第9話:レアなスキル
「レアなスキル、とは具体的に教えてもらっても良いですか」
「モンスターは必ず魔石を落とすわけではないんですよ。なのでここまで100%の確率で魔石を落とすという事象は、ビギナーズラックで片付けられない何かがあるはずです。やはり三郎さんには誰かとパーティーを組んでモンスター退治に行ってみてほしいと思います」
「それはこちらから言おうと思っていました。このあんパンと牛乳のお礼もしなければいけませんし」
マツさんは片眉を上げて俺の言い分を聞く。
「さっきも言いましたが、それは三郎さんの稼ぎですよ? そこを気にされる必要はありません」
「いえ、こんなダンジョンの中で魔石だけ持ち歩いても、いつかは腹が減って倒れていたかモンスターに襲われていたでしょう。マツさんがここでコミュニティを形成していて、そしてマツさんのスキルがあるからこそ今この甘味を味わうことが出来ているんです。マツさんのおかげですよ」
今こうして再勉強し、話す機会も得られ、少なくとも二、三日は死なずに済む。それだけの環境を整えてくれていたからこそ今の自分が無事でいられることに違いはない。
「そう言われると……じゃあ、そういうことにしておきましょう。三郎さんをみんなに紹介しないといけませんね。時間はそろそろかな。魔石集めに行ってるパーティーが戻ってくると思うので、その時にでも。それまではここで自由に過ごしててください」
「解りました。まだまだ学ぶこともありますし……あ、そう言えばもう一つ聞きたいことがありました。大名行列ってなにですか? もうすぐ来るから危ないと言われていたので急いで退避したのですが」
大名行列……名前からして、何かしらの集団が通り抜けていくということは解る。ただ、大名とは何なのか、行列をなしてなにをするのか。
「そういえば今日は大名行列の日でしたね。じゃあちょっと覗いてきますか? 一応安全に見に行ける場所はあるんですよ。それに今後、ここのルールとして大名行列の時間になったらここに帰ってくるというルールにもなっていますし、まずは通り過ぎるのを待って、それから三郎さんの紹介と行きましょう」
ゲルを出ると、マツさんについて後ろを歩く。マツさんのスキルで買ったのであろう家のようなものが軒を連ねている。ダンジョンの天井はかなり広いしこの場所自体かなりのスペースがある。それぞれのログハウスやコンテナハウスはあまり大きいものは無いが、それでもやはり異質感は残るし、不自然な色とりどりそれぞれの家は買ってそのまま、という感じがする。流石に移動させたりするのはここの人員ではパワーが足りないだろうし、コンテナハウスとはいえ安いものではない。むしろダンジョン外で生活している人よりも裕福にすら見えてくる。
絶対生活圏へ逃げてくる過程で全てを失って未だに自分の家すらない人も居るのだ。それに比べればここの人たちは随分恵まれているとも感じる。
しばらく歩くと上下の段差がある展望台風の場所へやってきた。
「ここからなら見えると思います。声を上げずに目だけで確認してください……そろそろ来ます」
マツさんの合図でそっと頭だけ出す。そして目に入る光景。
そこには何百もの様々なモンスターがのっしのっしと歩き出している光景が広がっていた。モンスターも一種類ではない。多種多様、様々なモンスターが我々の生活スペースから離れた位置を階段のほうへ歩いていく。ゴブリンもよく見れば剣を持つもの、弓を持つもの、杖を持つもの、色々種類がある。ゴブリンは一種類ではないらしいと言うことはダンジョンマニュアルで学んでいたが、実際に見るのと本で読むのではやはり認識上の齟齬があるらしい。
大名行列というよりも魑魅魍魎というほうがしっくりくるのではないか、大名行列なら大名に当たるものが必ず……そう思っていた矢先だった。
