第2話:三郎の覚悟
三郎自身も自分は例外だと思っている側の人間ではあった。しかし、介護が必要な身の上になり、その介護費用が家族の負担になっているのは薄々感じていた。娘夫婦の生活を考えればある程度の妥協は仕方ない。贅沢も出来ない。出来ることは自分でやり、介護でやるようなリハビリなどは自発的に行うようにしてきた。腰こそしっかり曲がっているものの、一時間ほどの散歩なら問題なく出来る体力もまだ残っていた。
そんな矢先にこの家族からの絶縁状……いや、実際には純一個人の考えだろうとは思っている。いくらなんでも実の娘にそんなことはできないだろう。勿論帰った後孫を納得させることもしなくてはいけない。お爺ちゃんは居なくなったんだよ、と諦めさせ、自分が死体としてダンジョンで発見されたことまでを確認させなければならないのだ。ただの失踪では金が下りるまでに時間がかかる。この数日で確実に死んだという証拠まで持ち込まないといけない。
助けは多分来ないだろう。ここはいわゆる絶対生活圏の範囲外だ。本来ならここまで来ること自体がお叱りの対象である。しかし、思い出の場所へボケる前にどうしても連れて行きたかった。そう感情に訴えられてはその気持ちを受け入れる事しかできず、解っていても連れてきてしまった。全ては私が悪い、だから父を助けてください。そんな所だろう。
「しかし、どうしよう。生き残るにしても諦めるにしても、まずはここから動かないとな。純一の意思を尊重して死んだふりでもしておくか? それなら服の一枚でも残していけばいいんだろうか」
とりあえず、ダンジョンの中はそこそこ温かいらしく、寒さ対策で厚着をしてきた自分にとってはちょうどいいぐらいの室温だと言えた。
よし、と確認すると、上着を一枚脱ぎ、寒さも暑さも感じない事をであることを確認する。服を着こまなくていい分身軽になったと感じた。
「これをその辺にひっかけておけば、ボケて暑く感じてその辺に服を引っ掛けたまま何処かへ行く、という風に偽装できるかな」
確かにボケてきてはいる。しかし、変な所に気を回せるだけの知能はまだまだ衰えてはいなかった。人間の機能を入力と出力という考え方で行くと、出力のほうには問題が出てきているが入力のほうには問題はなかった。自分で状況を観察して、それなりの洞察、考えを持つことにはまだまだ衰えは来ていない。それがうまく出力できないだけである。
「さて、どっちにいくか」
純一の狙いとしてならさらに奥へ行かれたほうが捜索を打ち切られて死んだことにされるってほうが好ましいんだろうが……腹はまだ減ってないからしばらくは食べなくても大丈夫だな。最近は腹が減る感覚も鈍ってきたように感じる。
せっかく来たダンジョンだ、試しにモンスターってのを目にしてから死ぬのも悪くないが、死ぬなら出来るだけ痛くない方法で死にたいし、完全に何も自分が解らなくなってから死ぬぐらいならまだ頭がある程度しっかりしているうちに死ぬ方が個人の尊厳というものが守られているのではないか、そう考える程度には頭は冴えている。
むしろ、ダンジョンの外で過ごすよりもダンジョンの中に居たほうが安全かもしれない、と思う程度には頭の中が冴えてきた印象すら感じる。非常事態に陥って頭がフル回転しているだけかもしれない。どちらにせよ、考えられるうちに考え、行動できるうちに行動する。それを間違いなくこなす方がマシだと思っている。
まず、ダンジョンを見渡す。そして耳を澄ませる。ここまで入ってくるまでモンスターとか言う連中の姿を見る事は無かった。ここは相当広いらしいし、それだけ出会うのも稀なのかもしれない。
とりあえず、モンスターというものに出会うために奥へと進んでみる。しばらく進むとなんだか音が聞こえる。モンスターとやらと出会えそうだ。どんなモンスターが居るのか、強いのか弱いのか、俺はここで死ぬのか。文字通り命を賭けた戦いというものが始まりそうな気配がしていた。
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