僕は当時、自信に満ち溢れていたとてもパワフルな若者だった。行動力もずば抜けていて、それは皆僕についてくるくらいにはとてもいいものに見えたらしい。」
占い師の口は少しずつ歪んでくる。
「だから。僕はとても大きな決断をしたんだ。それはね、起業だよ。みんな、僕ならついてくるっていうから、調子に乗ってしまったんだ。」
占い師の影が少しずつ動いている。なぜか追いかけられているようだった。
「けれど、けれど僕はそいつらを無駄にしたんだ。僕はすぐに資金難に陥って、加えて金融危機に追い打ちをかけられてしまった。彼らは心底僕を恨んだだろう。それから、僕は自分の存在が憎らしいものになってしまった。」
占い師の影は彼の罪悪感をあおっている。されど、影はまだ離れてはいないようだ。
「僕は、僕は悪だ。若いころの悩みはほとんどなかったのに、僕はもう、僕が許せなくなった。能力を磨かずに、惰性と顕示欲で起業をし、ビジョンなしに人を巻き込んだ。」
「もう嫌なんだ。生きるのは。それでも人生が自殺を否定してきた。人生は、僕は僕を自殺させてくれない。僕の人生の解答用紙は、もうとっくに破れているのに、僕は退出できない。」
そうして占い師の表情は崩れていくと思えたが、占い師はその表情を刹那に納めた。その姿はまるでピエロのようで、二重人格を疑うほどであった。
その姿とは何だったのだろうか。彼を惨めに思うだろうか。
「まあ、もう過去の事さ。さて、本題だ。まだ、解答用紙が少し汚れただけの君、今悩みあるでしょ?」
しかし、その若者である僕には多少考えるものがあったようだ。
「僕も。企業で失敗したんです。しかも、貴方の様だ。」
「そうか、僕と同じか、じゃあ、君の解答用紙も破れているな。」
なんだ、彼は僕の占い師ではないのか。
「じゃあ、僕は貴方と同じ運命です。」
「できないだろう?」
「…あなたと同じです。」
せっかくの勇気が、みるみると涙に置き換わっていく。
次第に、僕は我慢ができなくなって、嗚咽と一緒にからになった涙に憎悪がたまる。
「俺の解答用紙が破れたといったな。若者よ。続きを話してやる。」
「続き…ですか、」
「ああ、君にとっての完璧な反面教師になれると約束しよう。」
「占い師じゃないんですか。」
眼にたまった勇気を僕は袖で拭って目を真っ赤にして、まるで子供のように嗚咽しながらむせび泣くのをやっとの事で我慢しながら、やっと出てきた言葉だった。
刹那に反面教師に転職した彼はそっと笑って口元を開いた。
「僕はね。解答用紙が破れたまま、ずっと誰にも言えずに、このまま出口に走る気持ちだったんだけどね。勇気もなくって、結局人間らしい生活もできずに、ただ試験時間の終わりを待っているだけだったのだよ。」
「結局、試験官に報告できていない。そして、その試験官は既に出口に行ってしまった。」
「周りの受験者も既に解答用紙を提出し、次の科目に移っているんだ。」
「そう、僕は取り換えが利かなくなったんだ。」
いつの間にか、僕の勇気は空になって、彼の話をしんみりと聞いていただけだった。
「若者よ。この世で一番憎いのは何だい?」
「努力なしの惰性ですか?」
「そうだ。でもな、それを救ってくれる奴がいる。」
「そんなの、僕はもう、誰も救っては…」
「それはな、相談する努力をしていないからだ。惰性で頼っているからだ。」
「僕だって…」
親に…相談したっけ。
「親だ。」
アイツら、まだ僕を恨んでいるかな。
「友人だ。」
職場の奴に、僕のこと話したことあったっけ。
「同僚だ。」
あの頃は、楽しかったなぁ。
「旧友だ。」
いっそ、相談でも出来たら、僕は…!
「結局は、君は人で悩んで、君の人格に悩んで、君の怠惰に悩んでいる。」
「でも、君にはまだ、近くに受験者もいるし、少し疲れているが試験官もいる。何なら、君の周りだけでなく、少し遠くの人でも、声を大きく出せば気付いてくれるだろ?迷惑だって?なんだよ。君は自分に対してどれだけ迷惑をかけていると思っているんだ。はは!」
彼は僕に顔を合わせた。
「なぁに、君も笑うんだよ!」
「は、ははは!」
「ハッハッハッ!」
「あはは!アハハハハ!」
「ハッハッ!君!笑うの上手いじゃないか!」
「いいえ!ただ、バカバカしくて!」
「いいんだ!お前も笑え、俺も笑いたい気分だ。」
それから、なぜか彼の影が薄くなっているのを横目に流しながら、僕は笑いに笑った。
「よし、じゃあな。あと、お前にプレゼントだ!」
占い師は千円札を返す。
「えぇ?」
「君、これで帰りの桜田駅のウナギ屋へ行くんだ。」
僕は、その手を拒む。
「いいんです。お金はあります。それより、ここから桜田駅まで結構離れているはずですが、おいしいのですか?」
「いや、普通だ。でも、そこのうなぎは人生を変えてくれるはずさ。まあ、行ってみろよ!お前の心にガツンと来るぞ!」
「そうですか。」
「そうだ。」
沈黙が流れる中、僕は気が付くと質問をしていた。
「占い師さん。貴方は、この人生で、何を学んだんですか?」
占い師の影と僕の視点が一致する。
「悩みとか、失敗とかさ、気にせずに生きることができるのは若者だけだったことに気付いたんだ。」
そして、影が横顔を向き、僕と向かい合う。
「まだ、死ぬのは早いとは、思わないかね?」
それを聞いた瞬間。僕は全てが切れた音がした。
「そうですね!僕、こんなに話を聞いてもらって、なつかしいなぁ!こんなに笑うなんて!」
そうして、僕は自分の財布を出し、占い師の前に万札を置き、礼を言って裏路地の出口へ走りだす。
「新しい物件はどうしようか。いや、まあいいや!ウナギでも食べて、歩いてホテルに泊まるのも一興か!!」
後姿を見送った占い師は怪しげなオレンジのライトを消し、荷物をまとめて裏路地の奥へ進む。
「馬鹿。やっぱ、僕は強いなぁ。僕も、これが初めてだったのになぁ。僕も僕に僕と話せたらよかったなぁ。なんてね。後悔はないよ。毎度あり。」
占い師は座り込むが、自前の古びたスーツがすれる音がして、どこかへアスファルトを滑っていく。
「僕も、涙が出てきちゃった。はぁ。」
そうして、影が先に出口に入って行く。
続いて、占い師は出口に引っ張られるように引きずられていったのだった。
往生の占い師 ホランちゃん @Horanchann
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