第五話 君との約束をいつか

 これは、煉夜れんやが都に立つ直前の事。



嗚呼ああ……やっぱり行きたくない……行きたくない……!」



 煉夜れんやは都行きを大層渋り、金色こんじきを抱きしめて離さなかった。



「わざわざそう様が来られたのですから、そういう訳にも行かないでしょう」


「わかっている。わかっているが……はあぁ」



 式神・守橙しゅちょうの苦言に、脱力して項垂れた煉夜れんやの頭が金色こんじきの膝に落ちる。

 漆黒のつややかな髪がはらはらと散らばって行く。


 寄りかかってくる重みが心地よい。

 けれど、小さな体では彼女の全てを受け止めきれない。


 それが金色こんじきは、とても悔しかった。



「行かないと、怒られちゃうんですよね?」


「間違いなく、大目玉を食らうでしょうねぇ。

 それだけで済めばよいですが、下手をすれば罰として大捕物を命じられるのでは?

 それこそ『天狗てんぐの里を滅ぼして来い』とか」


「わあ……過激ですね」


「例えばの話ですけどね。おかみならそれくらいやり兼ねません」


「……どちらにしても、気鬱きうつだ」



 金色こんじきは、顔をうずめてしまった煉夜れんやの美しい髪に手を伸ばし、くように撫でる。


 さらさらしていて、絹のような手触りだ。

 ずっと触れていたいと思える。



「…………行かせたくないな」



 ぼそりと呟く。

 しかしながら、今の自分にはそう出来るだけの力がない。



金色こんじき? 何か言ったか?」



 のそりと顔を上げた煉夜れんやに、金色こんじきは首を横に振り。



「僕も煉夜れんやさんと居たいけど、そしたらもっと大変な事になりそうだから、我慢します。

 代わりに、美味しい夕餉ゆうげを用意して待ってますね!」



 笑顔を見せた。


 これが、今の自分の役割。

 身の丈に合わない望みをすれば破滅を招く事を、金色こんじきはよく知っていた。



嗚呼ああ嗚呼ああ金色こんじき……! わずらわしい祭事などく終わらせて、帰って来るからな!」


「わぷっ!」



 がばりと起き上がった煉夜れんやの胸に、いつものごとく抱き込まれる。


 童だからと警戒心が低すぎやしないだろうか、と圧迫されて紅潮こうちょうしていく頬の熱を感じながら金色こんじきは複雑な思いをいだく。



(……まあ、役得だけど)



 このように熱烈な抱擁を受けた後、金色こんじき煉夜れんや守橙しゅちょうを見送った。



❖❖❖



 一人、家に残された金色こんじきは、くりやに立って腰に手を当てる。



「さて、僕もやるべき事をやらないとね」



 手始めに左手をかかげて妖力を高めていく。

 手のひらに意識して集め、そして——。



「狐火!」



 ぼわっと燃え上がる黄丹おうに色の炎を生み出すと、かまどにくべた。

 今やるべき事は一つ。


 美味しい夕餉ゆうげを作って待つ事だ。



「気疲れして帰って来るだろうから、気力が回復するような料理を作らないとね。

 好き嫌いがないのは知ってるけど、何がいいかな」



 貯蔵してある食材に目を向けて、金色こんじきうなる。



「大根、茄子——は汁物と漬物に。

 山芋、ごぼう、たけのことキノコ類はお煮物、お魚は後で取って来るとして……。

 ……これだけだと、いつもと変わり映えがしないな」



 他に何かないか、と端っこの方に目を向けて。

 金色こんじきに包まれた栗を見つける。

 そこで「あ!」と閃く。



「そうだ、米に栗を混ぜて糅飯かてめしにしよう! 贅沢に甘葛あまづらで煮て、甘みを付けたやつで。

 ほくほくな食感と、ほんのりとした甘さが米に妙に合っていて、癖になるんだよね」



 塩をまぶして食べれば甘さが引き締まり、より一層美味しくなるのだ。


 想像したら「ぐう」とお腹の虫が鳴った。


 外見年齢相応の反応に、気恥ずかしくなる。



に見られていたら、『可愛い』って撫でくりまわされていたな……」



 でられるのは嫌ではない。


 むしろ望むところだが、先ほどと同じように、異性として意識されていないと思い知らされるのはしゃくである。



「……とはいえ、この姿じゃ仕方ないけどね。

 でも、時が来たらちゃんとわからせてあげる。

 僕も男なんだってこと」



 金色こんじきは口角を持ち上げ、不敵な笑みを浮かべた。

 こんな顔、煉夜れんやの前では絶対に見せられない。


 ——今は、まだ。



「本当の僕を知ったら、君はどんな顔をするかな?」



 手際よく夕餉ゆうげの準備を進めながら、金色こんじきは思い描く。

 煉夜れんやの反応を。


 血のようにあかくて美しい、柘榴ざくろ色の瞳を見開いて、驚愕するだろうか。


 もしくは、武器を手に取り肩を震わせて「騙したな」と激怒するだろうか。


 あるいは、恐れおののき涙するだろうか。


 それとも——。



「——思い出して、喜んでくれるかな?

 『約束を果たしに来てくれたんだな』って」



 遥か昔に交わした約束。

 永き時の中で煉夜れんやが忘れてしまった思い出を、金色こんじきは覚えている。


 瞼を伏せて思いを馳せれば、過去の情景が浮かぶ。

 まるで昨日の出来事のように鮮明に。



「君は信じてくれなかったけど、君に会いに来たって言葉、嘘じゃないんだよ、煉夜れんや

 いつか、僕が消してあげるからね。君を苦しめるもの全部、全部。

 壊して、燃やして、痕跡すらこの世には残さず、消し去る。

 そして最後は——」



 金色こんじきは手を止めて、瞳を細める。



「——君に、死の安らぎを。

 約束通り、この手で終焉に導いてあげるよ」



 感情なく笑って、拳を握り締めた。






 この時、金色こんじきは油断していた。


 一人だから、と。

 誰も来ることはない、と。


 まさか、この言葉をすぐ側で聞く者がいて、自分をはらおうとするとは、思ってもいなかったのだ。

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