第3話:ゴブリン
ギャッギャッと声が聞こえてくる。その声のほうにゆっくりと、自分では急いでいるつもりだが他の人から見ればゆっくりと声の主の元へ近づいていく。そこには一人の……いや、一匹と行った方がより正解に近いモンスターが居た。
ダンジョンについてほとんど何も知らない。都心部にマンションを持っていた自分にとってはダンジョン災害とそれに関わる職業にはほぼ無縁でいたが、流石にどんなモンスターが存在するのか、までは知っていた。あれはたしかゴブリンという名前だったはずだ。
緑色の肌に臭う体臭、そして何かしらの武器を持ち、人を見たら襲ってくる。ダンジョンの中を撮影しながらダンジョン内とはどういうものか? といった内容のドキュメンタリーで見覚えがあった。よく覚えていたな、と自分に感心しつつ、モンスターににじり寄っていく。
にじり寄ると言っても普通に歩くだけで、足音を立てないようにするだけだ。手持ちの武器は片手に持った杖のみ。この杖で滅多打ちにする以外に俺に戦う手段はない。
世の中にはこのモンスターを倒してダンジョンを封鎖しに行くための民間の職業として探索者というものがあることまでは知っているが、具体的にどういう仕事をしているかまでは興味が無かったし、自分がこの歳になってそんな冒険ごっこじみたことをする予定は人生に無かったからである。
何事も経験しておくことは大事、百聞は一見に如かず、ということか。やがてモンスターはこちらに気づき、小ぶりな棍棒を振りかざしこちらに走ってきた。俺はこいつに殺されるのか。
「ギャギャ、、ギャッ! 」
うるさい奴だ。そんなに俺をいたぶりたいのか。ゴブリンとか言うモンスターはゆがんだ笑みを浮かべながらこちらへ向かってくる。こちらも杖を構える。まずは一発喰らって……いや、それでゲームオーバーとなる可能性だってあるんだ、迂闊にダメージを受ける必要はないだろう。それにその選択は……退屈だ。せっかくなら一発ぐらいやり返しても誰も文句は言わないだろう。
それにあの憎たらしい表情と動き。俺も子供の頃はあんな感じだったな。ポケットにベーゴマと癇癪玉を忍ばせ、あちこちで破裂させては遊ぶ。同年代の友人とぶつけあった覚えもある。ロケット花火を人に向けて発射しあったり、懐かしい日々が頭の中を駆け巡る。
……っと、そんなことを考えている暇では無かった。その間にもゴブリンは近づいてくる。そしてその小さな棍棒を振りかぶり、力の限り振りかざしてきた。思わず杖と全身で受け止める。
ググっと全身にかかる荷重が後ろへ二歩、三歩と後ろへ下がらせる。小柄な割にパワーがある。もしくは、その腕の振りに全力を注いでいるのかもしれない。もしそうだとしたら頭はそんなに賢くないな。
そのまま相手の重さのかかりぐあいを左右にずらすと、ゴブリンはそのまま力任せに自分からつんのめって転んだ。もしかしたら、あまり賢くないのかもしれない。
「グエッ」
汚い事ともにゴブリンが転ぶ。杖を持ち直すと、突き刺すようにゴブリンにその杖先を突き刺す。勿論刃物ではないので突き刺さったりはしない。しかし、倒れているゴブリンにはそこそこの効果だったらしく、ゴブリンは痛がるそぶりを見せる。
顔を上げてゴブリンは再び立ち上がろうとするが、その暇を与えないように杖先がゴブリンの顔に命中する。ゴブリンは顔を抑えて転がりまわる。これは、いけるのでは?
「ほっ、ほっ、ほっ」
「ギャッ、ギャッ、ギャッ」
そのまま何回か、ゴブリンに対して杖を突きさす。目や口に集中して杖を突きさしたり、バンバン叩いたりする。傍から見た構図は子供をいじめている老人の図になるのだろうか。そんなことを思いながらもゴブリンに対する攻撃を緩めない。何度も殴りつけ、痛めつけ、動かなくなるまでそれを続ける。
数分間の杖の殴りつけに屈して、ゴブリンはやがて動かなくなった。
「はぁ……はぁ……やったか、ってこれはフラグって奴だったかな」
ゴブリンはやがて黒い粒子になって消え去った。後には小さい綺麗な石っころが転がっている。ゴブリンを倒した証、みたいなものだろうか。とりあえず拾っておくことにした。
すると、全身を高揚感が駆け巡る。ゴブリンを倒したという証明なんだろうか。体が熱くなり、血行が促進されているように感じる。なんだか心地いいな。
しばらくすると体の調子が元に戻り……いや、前より調子が良くなっているかもしれん。膝関節の痛みも急に楽になってきた。
もしかしたらゲームで言うレベルアップみたいなものをしたってことか。手を握ったり話したり、スクワットみたいなものをしようとしたり、色々体を動かしてみるがさっきまでより確実に良く動く。これでさっきのゴブリンに出会っても今度はもう少しマシな戦い方が出来るか。
そうなったら次のゴブリンを探してみよう。年甲斐もなくなんだか楽しくなってきた。ここから第三の人生として力尽きて死ぬまでこのダンジョンとか言うものをうろついても良いような気がしてきたぞ。
しばらく歩くとまたゴブリン。また一匹で棍棒を地面に叩きつけながらギャッギャと遊んでいる。何が楽しいのだろうとは思うが、ゴブリンなりに何か遊びをしているんだろう。
さっきより確実な足取りでゴブリンに近づく。ある程度の距離に近づいたところでこちらに気づいたのか、また同じように棍棒を振り回してこちらへやってくる。
杖先で棍棒を捉えることに成功した。そのまま外側へ弾いてゴブリンの重心をずらす。転んだゴブリンに対して、またバシッバシッと杖で叩き続ける。今ここにもう一匹ゴブリンが近寄ってきたらアウトだろうな。これ以上増えないように、または増えたとしても時間が稼げるようにこいつは早く始末しなければならない。
力強い音でゴブリンを殴り続ける。目も少し良くなったのか、ゴブリンの急所らしきところも解ってきた。人間と同じだ。股間と目と口と鼻。ゴブリンを杖でボコボコにする。
さっきより時間もかからずゴブリンを殴り潰し、黒い粒子に変換させることができた。ゴブリンはまた石っころをのこして消滅する。さすがに二回連続でさっきの高揚感が出てくる事は無かった。
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