第8話:魔石とスキル
「読み終わったようですね」
後ろを振り向くとマツさんがまたコーヒーを両手に持ってこちらへ来た。こっちの集中が切れるのを待ってたかのようだった。
「おおよそですが、現在置かれてる状況と世の中については再勉強できたと思っています。解っていた事も多かったですが、知らない事もまだまだ多いですね。結構勉強してきたつもりだったのですが、中々新しいものには手が出ないところ。また学びが増えましたね」
「それは何よりです。で、読んでみてどうでしたか。何か実りはありましたか」
「ええ、それなりに。細かい疑問の半分ぐらいは解消された形になると思います」
明らかに年下なのだが、マツさんには丁寧語を使ってしまう。そんな雰囲気すら漂わせるマツさんにはいくつか隠し事があるに違いない。そして、俺の質問したいこともその中に含まれているだろう。
「マツさん、お尋ねしたい事が有ります」
姿勢を正してマツさんに質問をする。あくまでこちらは是非とも教えていただきたい、という姿勢だ。
「はい、なんでしょうか。答えられる範囲でお答えします」
マツさんは今なら答えられるよ、という感じでこちらの目を見てくる。こちらもじっと見返すことにする。後ろ暗さはない、純粋にこれは俺の好奇心だ。
「このいくつもある建物はスキルの影響なんでしょうか? 」
「良い質問ですね。これは私のスキルで購入したものです。【ネットショッピング】と言います」
「それは食糧だけでなく建材や衣服、戦うための装備なんかを購入できるスキル、ということであってますか? 」
マツさんへの質問は充分な合格点だったらしい。笑顔でマツさんは俺の質問に答えてくれた。
「はい、そういう事になります。そして、これから三郎さんにやっていただきたいことがそこに含まれている内容でもあります」
マツさんはコーヒーをグイッと飲み干すとマグカップを机に置き、俺に目線を合わせて手を掴むと、願い事を聞いてほしいかのように俺に語り掛ける。
「三郎さんには、モンスターを倒して魔石を入手してきて欲しいんです。もし無理なら他の仕事でも構いませんが、魔石を取って帰ってくることが出来る人材、それを今募集……いや募集といういい方はおかしいな、それが出来る人材を臨んでいます」
膝の調子も前ほど悪くない。曲がった背中は肩の重量に耐え切れそうだ。よいしょっと立ち上がると腰を伸ばし、丸まった背中を真っ直ぐにしようと努力してみる。前よりも視界が高い。丸まった背中はレベルアップで多少マシになっているらしい。ゴブリン一匹なら数分かかるが倒しきることが出来る。
今の俺に、力になれることが出来るんだろうか。だとすればここで一宿一飯とまで言うと大げさだが、恩返しができるのではないか。そもそも俺に帰る場所はない。ここに住むしかないんだとしたら、俺に出来る精一杯をやるのが筋ってものじゃないだろうか。
「解りました。まずどこまでできるかは解りませんがお力になれるのでしたら是非ともやらせてください」
「ありがとうございます。とりあえず、次はこちらの方を読んでみてください。ここのダンジョンに出てくるモンスターの簡単なリストと特徴、どんなものを倒した後に残すか、等が書かれています」
マツさんにまた本を渡される。実地で試験してこい、とはさすがに言わないらしい。早速受け取った書類に目を通す……前に思い出した。
「魔石ってこれのことですかね? 一人でうろついてる間にモンスターを倒して、その時に拾ったものですが」
ゴブリンのものと巨大ネズミのものをまとめてマツさんに見せる。
「そうです、これが魔石です。よく拾えましたね。ということは、何度かレベルアップされてここまで来たんですか? 」
「そうですね、二度ほどです。膝の痛みが段々和らいで行くのを感じました。やっぱりあれがレベルアップの効果だったんですね」
「魔石を渡してみてください」
素直に魔石をマツさんに渡すと、マツさんの手の上から魔石が消える。
「確かに、間違いなく魔石でした。今私のスキルの【ネットショッピング】の保有財産が増えました。そして、この魔石の代価として購入できるものが色々あるんです。例えば……こんなふうに」
マツさんが見えない空中をポチポチと押すと、目の前に段ボール箱に入った商品が到着する。なるほど、確かにネットショッピングだ。今はもう失われたインフラストラクチャである、頼んで即日配送。それが現代でも可能になっているというスキルなんだろう。どこでどんな商品が作られているかを考え始めると色々とおかしい所はあるが、魔石を対価に商品をこの場に出せる、という事に間違いはないんだろう。
中身を開けて見ると、あんパンと牛乳が入っていた。ダンジョン災害前に流通していた、なじみのある企業名のロゴが付いたままのあんパンと、パック入りの牛乳……これも企業名がそのままだ。
「それは三郎さんの努力で稼いだものです。どうぞ食べてください。あと、企業ロゴは気にせずにいてください。どうやらこのスキルをもらった段階で過去ネット上に流通していたものなら大体なんでも手に入ります。後は……今現在流通している新聞や書籍なんかも取り寄せることが出来ます」
「なるほど、つまりラインナップも日々増えているという事ですか」
現在でも流通している……流通とは言い難いかもしれないが、貴重な紙媒体の新聞なんかもお取り寄せできるらしい。ということは今生きている流通を抑える事も出来ている、ということらしいな。
「しかし、結構な数を倒して来られたのですね。一人で魔石を五つも持ってくる人は大体もっとボロボロになった状態で発見されるケースが多いんですよ」
「そうなんですか。私は倒せたのはゴブリンが二匹と巨大ネズミ……ビッグラットでしたね。それを三体倒したのがやっとでした」
ピタリ、とマツさんの動きが止まる。そして首だけがグルッとこちらを向く。
「もしかして、倒した分だけ魔石が出た、ということですか」
「はい、そうなります。魔石って必ず落とすものではないのですか? 」
「ふむ……三郎さん、あなた多分レアなスキルをお持ちになってると思いますよ」
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