第三話 平穏を乱す予期せぬ客

 明け頃。

 務めを果たした煉夜れんやは、都から離れた僻地へきち、霊山近くの川のほとりに存在する、こぢんまりとした家へ帰り着いた。



金色こんじき、帰ったぞ!」



 意気揚々と戸を開けると、入ってすぐのくりや金色こんじきの姿があった。



「あ、煉夜れんやさん、守橙しゅちょうさん、おかえりなさい! もうすぐ朝餉あさげの準備が整いますからね」



 金色こんじき屈託くったくのない笑顔を浮かべる。

 煉夜れんやは雷に撃たれたような衝撃を受けた。


 何と純真無垢じゅんしんむくあいらしい笑顔だろう。



(これがあやかし? いいや——)



「天の御使みつかいがいるぞ、守橙しゅちょう金色こんじき天上てんじょうもっととうとき神がつかわされた神使しんしに違いない」


あるじ様……」



 守橙しゅちょう憐憫れんびんを帯びた瞳で射抜いて来る。



「何故そんな目で見る。

 幼き金色こんじきが私をねぎらうばかりか、私のために率先して食事の準備をしてくれているのだ。

 感動しかないだろう?」


「…………そうですね」



 盛大なため息を付かれた。


 式神に人と同じような感性を求めるだけ無駄か、と結論付けさとすのは諦める。

 

 そんな事よりも金色こんじきを抱きしめ、でたい衝動に駆られた。


 だがしかし。

 まずは身をきよめねば金色こんじきけがしてしまう。


 煉夜れんやでくりまわしたい気持ちをぐっとこらえて、水浴びと着替えに走った。



❖❖❖



 大急ぎで身支度を整えて戻ると、ぜんに乗った朝餉あさげが座敷に準備されていた。



煉夜れんやさん、冷めないうちにどうぞ」



 うながされて、金色こんじきと隣り合った席へ着く。


 一汁三菜いちじるさんさい

 米、味噌汁、焼き魚、漬物、煮物。


 ほかほかと湯気が立ち上っている。

 出来立ての温かい食事だ。


 ごくり、とのどが鳴った。



「頂きます」



 両手を合わせ、糧になる食物と調理してくれた金色こんじきに感謝する。


 はしを取ってわんを持ち、おかずをついばんだ。


 食事も金色こんじきと出会ってから思い出した楽しみの一つ。

 しっかりと噛み締めて頂く。


 じんわりと口内に広がり、舌をにぎわせる食材の味に頬がゆるんだ。



「どうですか?」


嗚呼ああ……今日も美味うまいな。特にこの魚が別格だ。またそこの川で捕ったのか?」


「はい! 今日もよく肥えて良いお魚が捕れましたよ」



 〝そこの川〟というのは、で満たされた、土地神が住まう神域しんいきだ。

 あそこに住む生物は微々たるものだが神格を帯びている。


 故に漁獲は禁止されているが、金色こんじきはそれを知らない。



(最初にそこの川から魚を捕ったと聞かされた時、守燈しゅちょうはみっともない呻き声を上げて慌てふためき、金色こんじきはきょとんと首を傾げていたな)



 二人の対照的な様子を思い出すと今でも可笑おかしくて。

 煉夜れんやは「くくっ!」と笑い声をこぼした。



「そうかそうか。なれば、味わって食べねばなぁ」


呑気のんきですね、あるじ様……。

 私は、いつ土地神様のお怒りを受けるのかと、気が気がではないですよ」


「かの神にとがめる意思はないようだがな。罰するならとうにしているだろう。

 つまり、ゆるされているのだよ。

 金色こんじきが神の御使みつかいというのは、はからずも遠からず、という訳だ」


「……ですかねぇ」



 訝し気に眉をひそめた守燈しゅちょうは無視して、煉夜れんやは箸を進めていく。

 金色こんじきへ感謝の言葉と、料理に対する賞賛も忘れずに述べながら。


 そうして、談笑を交えて朝餉あさげの時間を過ごしていると——。



「おおーい。邪魔するぞー」



 予期せぬ客が訪れた。

 返事をする前に引き戸をる音がして、家屋の入口から男が入って来る。

 

