第4話:最適化

 杖でボコボコにするのもさすがに疲れるな。何かもっと効率のいい武器は無いだろうか。ナップザックの中をごそごそと探してみると、十徳ナイフが出てきた。杖よりも近づく必要はあるが、こいつのほうが攻撃力はあるだろう。次で試してみよう。棍棒を避けて、十徳ナイフを差し込む。ちょっと素振りをしてみよう。


 サッと避けてブスッ、サッと避けてブスッ。


 うん、多分なんとかなるな。動きをトレースしているうちになんだか思考がクリアになってきた。頭にかかってたモヤが少し腫れた気分だ。どうやらこれもレベルアップとやらの恩恵らしいな。本当にレベルアップという現象が起きているのかはともかく、モンスターを倒すと強くなれるらしい。死ぬまでにどれだけ強くなっているか、それを見送ってからでも遅くは無いだろう。もう世の中としては終わった人生だ、どう生きていようが俺の自由にさせてもらっても問題ない。


 歩き続けると次のゴブリンが見えてきた。どうやらここのダンジョンはあまりモンスターの密度は高くないらしい。また一匹だ。一匹相手なら今の俺でもなんとかなる。


 杖より得物が短い以上、より近づいてから攻撃する必要がある。後ろからそっと、そおっと……ゴブリンがこっちに気づく前に真後ろまで近づいて、そして首筋にナイフを当てて一気に切る!


 突然後ろから斬りつけられたゴブリンは驚き慌てふためきながら傷口を抑える。その間にナイフを杖に持ち替えて、傷口を抑える手を執拗に攻撃する。このまま失血死してくれればお得だ。


 自分が出血してパニックを起こしているゴブリンに対して傷口を広げるように杖を叩きつけ、手早くゴブリンが死んでくれることを祈りながら叩き続ける。そういえば俺、モンスターを殺しても何とも思っていないな。やはり自分の命がかかっていると人間非情になれるということだろうか。


 しばらくして、力尽きたゴブリンが消滅する。後にはまた石っころ。どうやらこの石っころはモンスターを倒した証拠になるらしい。さっきより早く倒せたな。一匹相手なら問題なさそうだ。一匹しかいないゴブリンを探して回り、二匹以上いるモンスターを見かけたら逃げるようにしている。


 そのままダンジョンを巡る事一時間。腰を下ろして休憩して水分補給。水分も貴重だ。人間三日分の水分が無ければそれで死んでしまうという。今から三日以内にこのダンジョンを脱出するか、それとも水場を探して……いやまて、こんなダンジョンの水場が果たして安全なんだろうか。やはり水分も多少ケチって飲むしかないな。


 ともかく、この一時間で三匹のゴブリンに出会うことが出来た。これが多いのか少ないのかは解らない。出来るだけ一匹しか出会わないように逃げまどいながら道を探している。思い出してみよう。車でダンジョンに入って俺が置いてきぼりにされたところまでモンスターと言うものには出会わなかったはずだ。このまま何も出会わない広い道を歩いて行けば外へ出られる。


 だが、外に出たとて家まで無事に帰りつける保証はない。そしてなにより、ついさっきこのダンジョンの中で一生を終える覚悟をしたのではなかったか。残り三日でダンジョン内で生存スペースを確保する、まずはそこからだな。


 どっこいよいしょっと。立ち上がり腰を伸ばし、パンパンと尻を叩いてほこりを払って再度、ダンジョンをうろつく。地図も方位磁石も無い、あるのは通じないスマホだけ。スマホはもう必要ない……いや、何かの時のために残しておこう。


 ぶらぶらと歩いていると、ゴブリン以外のモンスターらしきものを見かけることが出来た。巨大なネズミだ。二匹居る。そしてその二匹と目が合う。まずいな、ここで俺の人生は終わってしまうかもしれない。


 巨大なネズミは一直線に俺のほうへ向かってくる。同時に来たらここで人生終了だと覚悟したが、二匹別々でやってきてくれるらしい。少しだけ寿命が延びたな。


 一匹目を痛い膝を我慢して避けつつ、十徳ナイフで応戦する。腕に噛みつこうとしたので腕にそのまま十徳ナイフで斬りかかり、そのままの勢いで弾き飛ばす。どうやらこのネズミはゴブリンほど強いわけでは無いようだ。同じく襲い掛かってくる次のネズミも同様の扱いでなんとかナイフを差し込み、真横に切る。


 巨大なネズミはやはりゴブリンよりも弱いらしい。傷を負ったネズミはその辺に転がり、動かなくなってしまった。ゴブリンみたいに消えないという事は止めを刺す必要があるんだろう。命を頂く行為……なのかどうかは解らないがこれもちょっとでも長生きするため。すまんと念仏を唱えつつ止めを刺す。


 ゴブリンと同じように巨大なネズミも消滅していき、後にはまた石っころ。ゴブリンの物よりは小さい。この石の大きさでモンスターの格みたいなものを表しているんだろうか。これは、ちゃんとダンジョン特集みたいな番組を見て勉強しておくべきだったな。人間いくつになっても勉強は必要であるという、大昔に俺に知識を与えたくれた教師の言葉を思い出す。昔のことは思い出せるんだけどな、最近のことはちょっとな……


 すると、また体に高揚感が現れた。これでレベル三……いや、今までレベルが無かったものにとってはこれでレベル二かもしれないな。そういえば特集番組でそんなことを言っていたような……言ってなかったような。とにかく、膝がまた一つ楽になった。これで五年ぐらい前までの体の動きに近いような感覚が訪れる。試しにそのままジャンプしてみるが、着地の衝撃が膝や腰にあんまりこない。これはかなりすたいりっしゅな戦いが出来るに違いない。


 しかし、武器が心許ないな。十徳ナイフと杖だけではどうにも戦うには時間がかかるし、もしかしたらその辺に転がっている石を放り投げたほうが今なら効果があるかもしれないな。

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