明らかに巨大なモンスターが現れる。明らかに大型のゴブリンと、それを前後に引き連れて豚のようなモンスター、確かオークとか言ったっけ。ダンジョンマニュアルにもそう書いてあった。そのオークにしても大きい。きっとボスって奴……あぁ、だから大名、というわけか。あいつがお殿様なんだろうな。
そのまま大名行列が通り過ぎるのを息を殺してじっと待つ。マツさんも同様に、静かに見送った後、距離が離れた頃合いを見て、身振り手振りで戻ろうと合図を送ってくれた。
そのままゲルまで戻り、ふぅー……とようやく息をつけることが出来た。
「アレが大名行列ですか。大名はあのデカいオークってところでしょうか」
「そうですね。ちゃんと行きと帰りがあるんで大名行列と私たちは呼んでいます。一定期間ダンジョンの外へ出て活動し、そしてまた戻ってくる。何をしているかまでは追跡していませんがダンジョンの中で生活しているという点では私たちと同じかもしれませんね」
あれがお仲間とは思いたくはないが、生活している場所が同じ、という点では確かにそうかもしれないな。でも、アレに手を出しても返り討ちにあうのがせいぜいだろう。たとえ探索者でもアレを相手にするには相当な戦力が必要だろう。
「要するに私たちはアレに出会わない範囲でモンスターを倒して稼いで、糊口をしのいでいくわけですか」
「まだレベル上げもまともにできてない人だっていますから、一応輪番制でそれぞれの実力に応じて歩き回る場所を決めています。まだ不慣れな三郎さんには、明日上の階層に戦いに行く人たちの補助をしてもらおうと思います。ついでに三郎さんの体質についても調査、ですかね」
自分の仕事を確認する。マツさんは少し厳しい顔つきで窘めるように語りかけてくる。
「体質、ですか。これもスキルだったりするんですかね? 」
「何日か試してみて、それが確実に目に見える戦果を叩きだせれば間違いなくそうなるでしょう。さて、みんなに紹介します、外へ出て食事にしましょう」
ゲルを出るとどうやらこの老人ホームに住んでいるらしい全員が地べたに座って食事をとっている。食材は多分ネットショッピングで購入したものを調理して……調理用具や調味料なんかもおそらくは同じく購入した物なんだろうな。
「あんたが新入りさんかい? わたしは美智恵ってんだ、主には食事担当なんだ。よろしくね」
俺より年上の女性から椀と箸を受け取る。箸は割りばしではなくちゃんとした箸だ。椀にはラップこそ巻いてある物の、欠けてもおらずちゃんとした食器として用意されているようだ。さすがに洗い物をするために水を消費するのは問題らしい。椀にラップを巻いて食事の洗い物を減らすのはキャンプガイドか何かで昔読んだな。
逆に、箸を洗うぐらいの水は許容されているらしい。まぁ人数分の箸ぐらいなら水のほうが安く済むって事だろう。その辺を換算しているあたり、ちゃんとした考えの元で生活が成り立っているんだというのがしっかりと伝わる。
「みんな聞いてくれ。今日から新しくこの老人ホームに入ることになった三郎さんだ。もしかしたらスキル持ちかもしれない。彼のサポートを上手くして上げてほしい」
「三郎です、よろしくお願いします」
小さな拍手が起こる。どうやら歓迎されていない訳ではないみたいだ。どちらかというと物音を立ててモンスターが来ないように、だが盛大に歓迎しようという意識の表れなんだろう。手を叩いていない人は居ない。皆を見回してみるが、マツさんを除けば俺が一番年下かな? という見た目をしている。もしかしたらずいぶん年上で、レベルアップのおかげでそこまで年齢を感じさせないのかもしれない。
とにかく、しばらく生きて行けるだけの環境はここにあるという事だけは解った。これから役に立つかどうかわからないが、精一杯ここに受け入れてもらえただけの恩返しをしていければいいなと思っている。さっそく明日から無理しない程度に頑張っていこう。まずは、無理を出来るだけの体つくりからだな。
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