第6話:老人街
ダンジョンの中に町がある。家と言うほど立派では無いが壁と屋根のある簡素な作りの建物がいくつか並び、人が生活するにおいを感じる。
問題なのはここに住むのが皆同じ年齢ぐらい……言ってしまえばジジババだらけだということだ。ジジババによって構成されたダンジョン内の町。それが第一印象だ。
「もしかしなくてもだけど、ここのみんなは」
俺は疑問を真っ先に口にする。多分俺だけじゃなく、ここに初めてたどり着いた人なら同じ感想を言うだろう。だが、聞かずにはいられない。
「そうだ、ここの人はみんな社会に捨てられたもん同士、姥捨て山の老人ホームってとこだ」
「介護してくれる人はおらんけどな。まあ自主独立した集団の気楽な所だ」
そう言って黄色くなった歯を見せながらニシシと笑っている、槍持ちの人。
「ようこそ、ダンジョン老人ホームへ。あんたも新しい入居者ってことでいいんだよな? 」
どうやらとんでもない所にきてしまったらしい。姥捨て山かと思いきや捨てられた同士が助け合って生きている等と誰が想像するだろう。
「じゃあ、あんたらみんな俺と同じで捨てられたクチなのか? 」
「そうだ、ここではワシらが先輩じゃが、まぁあんまり気にせんでええよ。ここでは名字も身分もあんまり無い、辺鄙なところだ。もしかしたら現代社会の地獄の一つではあるかもしれんがのう」
しかし、この建物の屋根とか壁とか、どこから調達した物なんだろうか。それだけじゃない、みんなが着ているもの、装備、それだけじゃない。食べ物も飲み物も、あらゆるものが必要なはずだ。それをどうやって補っているのか。
「色々疑問はあるだろうけどよ、まずは確認だ。あんたも姥捨て山よろしくここに放置された、既に世の中では居ない事になっている人、つうことであってるのかな? 」
既に居ない人……現代では行方不明者を探すのも一苦労だ。たとえ届を出したにしても形式上のもので、間もなく俺は死んだ人間扱いにされるだろう。故人扱いで問題はないか。
「……そうなると思う。いや、ここに来た時点でそうなのかもしれないな。俺は義理の息子に捨てられたよ」
「そうか、辛かったろうに。慰めになるかどうかは解らないが、ここのほとんどはそういう人だ。ここが未認知のダンジョンだからといって食わせられなくなった老人を平気で捨てていく、そんな時代になっちまった。俺達が目指してた未来ってのはこんなんじゃなかったはずなのにな」
一時の沈黙が訪れる。俺の姿を見て新しい住人か? と見に来る人達も居た。どうやら結構な人が住んでいるようだ。これが全員捨てられた人たち。ぱっと見で三十人ぐらいは居るかな。全員の顔を覚えるには時間がかかりそうだ。
「まず、ここに居るにあたって会ってほしい人がいる。まぁ……この老人ホームの代表みたいな人だ。この人がいるから俺達はここで生き延びることが出来ている」
そんな重要人物が居るのか。なら顔合わせをしておく事は必須だろうな。
「付いていきます」
「そうしてくれ。ちなみに俺はシゲさんと呼ばれている。そのままそう呼んでくれて構わない」
「解りました、シゲさん」
シゲさんの案内で町で一番わかりやすい形をしたテントに案内される。モンゴルのゲルみたいな形をしている。明らかにダンジョンの中に作れるような大きさでも無ければ、外部から材料を持ち込むにも難しい。つまり、ここにこの町が存在する理由というか正体というか、そういうものがあるんだと考えていいんだろうな。
「マツさん、お邪魔するよ」
シゲさんは親しそうに声をかけて中に入る。俺も続いて中に入る。壁一面に並んだ書棚。そこに格納されている書籍。中々のものだ。本屋なのかなここは。
「やあシゲさん。そして後ろは……新しい人かな? 」
マツさん、と声をかけられた人はここに住んでいる人たちに比べて二回り以上若い、四十代前半に見える男性だった。
「ようこそ、場末の老人ホームへ。私が管理人……管理人? ではないな。いまだに呼び名が決まってないんだよね。だから気軽にマツさんと呼んでほしい。まずは名前を知り合おう。全てはそれからだ」
「あ、はい。竹中三郎と言います。義理の息子にここに捨てられて彷徨っていたんですが、運よくここの方々と出会ってここまで来ました。よろしくお願いします」
「三郎さんだね。ここの人間は皆いろんな理由……まぁ、ここに老人しか居ない時点で解ってもらえると思うんだけど、ここは現代の姥捨て山さ。日本政府が決めた絶対生存権の外側の、まだ未発見扱いになっているであろうダンジョンの中にある共存共栄を目的にした場所だ。まずは、生きてここまでたどり着けたことを幸運に思おう」
「ってことは、たどり着けなかった人も居る、ってことですか」
たどり着けなかった、つまりダンジョンの中に居たゴブリンとか巨大ネズミにやられてしまった人もそれなりに居るって事か。もしくはここにたどり着いた時点で全てを諦めてしまった人はそうなったんだろう。
「いやーギリギリで良かったよ。もう少ししたら大名行列の時間だったからね。もし遭遇してたら助けるほうも助けられる方もどうにもならなくなっていた所だったよ」
大名行列、ってさっきも聞いたな。一体何なんだろう。質問したいことがいくつもあって考えがまとまらない。
「何から質問すればいいか、といった感じだね。じゃあ今日はそうだな……この辺からかな。試しに読んでもらっていいかな。質問はそれを読み終えて頭が整理されてからでも良いと思うんだ」
そう言い、マツさんは一冊の本を俺に渡してくる。
『ダンジョンマニュアル』
シンプルなタイトルだ。内容はそんなに分厚くない、おそらくダンジョンとは何か、ということについて書かれているんだろう。
「まだ居場所も決まってないだろうし、この部屋は自由に使ってくれていいからさ。とりあえず一息つきなよ。コーヒーで良ければすぐ出せるけど、要るかい? 」
部屋の中にあった椅子と机を拝借して、早速読み始める。気が付くとマグカップにコーヒーが注がれていた。コーヒーなんて現代では贅沢品だ。ダンジョンが現れるまでは毎日何杯も飲んでいたコーヒーだが、ダンジョン災害以後海外からの輸入品が入らなくなって、日本ではコーヒーを飲むという行為がかなりの高級な代物になってしまっている。それがこんなダンジョンの中で飲める。また質問したい内容が増えたな。
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