 毛先のとがった、海の様に深い紺青こんじょう色の髪を頭頂部で束ね、きらびやかな衣装を着崩してまとっている。


 男らしいと言えばいいのか、いつ見ても粗野な印象を与える風貌ふうぼうだな、と煉夜れんやは思った。


 その後ろから、明るい天色あまいろの短い髪に、きっちりと狩衣かりぎぬを着た若い男がもう一人入って来た。

 こちらは優男といった印象だ。



「おぉ? お前さんがめしとは珍しい」



 粗野な男は満面の笑みで無遠慮に部屋へ上がり込み、髪色よりも濃い藍色あいいろの瞳をこれでもかと見開いた。


 金色こんじきが、弾かれたように煉夜れんやの背へ回る。


 煉夜れんやはため息を吐き出してお椀を置くと、男——煉夜れんやと同じく神に仕えるしょうの一人である男をにらみつけた。



「無作法が過ぎるのではないか? そう殿」


「何を今更。数十年来すうじゅうねんらいの付き合いだろう?

 このところ音沙汰おとさたがないから、どうしているかと思えば……ふむ」



 そうが、煉夜れんやの背にすがって隠れる金色こんじきのぞき込んだ。


 笑みが消えて、すっと瞳が細められる。



妖狐ようこわらべか」


妖狐ようこ!? はらわねば、今すぐに!!」



 優男——そうの従者であろう男が声を荒げて、ふところから〝〟を取り出し、金色こんじきへ視線を送った。


 大分興奮しており、今にでも暴れ出しそうな雰囲気だ。



「まったく。主が主なら、従者も従者だな。守燈しゅちょう


「はい」



 煉夜れんやの意を汲んで、守燈しゅちょうが動く。

 瞬時に若い男の背後に回ると、両手をおさえ込み、地へと体を押し付けた。



「うぐっ!? 何をする、放せ!!」


「何をする、はこちらの台詞だ。

 私の平穏を乱しに来たのなら、即刻お帰り願おう。

 それとも、やいばを交える事をお望みか?」


「いやいや、お前さんと事を構えるつもりはない。

 ……恐ろしさは身に染みてるからな。

 湊音みなと、ちょっと外に出てろ」


そうかみ、何故ですか!?」



 目配せで守燈しゅちょうに指示を送る。

 と、さっした守燈しゅちょう湊音みなとと呼ばれた若い男をかかえて、屋外へ出て行った。



「悪いな。あれで一応優秀な弟子なんだが、過去に色々あってなぁ。

 人一倍、あやかしを憎む気持ちが強いのさ」


「無駄話はいい。何をしに来た?」



 良く知らぬ相手の身の上話を親身に聞く趣味はない。

 さっさと本題に入れ、といつの間にか座り込んだそうを、じとりと見やった。



「そう睨むなって。都に寄り付かないお前さんに伝言を頼まれたんだよ。

 おかみさん、妖気祓ようきばらいに鬼気きけまつりおこなうとよ。

 お前さんも『朱雀すざく一柱ひとはしらとして参列せよ』との勅令ちょくれいだ」


「……気が進まぬな」


「はは! 相変わらずだなぁ。だが、気を付けろよ。

 このところ宮中の雲行きが怪しい。

 あまり不遜ふそんに振る舞っていると、を追われるぞ。

 その妖狐ようこも出来るだけ早く手放した方が良い」



 そうが眉を吊り上げ、真顔で説いてくる。



(この座は望んで得たものではない。

 そうなれば願ったり叶ったりだが……)



 この男が知るよしもない。



「忠言は心に留めておく」



 煉夜れんやは告げて、話が済んだのならさっさと帰れ、と追い払う仕草をして見せた。


 そうが肩をすくめて立ち上がる。



「冷たいねぇ。茶の一つもないのか?」


「報せもなしに訪れて、どの口が語るのやら。

 招いてもいない客を歓迎してやれる寛容かんようさは、生憎と持ち合わせていなくてな。

 とっととね」



 声色こわいろを下げてにらみを利かせると、そうは「おー、怖い怖い」とわざとらしく体を震わせて「邪魔したな」と立ち去って行った。

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