第四話 寵愛

 静まった室内で、煉夜れんやは盛大にため息を吐き出した。

 穏やかな時間を邪魔された苛立ちと、何より。



主上しゅじょうに……拝謁せねばならぬか)



 おかみの招集と聞いて、気が重くなったのはそれだ。


 かの人物は、この国のみかどにして煉夜れんやを使役する神の器。

 言わば現人神あらびとがみ煉夜れんやを時の牢獄へ捕らえた張本人とも言える。



(会いたくない、とは言えぬしなぁ……)



 会いたくない理由は他にもあるが、不忠だと指を差されようとも、極力顔を合わせたくない相手だった。

 

 再度、ため息を付いてしまう。

 すると、


 

「あの、煉夜れんやさん……」



 背に隠れたままの金色こんじきに呼ばれた。

 ハッとして振り返る。


 金色こんじきうれいた表情で、耳をれさせていた。

 予期せぬ来客と、向けられた敵意のせいだろう。

 


「驚かせたな、すまない」



 煉夜れんや金色こんじきの頭を撫でると、金色こんじきはふるふると首を横に振り、そうして何を思ったのか。


 ——煉夜れんやに抱きついて来た。


 こちらから抱きつく事はあっても、金色こんじきからというのは珍しい事だ。



「どうした? 恐ろしかったか?」


「違うんです、煉夜れんやさんが……」


「私が?」


「とても、苦しそうに見えて。僕を抱きしめる時は、いつも楽しそうにしていたから、だから」


金色こんじき……」



 何と優しい子だろうか。

 まさか自分を心配しての行動だとは思わず、胸が熱くなる。


 煉夜れんや金色こんじきを抱き締め返した。


 確かな鼓動と、ぬくもりを感じる。

 なんと温かいのだろう。



「……煉夜れんやさん、貴女を苦しめるものは何ですか?

 教えてください、僕が全部やっつけてあげますから」


金色こんじきが?」


「はい。こう見えて僕、強いんですよ?」


「そうか? 有象無象にまれ、死に掛けてた覚えしかないんだがなぁ」


「そ、それは事情があって……。

 とにかく、僕が煉夜れんやさんを救います! そのために、僕は貴女に会いに来たんです!」



 抱き合ったまま、煉夜れんやは「ふふ」と笑った。



「かように幼き妖狐が、どこでそんな口説き文句を覚えたのやら。

 嘘でも嬉しいよ。ありがとう、金色こんじき


「…………嘘じゃないのに」



 不満そうな呟きが聞こえる。

 慰めるための虚勢だろうが、必死な姿が愛おしくて、煉夜れんやは抱きしめる腕の力を強めた。



(嗚呼……。私は、私を慕い、抱き締めてくれるこの子が、どうしようもなく大切だ。

 例え、たばかられているのだとしても——それでもいいと、思えるほどに)



 今感じている温かさに、偽りはない。


 抱きしめた金色こんじきからは、やはり陽だまりの匂いがして。

 鬱々うつうつとした気持ちはいつの間にか晴れていた。


 

❖❖❖



 それから数日ののち

 鬼気きけまつりへ参列するため京の都を訪れた煉夜れんやは、都の北に位置する平安宮・紫宸殿ししんでんに招かれた。


 案内されたのは、玉だれの御簾みすの間。

 式神を連れ立っての入室は許されず、一人中へ通される。


 煉夜れんやはそこで、待ち構えていた、かの人物と対面する。



「久しいの、煉夜れんや。息災であったか?」



 御簾越しの上座より、良く通る中性的な声が響く。

 煉夜れんやは膝を付き、額の位置に拳を合わせてかかげ、こうべを垂れた。



「お久しゅうございます、主上。朱雀の神将しんしょう煉夜れんや拝謁はいえつにまいりました」


「よい、楽にせよ。其方そなたと余の間に、斯様かような礼は不要であろう?」


「お心遣い、感謝申し上げまする。ですが、将と言えど臣の立場。そういう訳にはゆきませぬ」


「心配せずとも、誰も見聞きしてはおらぬぞ?」


「それでも、でございます。ご理解いただきとう存じます」


「ふむ、強情であるな。だが——」



 御簾の上がる音がして、風の流れと共に気配が動く。

 衣擦れと、雅やかな鈴の音が近付いてきて、影が落ち。


 

「余は、其方のそう言うところを好いておる。昔からな」

 


 煉夜れんやあごを強引に持ち上げられた。

 主上——美しき青年の尊顔が目に入る。


 鼻筋が通り、知性を感じさせる面立ち。

 髪は垂れぬよう冠に綺麗に収められている。


 切れ長の瞳は多様な色彩が煌めいており、神秘的かつ蠱惑こわく的だ。

 只人が目にすればたちどころに魅了されてしまうだろう。



「のう、煉夜れんや。其方はいつになれば余の寵愛ちょうあいを受ける気になる?」


「……おたわむれを。私は罪人つみびとではありませぬか」


「其方に与えた任と、不老不死の事か。

 確かにそれは、其方が犯した罪への罰。

 しかし同時に、寵愛の証でもある」



 顎から頬へ沿って、撫でられる。

 その感触が煉夜れんやは心底気持ち悪かった。



(——地獄のような生を与えておいて寵愛しているとは、よく言ったものだ。

 普通、愛する者に苦痛を与えたいと思うか?)



 愛しさ故に、成長を促すため試練を与える事はあるだろう。

 だが、それにしても度が過ぎている。



(私ならば愛する者は、大切に、大切に。

 慈しみ、愛で。苦しみから遠ざけたいと思うがなぁ……)



 神と人。種の違いから来る思想の相違だろうか。

 自分とは相容れぬ、と煉夜れんやは首を横に振る。



「申し訳ありませぬ、主上。

 ……いえ、大神おおかみ。罪にけがれたこの身には余りあるほまれにございますが、ご容赦を」



 煉夜れんやは御手から逃れて半歩下がると、まぶたを閉じて頭を下げた。



「そうと知っていながら、今回もなびかぬか。やはり、強情であるな」


「無礼とは存じていますが、性分にございます」


「まあよい。どうせ余からのがれられぬ。いずれ受け入れる日が来るであろう」



 「そんな日が来ることはない」と言い返したかったが、余計な事を口走るべきではない。

 煉夜れんやは微笑みをたたえて、顔を上げた。



「他にご用件はございますか?」


「ああ、そうであった。今宵の鬼気きけまつり神楽舞かぐらまいは其方に任せよう。よくよく魅せておくれ」



 主上が腕を組み、期待に満ちた笑みを見せている。

 煉夜れんやは「なるべく目立ちたくなかったなぁ」と心の中で独りごちながら、



「神命、賜りました。貴方様に捧げる舞、とくと舞って魅せましょうぞ」



 と、承諾の意を返した。


 そうして仕方なく、煉夜れんやは鈴を手に炎をまとわせ舞うことになった。


 厄をはらい、神に奉納する華麗なる炎舞の神楽かぐらを。


 その裏で、金色こんじきに危機が迫っているとも知らずに——。

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